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GLIM NOSTALGIA

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二幕 礫墨の旅路の果て


 列車が北に向かうにつれ、乗客の数は減っていった。
 乗り換えた鈍行列車には、北の地だからか今が冬だからなのか、ストーブがあった。愛想のいい土地の老婆からもらったしなびた果物を口にしながら、ロイはぼんやりとその火を見つめる。
 焔は彼には近しいものだった。だがそれだけに恐れるべきものでもあった。いつか自分が焼かれる側になるかもしれない、あるいは飲み込まれてしまうかもしれない。そんな埒のない想像をしたことがないとは言えない。時折、敵や街を焼いていたはずが、いつの間にか焼かれている誰かの顔が自分になっている夢を見ることもある。
 しかし、そう、ここ二、三年は、そんなネガティブな発想はどこかに形を潜めていた。理由は簡単である。それを打ち消すような、強く鮮明な印象を他から受けたからだ。
「…あの時の君ときたら」
 ふっと相好を崩して、ロイは小さく呟いた。
 金や橙に爆ぜる焔は、あの子供の金色の目を克明に思い出させた。
 あの日、自分を見つめ返したあの強い輝き。劇的に、けれどひどく自然に、その印象は恐れるべき焔の印象を上書きしてしまった。
 あの時のエドワードときたら満身創痍とでも言うべき体で、絶望のどん底に叩き落されていて、どう客観的に判断しても、ひ弱で運命に翻弄される子供の一人でしかなかったはずなのに。それが、見事に息を吹き返して。ロイの目の前で。
 ロイはあの時、そのことに心地よい昂揚を感じていた。天性の才能と強靭な精神力、そして咎を負ってもなお強く輝く魂に魅せられていた。
 彼がやってくるのを信じて疑わず、そして、真実彼はロイの元へ自力で這い上がってきた。その感動を彼は知るまい。悟らせていない自信はある。
 ソフィアの噂が本当なら、彼の求める物の手がかりになりえるだろう。だが、得るものに比べてリスクが高すぎるきらいがあった。それに、あの少年には極力軍事の中枢から遠いところにいて欲しいという思いもある。本人は余計な世話だというだろうが、ロイが自分で嫌なのだ。エドワードのあの才能、あの焔が高潔な彼の目的以外のことで歪められ使役されるのが。エドワードには、エドワード自身のために自分の才や時間を使って欲しかった。
「…なかなか健気じゃないか、私」
 ぼんやりと考えていたら随分とそんな風に思えてきて、無意識にロイは呟いていた。
 …この場にもしも彼の部下がいたなら、台詞の内容に憤りつつ、額に手を当てたかもしれない。

 それに気づいたのは、あと二駅でソフィア最寄の街、という地点でのことだった。
「……?」
 最初は行商人かと思った。家財道具一式と言われても頷けそうな量の荷物を負って、彼は線路脇を歩いていた。俯いたその表情は見えず、すぐに交差して見えなくなってしまったが、妙にロイの印象に残った。
 しかし線路脇を歩く人の数は、ソフィアが近づくにつれて増えていった。そしてそこに至っては、ロイも彼らを行商人や旅人とは思わなかった。
「……」
 彼らは一人だったり複数の集団だったりしたが、お互いにどこか必死の風であった。そして統一していえたのは、皆が痩せて貧しそうだったことだ。
 ロイは彼らのような人間を見たことがある。難民だ。彼らは、難民の集団を想起させる風情をしていた。そもそも線路脇を歩いて行くということは、列車に乗れないということでもある。それがどういう理由でかはわからない。経済的な理由かもしれないし、もしくは国籍が認められていない不法居留者なのかもしれない。イシュヴァール人のように弾圧される者達なのかもしれない。
 そして彼らにもう一つ共通していたのは、複数の集団である場合は特に、歩けないような者が混じっていることだ。足がない、腕がないなど、体の一部を明らかに欠損した人間を連れている集団が多かった。
 ソフィアに行けば失った体の一部が返って来る――
 少なくとも、彼らにとってはそれは真実なのだ。藁をもすがるような、最後の希望。
 ロイはぎゅっと目をつぶり、窓から顔をそらした。やりきれない気持ちだった。そして不意に、あの生意気なエドワードの顔が見たいと思った。


 ロイが北へと発った翌日、エドワードは東方司令部を訪ねた。そしてその日は資料室を借り切って「研究」をし、次いで翌日、またどこかへ旅立っていった。司令部の面々が知っているのはそこまでである。
 だが、ただ一人、ホークアイ中尉だけは別のことを知っていた。
 エドワードが次にどこに向かったか、についてである。
「……」
 受話器を置いて、彼女は物憂げに溜息をついた。
 相手からは、ちょうどさっき少年と会い、送り出した所だと連絡があった。
 ソフィアの件は得体が知れない。もっと言えば、危険だ、とさえ彼女は思っていた。だがそれなのに、鈍いのか捨て置けないのか、あの上司は単身乗り込んでしまった。心配しても素直に受け入れる性格ではないのは百も承知していたから、見送るしかなかった。
 そんな中でのアダムスの誘いは渡りに船とでも言うべきものだった。つまり、鋼の錬金術師を巻き込もう、という。
「…ごめんなさい、エドワードくん。でも、私は…」
 彼女はきゅっと唇を引き結んで、その先を口にすることはなかった。
 暫し彼女はそのまま動かずにいたが、一度長く息を吐くと、おもむろに手元に残された資料に目を向ける。それは、数日前、アダムスがロイの元に持ってきたものだった。ロイは極力それらの情報を文書で身に付けないようにして旅立った。それが危険なほど詳細なものだと知っていたからだ。
 そして、彼は、出発間際このように副官に言いおいて行った。
「最後の方にアダムス大佐の推論が一緒に書いてあるんだが、かなり興味深い」
 彼は食えない笑みを浮かべると、黒い目でひたとこちらを見つめて命じたものだ。
「そこに書いてある御仁のことを、ヒューズに頼んでもいい、調べておいてほしい」
「…ソフィアに関係のある…?」
 それにはロイは答えず、ただ曖昧に笑っただけだった。
 …ホークアイ中尉は、上官に命じられた仕事を始めるために、レポートの最後部分を確認した。そこには一人の、中央の軍人の名前が挙げられていた。軍需品の入札制度に関係している人間だった。


 ロイがイーストシティを発って三日目の午後、彼はようやくソフィアに最も近い駅となる街へたどり着いた。後は馬車で二時間も行けばようやく「奇跡の町ソフィア」に辿り付ける。
 さすがにその街はソフィアを目指す人で込み合っていた。情報は、特に仕入れようとしなくとも、単純に外で食事をしているだけでも入手できた。
 じゃが芋とソーセージが目立つ根菜のスープを飲みながら、塩気の利いた固いパンを齧り、切り分けられたベーコンを摘む。酒は北方特有の強い酒しか置いていなかった。ロイは別段酒に弱いわけではなかったが、これは気楽な旅ではないし、連れもいないので、単に最低限の食事をするに留めた。
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ