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GLIM NOSTALGIA

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 食堂での会話から察するに、ソフィアには大分大勢の人間が集まっているらしい。だが、やはり帰ってきた者はいないようだった。それでも、人が多く流れていく。まるで吸い込まれてるみてぇだ、気味悪い、と後ろで話していた男の声にうっかりロイは頷きそうになったものだ。
 ソフィアは記録によれば、東西およそ五km程度の町だという。人口ははっきりしないが、あまり多くはないようだ。高地であり、気温は低く、冬は雪に閉ざされるはずなのに、人々は飢えることがないのだそうだ。そんな馬鹿なと最初は思ったが、実際滅んだという話を聞かない以上、また近隣から物資を送ったことがないことを鑑みても、それは真実なのだろう。理由はよくわからないが。
 ロイは頭を振って、勘定をするべく立ち上がった。

 事件は、翌日、ロイが乗り合わせた馬車で起こった。いや、馬車が事件に見舞われた、というべきだろうか。
「その馬車、停まれ!」
 ソフィアまでの道程を半分も過ぎた頃だろうか。不安を掻き立てる馬の嘶きと大勢の人間の足音がして、馬車はあっけなく取り囲まれた。高圧的で堅い印象の命令口調や人数から、ロイはそれが同業者の集団であることを察し、舌打ちした。
 すぐにロイがそれとわかることはないと思うが、足止めを食らうのも得策ではない。しかし彼らの目的がわかるまでは動きようがないのも確かで、ロイは、人々の奥、コートの襟を立てて身を縮こまらせた。冬場であったため厚着をしていたのも身を隠すのには役に立ちそうだった。
 やがて程なくして馬車の幌が乱暴に跳ね上げられた。
 当たり違わず、入ってきたのは制式銃を構えた――軍人だった。憲兵では、なく。
「ソフィアは今立ち入り禁止だ」
 軍人の唐突な命令に、馬車の中は無言ながらも不満がうずまく不気味な雰囲気に満たされる。軍人…といっても下士官だろうが、まだ若そうな雰囲気の男が怯んだのがロイにはわかった。情けない、と目を細めつつ、ロイはまだ様子を見守っていた。馬車の外の気配を探るが、あまり逃げ出す隙はなさそうだ。
「…ふざけるな」
 誰かの小さな、しかし雷のように激しい声が沈黙を破った。
「何か言ったか?!」
 下士官が示威に銃を構えてそちらを振り向いたが、最後の藁にしか縋れなくなった人は強かった。呟いた男と同じかどうかはわからないが、馬車に乗り合わせたおよそ20人のうち三人がその軍人を押さえつけた。
 途端に、場は騒乱に満ちる。外で待機していた同じ隊の人間がすぐに幌の中にもぐりこんできて、粗末な乗合馬車などすぐにがたがたになる。
「おまえらのせいでアリサは足を!」
 混乱に乗じて外へ、遠くへ逃れようとしたロイの耳に、そんな怒号が飛び込んできた。つまり、叫んだ誰かは、軍のせいで、何がしかの戦闘あるいは武器の暴発に巻き込まれて近しいものの体の一部を奪われたのだろう。
「返せ!返せよ!俺の腕を!」
「…ちっ」
 ロイは舌打ちして振り返った。気がついた時には、下士官の一人から制式ライフルを奪い、幌の外へ躍り出ると、下士官達が乗りつけた軍用車のタイヤを中心に乱射した。ロイとても軍人だ。副官ほどに得意とは言わないが、射撃に慣れがないわけではない。
 その時彼の頭の中に蘇っていたのは、感傷だとはわかっているが、あの時出会った幽鬼のごときかの少年の姿だった。
 馬車を取り囲んでいたのはごく少数の一体だった。哨戒任務か単なる暇つぶしか…、それはわからないが、彼らは何らかの理由でこの馬車を足止めした。
 下士官達のこのグループには統一された指揮系統のようなものが見えない。指揮官さえいないような雰囲気だ。だとすれば攪乱も追い払うのも可能ではあるだろう。ただし、ロイがロイだと、軍人だとばれてしまっては困るので、そうとわからぬようにはしなければならないが。
 下士官達もさすがに車が破壊されれば音で気づく。慌てて数人が飛び出してきたが、ロイは弾丸の限り彼らに威嚇射撃を浴びせると、ライフルを思い切り投げつけた。そうしてから強引に一人に殴りかかると、渾身の力で急所に一発ぶちこんで気を失わせる。
 飲まれたような体の男を蹴り飛ばすと、ロイは他にはもう脇目もふらず、一気に御者台までを駆ける。御者は逃げたのかどこかに隠れているのか、とにかく御者台は空になり、馬だけが暴れていた。だがとにかく、馬は逃げてはおらず、ロイは短く気合を入れる。迷わず御者台に上ると、後ろに声を張った。
「出すぞ!」
 どれだけの人間に届いたかはわからないが、確認できるような場面でもなかった。
 ロイは鞭を振り上げ、ほとんど見よう見真似で馬を走らせた。車の周りにうずくまっていた下士官が何かを怒鳴っていたが、勿論停まってやる義理はない。それを言うなら、勿論、乗り合わせた他の旅人達にだってそんな義理はないのだが。
 ほぼ崩れて破れていた幌の隙間から二、三人の下士官が外へ投げ出されていくのを尻目に、ロイはがむしゃらに馬を走らせた。ソフィアまでの道のりは、地図を見て確認してあったのだが、それが役に立つ形になった。まったく、備えあればとはよく言ったものである。
「…っ」
 追いつけないと思ったのか、それとも予想外の反抗に勢いを殺がれてしまったのかはわからないが、下士官達は追っては来なかった。だが、やはり黙って見過ごすのもプライドが許さないのだろう。やがて銃撃が後から追いすがってきた。
「頭を低くしていろ!」
 首を傾けて後ろに怒鳴れば、状況はわからないまでも、この男がなぜか彼らを軍人から救い、ソフィアまで連れて行こうとしている、ということだけは飲み込めたのだろう。誰も逆らわず、皆が身を低くして銃撃を避けた。察しよく、あるいは過去の経験から学びでもしたのか、荷物や上着を頭にかぶっている者もいた。一瞥しただけなので詳しく確認する余裕はさすがになかったけれど。
 しかしそうなってみると、自然、標的は前傾しているとはいえ半身を起こして馬を駆っているロイに絞られることになる。しかも背後からの銃弾なので避けようもない。といって追いすがるスピードより馬車の方が足が速いので、距離さえ開けてしまえばどうということもないのだが…。
 ――下士官の執念、とでも言うべきだったかもしれない。一発の銃弾がロイの腕をかすめ、それに続くように二発目、三発目が立て続けにロイの肩と脇腹を掠めていったのだ。特に肩に飛び込んできた銃弾はいい狙いで、実際にロイは灼けるような痛みをそして血の感触を感じていた。だが、歯を食い縛るだけで堪える。
 そうして二十分も走らせれば下士官達の集団とは完全に決別し、とうに馬車はソフィアの結界に入り込んでいた。城壁らしきものを視界に納めてようやく、ロイはそのことに気づいた。
 だが、そこでほっとして気が緩んだのだろう。
 馬車を一旦止め、体の動かない人間を連れた旅人を下ろすのを手伝い、すべて終わったところで一気に力が抜けた。手当てをしなければ、と思った時には、既に腕の感覚が麻痺したようになっていた。馬車を走らせ続けたせいもあるだろう。
「あんた、手当てをしなくちゃ…」
 誰かが遠慮がちに申し出てくれたその先から、ロイの記憶は曖昧なものになりかわってしまうのだった。


作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ