GLIM NOSTALGIA
さて、ロイから遅れること二日後に同じくイーストを発ったエドワードは、ロイとは別のルートを辿ってソフィアへ向かっていた。
普段は一心同体のように一緒に行動している弟の姿は、その傍らにはない。弟は目立つし、何しろ「奇跡の町」は「鉄」を拒むのだから、危なくて連れて行けたものではなかったのだ。エドワードだって、推論に基づいた上で装備を施してはいるが、それでも一か八かの賭けなのである。機械鎧を壊せば確かに幼馴染に殺されるかもしれない(良くても半殺し)が、それでもアルフォンスほど後がないわけでもない。もしもアルフォンスの鎧に不可避の出来事が起こったとして、その時血印が破壊されでもしたらと思うと、血の気が引くどころではないではないか。
「ポ」
足元、目立たぬように布を被せた荷物の中から微かに音がして、エドワードは困ったように視線を下に向ける。本当ならこれは、どちらかというと貨物車に預けるべき「荷物」かもしれない。だが預かり物であるからには、こうして手元においておくのが一番だった。大体、どんな事件に巻き込まれて荷物とはぐれるかもわからないご時勢なのだから。
「……」
エドワードが辿ると決めた道は、ソフィアへのよく利用されるルートではない。
それは数少ない現存する資料から、もしも錬金術師ソフィアが実在の人物だったとしたら、このルートで今のソフィアへ辿り着いたのではないか、とされる道順だった。
ロイも同じことを言っていたが、ソフィアは元々北の生まれではなく、当時のセントラルの比較的裕福な家に生まれた娘だった。彼女は錬金術には一切関わりのない環境で育ち、本来であればそのまま平和に年老いて死んでいくはずだった。
だが、運命の悪戯、であろう。
彼女は夫と、生まれたばかりの子供を当時の戦争で亡くしたそうだ。そして嘆き悲しんでいたある日に旅の錬金術師と出会い、熱心に打ち込んだ結果錬金術を見事身に付けた。セントラルでも彼女は評判を呼んでいたらしいが、その時は当然のように、連成陣を描いて練成をしていた。
ところがある時、突然に彼女はセントラルの自宅を引き払い、貧しく厳しい北の土地への旅に出、結局は帰ってこなかった。まるで巡礼のような厳しい旅だったそうだ。今でも女の一人旅などよほどの事情がなければ考えられないが、百年も前ともなれば、それがどれだけ困難で、常識外れたことだったか想像に難くない。
そして今のソフィアに辿り着き、そこでいくつもの練成を行い、二年後逝去した。
…確かに、当時アングルと呼ばれていた今のソフィアにいた間、彼女はセントラルにいた頃には使わなかった「両手を合わせる練成」をしたのだという伝承が残っていた。
両手を合わせる練成。
突然の巡礼。
二年間の命。
直接確かめることは出来ないが、エドワードは、彼女もまた人体練成に到達した人間だったのではないか、と今ではそう考えていた。そうだと仮定すれば、今もって奇跡とされる練成を行うことも、ある意味たやすかったのではないかと。無論本人の資質や努力もあるのだろうが、もしも人体練成にまで辿り着く能力が彼女にあったのだとしたら…。
今エドワードが取っているルートは、勿論歩いていくわけには行かないので汽車を使っているものの、およそ百年前に、彼女がセントラルからソフィアへ向かって歩いた経路とほぼ同じだった。いずれにせよイーストから最短距離で行こうが、セントラルからのルートを取ろうが、最寄の街まで行かなければならないのは一緒だからさほど変わるものでもない。それにエドワードにはどの道セントラルを経由せざるを得ない事情があったので、それならとこちらの進路を取ったという面もある。
そのルートを辿ることで何が見つかるかはわからない。だが、何かが見つかるような予感がしていた。
現に、エドワードはひとつだけ、既に気がかりな場所を見つけ出していた。それは金属片の実験の最後に付け加えたもののために閃いた場所だ。ある特殊な鉱石の産地が、そのルート上には存在していたのである。
手帳を広げながら、エドワードはふと、どこかで弟に一度連絡しなくては、と思った。
今回弟に別行動を告げるにあたっては、いくつかの条件が遣り取りされたのである。
「…軍の仕事だ、っていうならしょうがないけど」
そんな風にアルフォンスは一応は納得らしきものを示したが、勿論そう思っていないのは明らかだった。
「ああ…まあ、なんかさ、断れない、…んだわ」
わざと軽い調子で言えば、暫しの沈黙の後、弟は重々しくこう切り出したものだ。
「じゃあ、ねえ、兄さん、約束して欲しいことがあるんだけど」
「…約束?」
うん、と声ばかりは可愛らしく、弟は頷いた。そしてなぜか、一歩後ろに下がった。
「…アル?」
不思議に思って首を傾げていると、思っても見なかった攻撃が弟から繰り出される。
「…豆」
「…っだとこらぁ!」
ぷちん、と切れて掴みかかろうとした矢先、大きな手がエドワードの顔の真ん前に立てられ、つんのめりそうになる。
「――って言われても、掴みかかったり半殺しにしたりしないこと」
「……………」
「ほんと、いっつもそれで困ったことになるんだからね。ボクがそばにいれば停められるけど、兄さんひとりでちゃんと我慢して拳止められるんだよね?そんな問題起こして新聞沙汰にでもなったら、ボク、…天国の母さんに顔向けできないよ」
弟の切実な訴えに、暫しエドワードは言葉を失った。しかし、そんなことにはかまわず淡々とアルフォンスの「約束」は続いた。
「あと、どこでも寝ない。一人旅でそういうの、ほんと危ないから」
「…起きるぞ、人がそばにいたら」
「それで寝起きで襲われても困るんだってば…過剰防衛になっちゃうでしょ、兄さんの場合」
しかも、いつも、と付け加えるアルフォンスの声は苦渋に満ちている。そんなにオレってばアルに面倒かけてんのかな、とちょっとだけエドワードは反省した。ちょっとだけ…。
「それから」
「…まだあるのかよ?」
「少ないくらいだよ!兄さんはちょっと色々自分を見つめ直した方がいいってボクはいつも思ってるよ?」
アルフォンスはあくまで真剣なようだった。といっても、声の調子くらいからしか判断することは出来ないのだが…。
「いい?それから、出来たら一日に一回、よっぽど電話できないところだったらしょうがないけど、出来るだけでいいから、今どこにいるとか連絡ちょうだい」
アルフォンスの声は真剣だったが、だがそれ以上に、どこか必死な響きを孕んでいた。
つまり、不安なのであろう。エドワードと長く離れる状況が。
…エドワードは、アルフォンスには本当のことを話していなかった。つまり、アダムスからの情報でロイが単身ソフィアへ潜入したことを知った上で、同じくアダムスの支援を受けてロイの援護のためにソフィアへ乗り込む、という事情を。それはとても話せることではなかったのだ。
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ