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BYAKUYA-the Withered Lilac-5

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 しかし、『夜』を抜け、わざわざビャクヤの住居の近くにやって来た謎の虚無は、やはり襲いかかる様子はなく、その真っ赤な眼光をビャクヤに向けるだけである。
「う。うぐっ……!」
 突如としてビャクヤは、体に異変を感じた。全身が熱くなり、鼓動が速くなった。
 胸を打つ鼓動は、速さのみならず強さも高まり、まるで胸から心臓が飛び出そうとしているかのようだった。
ーー暴れ……ている? 僕に。宿る。顕現の獣が……ーー
 虚無を捕食するための鉤爪が、ビャクヤの意思に反して顕現した。
ーー捕、不逃、食ーー
 言葉に表れない意思が、ビャクヤの中を駆け巡った。
「……ぐっ! 体が。勝手に……!」
 飛び出しそうなほどの激しい鼓動を感じ、身動きの取れないビャクヤであったが、いつも自分の手足として扱っている鉤爪に、逆に操られるように引き摺られた。
 鉤爪が独立して意思を持っているかのように、外にいる特異な虚無に向かって伸びた。
 虚無は、しばらくそのまま静観していた。そして翼を広げて飛翔し、夜空へと溶け込んでいった。
ーー逃亡ーー
 声無き意思がビャクヤに伝わると、全ての異常事態は終息した。
 ビャクヤは気絶していた。彼の体は、余りに突然の顕現の暴走に対応できず、酸欠状態になったのだった。
    ※※※
 目蓋を射す日の光に、ツクヨミは目覚めた。
「……んん、あれ、私ったら、いつの間に寝て……?」
 次第にはっきりしていく意識の中で、昨晩の事を思い出す。
 次の日に、もう今朝がそうであるが、迫った原稿の提出期限に向けて、急いで原稿を仕上げた。データは完成と同時に編集担当者に送信してある。
 この数日間徹夜続きであったため、原稿データの送信が完了すると同時に、ツクヨミはそのまま、眠り込んでしまったのだった。
 机に突っ伏して寝ていたため、ツクヨミは少し肩凝りを感じていた。
「やだ、顔に寝あとが……」
 ツクヨミは、机の上の鏡を覗き込む。そして鏡に写る自分以外の姿が、床に転がっているのを見つける。
「ビャクヤ!?」
 ツクヨミは、椅子から立ち上がって振り返った。
 ツクヨミは、どうしてビャクヤが自分の部屋にいるのか、という疑問もあったが、尋常ではない様子で倒れている彼に驚いた。
「ビャクヤ、ビャクヤ! しっかり……!」
 ツクヨミは、ビャクヤを揺さぶった。
「……ん。うーん」
 ビャクヤに息はあった。
「……なんだ。まだ朝じゃないか。もう少し寝かせて……」
「起きなさい! 人の部屋で何を二度寝しようとしているの?」
「……姉さんの部屋? あれ。どうして僕こんなとこで寝てたんだろ?」
 ビャクヤは、むくっ、と体を起こし、辺りを見回した。
「あいたたたた……床で寝てたからかな。体が痛くなっちゃったよ」
 ビャクヤは、肩に手を当てて首を回した。
「……体に異常はないようね。何があったのか教えてくれるかしら?」
 ビャクヤが無事であったことに、ツクヨミはひとまず安心する。
「うーん。なんだっけなー。なんかすごいことがあったような気がするんだけど……」
 ビャクヤは、昨晩の記憶が少し抜け落ちていた。そんな中、残っていた事が一つだけあった。
「んー。ストリクス? ストリクスなんたらかんたらって。何かから聞いたような?」
「えっ……!?」
 ツクヨミは、不意に名を呼ばれたように驚いてしまった。
「んー? 姉さん。何をそんなに驚いてるんだい?」
「……いえ。何でもないわ。あなたの口から外国人の、それも女性の名前が出たものだから、つい驚いてしまったわ……」
「え。これ人の名前なのかい? 僕が夢で聞いた。呪文のような言葉なんだけど」
 ツクヨミは、しまったと思った。自分にとって、非常に馴染み深い名前であるために、余計なことを口走ってしまった。
「そ、そうね。たまたま今回の仕事の原文に、ストリクスという名前の人がいたから……」
 ツクヨミは、外国の文献を扱う仕事を盾に、上手く話をはぐらかした。
「それよりも、眠る寸前の事が思い出せないのなら、その夜の事くらいは覚えているはず。ビャクヤ、昨日も『夜』に入っていたでしょう?」
 ツクヨミはその後も、半ば強引に話題を変えた。
「うーん。そうだね。変わったことか。変わったこと……」
 ビャクヤは、『夜』に行っていた時の記憶も朧気であった。しかし、落ち着いて考えていると、記憶がだんだんとはっきりしていった。
「そうだそうだ。思い出したよ。すっごく変な奴に会った。いや。目を付けられたって所かな?」
「変なやつ?」
「うん。とんでもなく変な奴だよ。姉さん。気配は虚無そのものなんだけど。どこかおかしい感じなんだ」
 ビャクヤの言葉は抽象的すぎて、ツクヨミは要領を得られない。その様子を察したビャクヤは、実際に何があったのかを語る。
「奴は木の上にいたんだ。いや。隠れてるつもりだったのかな? あまりにもバレバレなものだったから。僕の方から声をかけたんだ。けど。ちっとも動くようすがなくてね。ただの虚無だったら。声なんてかけるまでもなく襲ってくるよね? けど。奴は襲ってはこなかった。何をしても。ずっと僕を見てるだけだった」
 ビャクヤは、隠れて様子を見ているらしい虚無に、わざと背を向けたりもした。しかし、虚無は一切の手出しをしなかった。
「それから。もう一つ変なところがあったよ。虚無に違いないんだけど。『偽誕者』の感じもあったんだ」
 ビャクヤの話を聞いていて、ツクヨミはもしや、と考えていたが、虚無の気配をしながら『偽誕者』の感じもするという彼の言葉から、確信に近い考えにたどり着いた。
ーーまさかゾハルが? いえ、でも……ーー
 『虚ろの夜』の核である顕現の泉、『深淵』のもたらす強い顕現にあてられたゾハルは、虚無に落ちることはなかったものの、その体はほとんど虚無のものになっている。
 ひたすらに顕現を求め、暴れまわる内に虚無化が進んでいるのだとしたら、ビャクヤの言うような状態になっている可能性はあった。
 しかし、ビャクヤを付け狙っていたのがゾハルだとして、不可解な事がある。ビャクヤの姿を見るだけで、襲いかかる様子がまるでなかったという事である。
 ゾハルは、ビャクヤと対峙した時、致命傷に近い深傷を負い、自我がほとんど欠落している状態にありながら、本能的に逃走することを選んだ。
 今もまだ生き残っていたとして、虚無落ちが進んだ状態でビャクヤの様子を窺うだけに止まっているのが不可解である。もしも虚無に等しいまでに変貌していたのであれば、ビャクヤを見つけ次第襲いかかるものだと思われた。
「おーい。姉さん? どうしたんだい。急に黙りこくってさ?」
 ビャクヤの問いには答えず、ツクヨミ、パソコンで調べものを始めた。
 検索エンジンを通して、ツクヨミは月齢表を開いた。今日より二日後の夜、満月を迎える。
ーー満月より七日間、『虚ろの夜』はやってくる。『夜』の核たる『深淵』が現れれば、必ず『眩き闇(パラドクス)』も動くはず。ゾハルはあの女の命を狙っている。あの女が動くのならーー
「姉さーん。聞いてる?」
「ビャクヤ、これからあなたに大仕事をお願いするわ。いいわね?」
 ビャクヤは、少し面食らった様子を見せる。
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-5 作家名:綾田宗