BYAKUYA-the Withered Lilac-5
ビャクヤの背後から、ヒルダの声と刃が襲いかかった。かわしきれないと判断し、ビャクヤは前方に巣網を張ってそれに飛びかかった。
「ハァイ」
距離をおくことができたとばかりに思っていたビャクヤは、完全に意表を突かれてしまった。
「どこから……!?」
ヒルダは、ビャクヤの目の前にいた。そして、巣網に乗ってすぐに動き出せないビャクヤに向けて、複数の刃を放ってきた。
ビャクヤは、巣網を放棄し、地に下りた。ヒルダの複数の針のような刃から身をかわすことはできた。
「スキューア!」
ビャクヤが着地してすぐに、ヒルダは例の速い刃を打ち出した。
一撃目はどうにかかわした。しかしヒルダは、続く二撃、三撃目と、ビャクヤが鉤爪を防御の構えにするよりも先に打ち出し続けた。
「こーゆうのもあるわよぉ?」
ヒルダは、空中で指を鳴らした。するとその瞬間、ビャクヤの周りにヒルダの顕現が影のように這い寄った。
影は地を穿って咲く花のように姿を現し、巨大な鉾先となって、守りの特に薄いビャクヤの足元から襲いかかった。
「レバナンスピラー!」
「うわあっ!?」
顕現の鉾先に突き上げられ、宙に浮かされたビャクヤに追い打ちをかけるように、鉾先も宙を舞い、刃を花弁とした、花のような形をした塊となった。
ビャクヤは、ヒルダの顕現の塊に吹き飛ばされた。
「ビャクヤ!」
ツクヨミは、堪らず叫び、駆け出してしまった。
地に叩き付けられたビャクヤは、起き上がる様子が見られなかった。
「あらぁ? ちょっと本気出しすぎたかしらぁ? 子供相手に大人げなかったわねぇ……」
ビャクヤは尚も動かない。ヒルダは、これで勝負が決したつもりであった。
「ビャクヤ、起きなさい! この程度で敗れるなど……」
「あら、随分必死ねぇ? けど、もう勝負はおしまーい。次はあなたが戦ってみるぅ? なんて!」
ヒルダは高笑いを上げる。ツクヨミは歯噛みしてそれを見るしかなかった。
「……にょーん。と」
これまでずっと動かなかったビャクヤが、鉤爪を伸ばしてそれを支えに起き上がった。
「気は済んだかい? それじゃあ。再開しよう」
ビャクヤに大きなダメージは見られなかった。
「あら、まだ生きてたのね」
高笑いしていたヒルダは一転、険しい顔になった。
「ビャクヤ、こんな時に悪趣味な! 人を不安にさせるなんて……」
「まあまあ。姉さん。落ち着きなよ。あの人の強さはどれくらいか確かめたのさ。これで分かったよ。このおねーさんは。ちっとも強くない」
ビャクヤは、ツクヨミを宥めつつヒルダを見下した。
「……当然でしょう。あなたには、あの女を倒してもらわなくてはならないのだから」
「はいはい。ちゃんと倒してあげるから。姉さんは下がってて。危ないったらない」
ツクヨミは、言われるままに下がっていった。
「さて。それじゃあ再開だ。おねーさんの実力はよく分かった。もうサービスはしないよ?」
ヒルダは、ビャクヤの言うことはハッタリだと考えた。先のぶつかり合いで実力差を見せつけられ、虚勢をはっているのだと思う。
しかし、それにしては、ビャクヤに恐れている様子が一切窺えない。ビャクヤの何を考えているのか全く分からない遠い目も相まって、真偽がまるで分からない。
「アタシも甘く見られたものね。ちょっと当たり所が良かったくらいで調子に乗っちゃって。いいわ、ならもう、容赦しないから」
ヒルダは顕現を高め、再び宙に浮いた。
ビャクヤは、浮遊していくヒルダに追撃しようとする素振りも見せず、ただ目で追うだけである。
しかし、ビャクヤは不意に口元に笑みを浮かべると、宙に向けて手をかざした。
「仕込んでおこうかな?」
ビャクヤの言葉は本当に小さく、耳元で囁くようだった。そんな声が、宙を上へ上へと行くヒルダに、届くはずがなかった。
「あら、それは何の真似かしらぁ? もしかして降参のつもり……」
ヒルダは次の瞬間、その答えを身をもって知ることになる。
「きゃあっ!?」
「あーあ。かかっちゃった」
ビャクヤは、空中に巣網を放っていた。その巣網は、ヒルダの体の一部がほんの少し触れた瞬間、全身を縛り上げた。
「うっ……あぐっ……!」
ヒルダは、どうにか脱出しようと身をよじるが、もがくほどに鋭い糸はヒルダに食い込み、その身を切り裂いていく。
「ハハハ。苦しそうだねぇ。こう見えて僕は優しいんでね。必要以上に苦しめるのは気が咎める。すぐに楽にしてあげよう」
ビャクヤは、空中に巣網を張り、そこへ飛び込んで巣網を足場とし、更に空中を進んでヒルダに接近した。
「糸を切ってあげるよ!」
ビャクヤは、鉤爪を全て直線上に伸ばし、全方位に及ぶように回転させて振り回す。
「アハハハハ!」
無作為に回る鉤爪は、巣網の糸をヒルダごと切り裂いた。
「ここにも……」
ビャクヤは糸を放ち、ヒルダを再び拘束する。
「ほらほら!」
糸を手繰り、ヒルダに接近すると同時に、ビャクヤは鉤爪を全てヒルダを突き刺すように伸ばした。
「ぐうっ!」
ヒルダは地に落ちた。その衝撃は激しく、鉄筋コンクリート造りの床がひび割れるほどだった。
ビャクヤは、回転しながら着地した。同時にヒルダへと歩み寄る。
「おやおや……」
ビャクヤは少し驚いた。
ヒルダは、巣網の糸による傷を受けているものの、鉤爪による斬撃の傷は全くといってなかった。ここまでやれば、普通の者ならば既に命はないはずであった。
「あれだけ攻撃を受けておいて。まだ生きていられるなんて。驚きだね。姉さんの言ってた通り。キミの顕現の大きさはけた違いなようだね」
顕現を身に宿す『偽誕者』には、顕現を直に宿す『器』と、顕現による影響を抑える事のできる『生体器(ヴァイタルヴェセル)』の二つの器が存在する。
本来、『偽誕者』同士の戦いが長引くような事はほとんど無く、勝敗はより大きな顕現を持っている方が即座に勝つ。
生命力に直結する『生体器』は、顕現による攻撃にある程度は耐えられる。しかし壊れてしまえば、いかにその後に受ける顕現が小さかろうとも、生身では絶対に耐えることはできない。
故に、顕現の差が大きければ、より強い顕現の保持者の攻撃で弱い方は『生体器』を打ち砕かれる事になる。
ビャクヤとヒルダのように、ここまでなかなか決着がつかないのは、ヒルダが持つ顕現が並外れて大きいためだった。
「いや。でももう虫の息か……」
ヒルダの『生体器』はまだ壊れていないが、顕現の能力のダメージが蓄積していた。
これは、ビャクヤの持つ顕現の糸が、『生体器』を通さずに直にヒルダへと攻撃し、その顕現を吸い取る事ができるためであった。
「さて。そろそろ食べ頃だね……」
ビャクヤは、両手に糸を顕現させ、ヒルダを縛り上げ、喰らおうとした。
「屈辱……!」
「えっ?」
ヒルダは、全身を震わせながらもなんとか立ち上がった。
「近寄るんじゃないわよ!」
ヒルダは立ち上がると同時に、顕現を全て一点に集中し、一気に解き放った。
圧縮された顕現は爆発を起こし、衝撃がビャクヤを吹き飛ばした。
「うわあっ!」
爆発の衝撃をもろに受けたビャクヤは、壁面まで飛ばされた。
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-5 作家名:綾田宗