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BYAKUYA-the Withered Lilac-5

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 ヒルダのやったことは、先のビャクヤと『断罪の免罪符』ハイドとの戦いの時にも行われた顕現の強制解放、その名を『ヴェールオフ』というものだった。
 辺りに漂う顕現さえも集中させ、爆発的な能力の上昇を行うことができるが、発動している最中は顕現を少しずつ失ってしまうデメリットもあった。
 しかし、この行動のデメリットを補って余りある追加効果として、顕現の爆発を受けた相手の顕現をしばらく低下させることができる。
 ビャクヤは、ヒルダの『ヴェールオフ』をまともに受けてしまった。即ち、この瞬間こそ、ヒルダが挽回し、ビャクヤを倒す最後のチャンスであった。
 ヒルダの持つ顕現はやはり大きく、当たってもせいぜい尻餅をつく程度の顕現の爆発が、ビャクヤをかなり遠くまで吹き飛ばすほどの爆発となった。
「ぐっ……ゴホッゴホッ! 全身が痛い……」
 背中から壁に強く激突したせいで、ビャクヤは痛みに喘いでいた。
 それでも体勢を整えながらヒルダを見ると、ヒルダは顕現を放出し、捏ね繰り回すようにして真っ黒な球体を作っていた。
「照らしてあげる、陰鬱なこの闇(ひかり)でね!」
 ヒルダは、漆黒に光沢を帯びる球体を放った。
「コンデンスグルーム!」
 ヒルダから放たれた闇の球体は、未だ立ち上がれないビャクヤの頭上へと浮遊した。
 そして次の瞬間、球体から数多の刃が一気に降りかかった。それはまるで、籠一杯に詰め込んだ針の山を、籠をひっくり返す事で、相手を頭から串刺しにしようという様であった。
 ビャクヤは、鉤爪を頭上でクロスさせ、迫り来る黒い刃を防ごうとした。しかし、なにぶん数が多すぎる上、刃は細かいために鉤爪の隙間を通ってビャクヤの身を掠めていく。
 付けられていく傷は全く深くないが、次々負っていく浅傷は、熱いものを当てられたような、ひりつく痛みである。
 その間にも、ヒルダはビャクヤに近付き、空中に浮いて更なる顕現を放出していた。
 やがて、針の雨は止んだ。ビャクヤは頭上に浮くヒルダを見上げる。
「うっふふ! 寂しがらなくてもいいのよぉ?」
 ヒルダは、自らの背後に闇を雨雲の如く帯びていた。ビャクヤには、ヒルダが何をするつもりなのかすぐに分かった。
「そーら、行きなさい!」
 ヒルダが顕現を解放すると、背後に雨雲のようにかかっていた闇から無数の剣が、横殴りの雨の如くビャクヤに降りかかった。
 先の針とは比べ物にならない大きさ、威力の黒い剣が断続的にビャクヤに襲いかかる。
「そんなの……!」
 大きな顕現を受けたことで、ビャクヤの顕現はある程度回復していた。回復した顕現で盾を作った。
「そんな薄っぺらいバリアーで、アタシの攻撃をいつまで耐えられるかしらねぇ!? アーハハハハハ!」
 ヒルダは顕現を更に強めた。ビャクヤに降りかかる剣の大きさ、勢いが更に増す。
 激しい攻撃を受けながら、ビャクヤはツクヨミの言っていた事を思い出していた。
 この『夜』の下、最強と謳われる『眩き闇』、ヒルダの最強の所以、それは圧倒的なパワーである。
 小細工など一切存在しない、戦術らしいものもない、ただひたすら力で圧倒する。それがヒルダの戦い方であった。
 話を聞いた時には、力押ししかできないなど大したことはないと思っていたが、今こうしてヒルダの全力を受けていると、侮れない力であったと痛感する。
ーー姉さんの言った通りだね。侮ったわけじゃないけど。これは流石に予想外だったね。けど大丈夫。顕現で押してくるだけなら……ーー
 ビャクヤの纏う顕現の盾は、小さくなるどころか、厚くなっていた。ビャクヤの能力が顕現を喰らうため、通常の『偽誕者』ならばとうに倒されている状態にも関わらず、ビャクヤにとっては逆の状態になっていたのだ。
ーー降ってくる剣が顕現の塊なら。こうやって喰らうだけさーー
 ヒルダからの攻撃を受ける毎に、ビャクヤは自らの顕現を高める。
 全ての顕現を放出し、それ以上の攻撃ができなくなった瞬間に、ビャクヤはヒルダから吸収した顕現を以てヒルダを倒そうと狙っていた。
ーーそのまま顕現を出し続けなよ。後にキミ自身の身を滅ぼす事になるとも知らずにね……!ーー
 今のところ、うまく行っている計画にほくそ笑んでいると、不意にヒルダは剣を降らせるのを止めた。
「やめやめ、やんなっちゃうわぁ!」
 ヒルダは、指を音高く鳴らした。
「ぐっ! 何が……!?」
 ビャクヤは突然、両手足を封じられ、一切の身動きが取れなくなってしまった。
「うふふ、捕まえちゃった!」
 ビャクヤは、何とか動く首だけを捻り、自分の身に何が起きたのか確認する。
ーー地面に刺さった剣が……!?ーー
 ビャクヤを外して床に刺さっていた顕現の刃が、一まとまりの闇の紐状のものになり、ビャクヤの四肢を縛っていた。
「覚悟なさい!」
 ヒルダは、減っていく顕現の残り全てを全身にまとい、炸裂させた。
「数多なる眩き闇(パラドクス・アバンダンス)!」
 炸裂した顕現は、拘束されたビャクヤを取り囲む刃となり、ビャクヤから一切の逃げ道を奪った。
 そしてヒルダは、ビャクヤを捕らえた刃の檻の上に浮游し、自らの背後から先の暗雲など比にならない、深淵たる闇を放った。
「相反する眩き闇よ、この空虚なる『器』を満たせ!」
 闇はこの部屋全てを包み込んだ。一寸先もまるで見通せない、完全な暗闇の世界となった。
「ビャクヤ、ビャクヤー!」
 光が全く射さない完全な闇の中、ビャクヤが捕らえられていると思われる先に、ツクヨミは叫ぶ。
「イン・ザ・ダークネス!」
 ヒルダの体の輪郭だけが、太陽を隠す新月の如く輝いていた。
 ヒルダという新月の下、一瞬の輝きの後、すぐに消えていくものがいくつもあった。それは、ビャクヤを捕らえる檻を斬る闇の剣の煌めきであった。
 やがて完全なる闇は消失し、朧気な光のシャンデリアに照らされる部屋の姿が明らかとなった。
「うっ……」
 ツクヨミは目をそらした。いつもの状態であれば全く眩しく感じるはずがなかった。
 しかし、ヒルダが作り出した完全なる闇に覆われていたために、暗めなシャンデリアの灯りさえも太陽光を直視したかのような眩しさに目を伏せずにはいられなかったのだ。
「ビャクヤ!」
 ようやく目が慣れたツクヨミは叫ぶ。視線の先には、腕を組んで頬杖を突くヒルダが、そして地に伏したビャクヤがいた。
「ふふふ……手応えはあったわぁ。けど、あっけなかったわねぇ、ちょっと本気出しすぎたかしらぁ? アタシとしたことが、やっぱり大人げなかったわねぇ!」
 ヒルダは高笑いを上げる。しかし、その笑いはすぐに止められてしまった。全く想定していなかった出来事によって。
「……それで。気は済んだかい?」
 ビャクヤは、鉤爪を伸ばしてそれを支えに、何事もなかったかのように起き上がった。
「どうして、確かに手応えはあったのに!?」
「あはは。焦ってるねぇ。けど惜しかったよ。もしもさっき僕を縛り付けた後に首を狙われたら。さすがの僕でも危なかったかもね」
 ビャクヤは、喋りながらつかつかとヒルダに歩み寄っていた。ヒルダも迎撃しようとするが、大技で顕現を大量に消費したために、長い針ほどの大きさしか作り出せない。
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-5 作家名:綾田宗