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BYAKUYA-the Withered Lilac-5

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「なんだい? 急に黙ったり。かと思えばパソコンを見たりしてさ。一体何を考えてるのさ?」
「……これから頼むのは、私たちの契約の遂行よ。私はあの子を探す。そしてあなたはその過程で、私に仇なすもの全てを排除する」
「何を今さら。そんなの。これまでの『夜』でやって来たじゃないか」
 ビャクヤは、ツクヨミの意図が掴めずにいた。
「これまで行っていた『夜』と全く同じだと思ったら大間違いよ、ビャクヤ。あなたほどの力の持ち主でも、足を掬われる事は大いにあり得るわ」
 顕現が満ち溢れる『深淵』の出現する『虚ろの夜』は、様々な強者の入り乱れる場所となる。
「あなたに頼みたい大仕事。それは『忘却の螺旋(アムネジア)』の総帥、『眩き闇(パラドクス)』の討伐よ」
「アムネジアなら知ってるけど。パラドクス? っていうのはなんだい?」
「深く知る必要はない。あなたはあの女をその爪で殺せばいい、それだけよ」
 紅騎士ワーグナーとの戦いから、ビャクヤと手を組んで行ってきた殺生の足が付かないように、これまで慎重に動いてきたツクヨミにしては、急であり過激な発言であった。
「ふーん。まあ。そのパラドクスとかっていうのを殺すのは構わないけど。それが姉さんの目的とどう繋がるのかな?」
「全ては、『眩き闇』を倒せば分かること。確実とは言えないのだけど。ビャクヤ、二日後、明後日の夜に『虚ろの夜』がやって来る。その時まで『夜』に行くことを禁止するわ」
 ビャクヤは驚愕する。
「ちょっと。それって顕現の食事をするなってこと!? 飢え死にしちゃうよ!」
「たかだか二日我慢すればいいだけのことでしょう? それに、あなたの顕現の捕食は、直接生命活動に関わる類いのものではないはず」
「そ。それはそうだけど……」
 ビャクヤにとっての顕現を喰らうことは、ツクヨミの言う通り生命活動を維持するためのものではなかった。
 彼にとっての捕食とは、言うなれば、アルコールやニコチンを摂取するようなものであり、生きていくのに必須のものではなかった。
 しかし、性質もそうした嗜好品と同じであるかのように、ビャクヤは、顕現が長期間摂取されないと体に不調をきたすようになっていた。
 これは、ビャクヤの能力の元となる、顕現の獣が、顕現を欲するためであった。
「どうしたの。何か問題があるのかしら?」
「……いや。確かに飢え死にしちゃうのは言い過ぎだ。けど。顕現の欲求を満たせないと。別の欲求として。満たさずにはいられなくなるんだ」
「別の欲求? まさか……」
 ツクヨミは、ふと考える。
 生き物を生き物たらしめる欲求は三つあるが、この場合を考えるに、実質二つしかない。
 食欲が満たされないということは、生存本能として性欲が強く出る事がある。
ーーまさか私を……?ーー
 ツクヨミは、ドキドキし始めていた。
「姉さん……」
「な、なにかしら……!?」
 物欲しそうな顔で迫ってくるビャクヤに、ツクヨミは驚きを隠せなかった。
 ビャクヤは、そのままツクヨミの肩を掴んだ。
「っ!?」
 ツクヨミは、そのまま押し倒されるかと固く目を瞑る。
「……顕現を喰らえないと思ったら。すごくお腹が減ってきちゃったよ。言いつけは守るから。ご飯を作ってくれるかい? 超大盛でね」
 顕現を捕食しない事による、ビャクヤに表れる不調とは、異常な食欲であった。
 生来、食の細いビャクヤであったが、『虚ろの夜』にて虚無に襲われ、『偽誕者』となった途端、いくら食べてもなかなか満たされないほどの食欲がわくようになっていた。
「それ、だけ……?」
 ツクヨミは、このままビャクヤに襲われる覚悟をしてしまっていたため、拍子抜けしたように言う。
「それ以外に何があるって言うんだい? ほら。早く。お腹と背中がくっついちゃうよ」
 ビャクヤは、ツクヨミの肩から手を離し、待ちきれないとばかりに部屋を出てキッチンに向かっていった。
 その後、ビャクヤはおおよそ少年の、いや、大人の男の一日の食事量と比べても標準とは思えないほどの食事をした。
 買い置きしてあった食材は全て食べつくし、十キログラムの米も平らげてしまった。
「ふうー。やっと半分くらいかなー」
 ビャクヤは、皿に米粒一つも残さず食べきると、匙を置いた。
「これで半分……?」
 ツクヨミは、食器を洗いながら、最早言葉が出なかった。
 一週間分の食事の料理を一気にさせられ、疲れと呆気にとらわれていた。
「さてと。それじゃあデザートの時間だね。姉さーん!」
「……もう何もないわよ。まだ足りないと言うのなら、後は自分で何とかなさい」
「えー。しょうがないなぁ……」
 時間は既に夕暮れ時であった。
 なかなか満たされる事の無い飢えを凌ぐための食事であったが、ビャクヤは、ツクヨミの用意してくれる料理一品一品を味わって食していた。
 故に、食事の時間だけでこのような時間になってしまっていた。
「うーん。この時間なら。あっちのスーパーで安売りが始まる頃かな? よし。行ってこよう! 姉さん。何か欲しいものはあるかい?」
「いいえ、私は結構よ……」
「そうかい? それじゃあ僕は行ってくるよ」
 ビャクヤは、更なる食事を求めて出かけていった。
 ツクヨミは、ビャクヤが食べ終えた料理の食器をシンクに放り込むと、ダイニングテーブルを前に、倒れ込むように座った。
 今日、この時の食事を作るのに、かかった費用は、およそツクヨミの仕事一回当たりに貰える給料の三割に達するほどだった。
 もしもビャクヤが、普段からこれほどの異常な食欲を持っていたら、とツクヨミはふと考えてしまう。
ーー家計が火の車、などとは生ぬるいわね。家計が火達磨、いえ、真っ白。すぐに燃え尽きて灰になるわ……ーー
 ツクヨミは、まだまだシンクに溜まった食器の山を一瞥すると、テーブルに突っ伏すのだった。
 両手にお菓子のたくさん入った買い物袋を提げ、ビャクヤはスーパーから出てきた。
「いやー。ちょうどタイムセールがやっててよかった。おかげで今日の夜のおやつにも困らないね」
 ビャクヤは、さっそく袋から菓子パンを出して咥えた。
「やっぱり。姉さんの料理に比べたら。味は劣るね。まあいいか」
 買い物をするために家を出て、スーパーで買い物を終えて帰路に着くまでに、日はすっかり傾き、辺りは宵闇に包まれていた。
 今からであれば、『夜』へと赴き、虚無を狩ることはできた。
 普通の食事では、なかなか飢えを満たせないビャクヤは、近くに迫る『夜』、顕現の気配に引き付けられそうになるが、我慢した。
ーー姉さんとの約束を破ったら。姉さん怒るだろうな。食事の用意だってしてくれたじゃないか。今日のところは我慢だ。我慢……ーー
 顕現の誘惑を、咥えた菓子パンの味で振り払い、ビャクヤは家路を急いだ。
 すると次の瞬間、ビャクヤはものすごい虚無の気配を感じ取った。
「この気配……この匂いは……!?」
 ビャクヤにとって、忘れられるはずがなかった。
 ビャクヤに迫り来る気配、それは昨夜、ビャクヤを付け回し、ついにはビャクヤの中の顕現の獣を暴れさせるに至った虚無のものであった。
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-5 作家名:綾田宗