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自分らしく
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彼方から 余談・エイジュ・アイビスク編 最終話

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「私達がどんなに懇願しようとも、彼女は首を縦には振らなかったでしょう……」
 そう言いながら、ダンジエルにも酒を勧めていた。
「やはり……そうなのでしょうか……」
 勧められるまま、酒を口にするダンジエル。
 それでもやはり、思い切れないのだろう、表情に悔いが、現れている。
 クレアジータは小さな皿に盛られた酒肴を摘まみ、
「昼間の、大臣の企みを躱す為もあったと思いますが、それよりも……彼女は、私達とは違う理の中で、動いているように思えます」
 口に入れるでもなく、眺めている。
「違う、理の中で……ですか?」
 言葉を反芻するダンジエルに頷きを返し、クレアジータは瞳を伏せてゆく。
 脳裏に蘇るこれまでの出来事に想いを馳せながら、酒肴と共に酒を一口……口に含んでいた。

          ***

 二度目に出会った時も、最初の時と同じく、盗賊に襲われているところを彼女に助けられた……
 その時は、言い伝えなどの蒐集の為、個人的に訪ねたい場所へ赴いていた。
 護衛として元灰鳥の戦士である、ダンジエル達三人を雇っていたのだが……多勢に無勢、次第に追い詰められ、今度こそもう駄目かと、覚悟を決めた時だった。
 彼女はまるで、『そうなること』が分かっていたかのように、襲撃されていたその場に現れ、瞬く間に……盗賊たちを叩き伏せていた――
 それ以来、蒐集の仕事をエイジュに頼むこととなり、ダンジエル達も今ではこうして、護衛はおろか身の回りのことまで、有難いことにしてくれているのだが……
 
 ――そう……
 ――まるで、私達が『そこに居る』ことを
 ――初めから知っていたかのように……

 ――彼女は現れた……
 
 思い返せば、最初の出会いも、そうであったのかもしれないと思える。
 盗賊の襲撃など、いつ、どこでされるのかなど、予測出来るわけなどない。
 しかも、逃げ惑い、山の奥の方にまで入り込んでいたにも拘らず、彼女は眼の前に現れた……
 一度だけなら、『偶然』という言葉で片付けられるのかもしれないが、『二度目』ともなると……いや、今回のことも併せて考えれば、『三度目』ということになる。
 もしも、エイジュがいなければ、代わりの同伴者は誰になっていただろうか……
 或いは、夜会に参加すること自体が、なかったかもしれない。
 同伴者が誰になったとしても、参加自体を、取りやめたとしても……ドロレフの思う通りに、きっと事は運んでいたに違いないのだ……
 
 ……エイジュが、いなければ――

 ――これを『偶然』という言葉で
 ――片づけて良いものでしょうか……

 そう、思えてしまう。
 全ての道は、自分の意志で選んできたように思えるのに、自らの身に起こった出来事を顧みれば、与り知らぬ何か大きな『力』が、人知れず、働いているように思える。
 それも、『偶然』ではなく、『必然性』を以って……
 言い伝えや伝説などを研究するほどに、そんな思いが積み重なってゆく。
 エイジュとの出会い、その言動を鑑みるほどに、余計に……
 互いに影響を与え合う、『目に見えない世界』からの『働き掛け』を、感じずにはいられない。
 エイジュが……
 彼女が、自分達とは『違う理』の中で動いているのだと、思わずにはいられない……のだ。

 年に何度か、終えた仕事の報告の為に屋敷を訪ねてくれるその姿は、初めて出会ったあの時と――一切の変わりがない……
 それに『気付いて』しまった時、小さな『懼れ』を抱いた。
 いくら『能力者』とは言え、流れゆく歳月に逆らえるとは思えない。
 二十代半ばの見た目のまま、『十年余り』もの刻を過ごせるものではないだろう。
 それに、あの『力』……
 あの頃と変わらないどころか、精度も練度も強さ自体も、増しているようにさえ思える――
 ……彼女には……
 エイジュール・ド・ラクエールにはやはり、自分たちが暮らすこの世界の『理』ではない『理』が、当て嵌められている……と――

          ***

 酒肴を酒と共に飲み下し、徐に椅子から立ち上がると、書誌の収められた棚へとその足先を向ける。
 怪訝そうに見守るダンジエルの視線を背に、クレアジータは棚から一冊の書誌を取りだすと、捲り、眼を通しながら戻って来た。
「……それは?」
「エイジュの最後の報告書です」
 ダンジエルの問いに応えながら椅子に戻り、座り直すクレアジータ。
「ザーゴとグゼナの国境近くにある、白霧の森での出来事が書かれています」
 そう言いながら眼を細め、とある頁を捲ってみせる。
「ここに……」
 更に指で指し示しながら、
「彼女の報告書には珍しく……『自分以外』の人が――それも多数、出てくるのです」
 ダンジエルに読むよう、勧めている。
 その口調が、どこか羨まし気に聴こえ……
 老君は少し躊躇いながらも、勧められるまま、書誌に眼を通し始めた。

「……確かに――皆、名前は伏せられていますが、共に協力し合って、白霧の森という場所に巣食っていた化物を退治したようですね……」
 だが、『それだけのこと』のように思える。
 ……確かに、これまでのエイジュの報告書には、化物のいる場所に案内してくれた人物や、その話しをしてくれた人物などが出てくることはあったが、共に戦ったり、一緒に行動したりといった人物が出て来たことはなかった……
 だが、この報告書によると、共に行動することになった面々の中には、『国を追われた』人物も居たとある。
 そのような人物が、真正直に関所など通るわけにもいかぬだろう。
 追手から逃れる為の手段として、『魔の森』と言われ、誰も利用しなくなった隣国への道を選ぶと言うのは、確率的に言っても低くはないはずだ。
 それに、『占者』も居たと書いてある。
 その占者が優秀であるならば、『偶然』にも依頼を受け、その場に向かった『エイジュ』という強力な助け手の存在を、『占た』可能性は高いのではないだろうか……
 その上で、この道を選択した……のでは――?
 だとすれば、今の時勢……このような『偶然』の出会いというものがあっても、おかしくはないように思える。
 とりわけ……『特別』な出来事ではないように思える内容に、ダンジエルは怪訝そうにクレアジータを見やっていた。

 その瞳にフッ……と笑みを零し、
「私は、依頼していないのですよ……」
 書誌を手にする。
「は……?」
 首を傾げるダンジエルに、
「白霧の森に巣食う化物の退治など……依頼、していないのです」
 クレアジータは少し眉を潜め、哀しげに見える笑みを見せると、書誌を戻す為に椅子から立ち上がっていた。
「では、何故……エイジュは白霧の森に――?」
 不審感が募る……
 だが、クレアジータはダンジエルの問いに、ただ、首を横に振るだけだ。
「私には、見当もつきません……以前、エイジュがザーゴから船で送ってくれた書誌に添えられた手紙にも、何も書かれていませんでしたから……」
 丁寧に書誌を戻し、その文面を思い返す。
 簡潔に『予定よりも戻るのが遅くなります』とだけ、書かれた手紙を……

 エイジュの……
 小首を傾げた笑みが、脳裏を過る。
「これは、私の邪推かも知れませんが……」