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GLIM NOSTALGIA

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後はテーブルが一つ。しかしカウンター後ろの石釜はかなり立派なものだし、コーヒーの良い香りもしている。そして、その店は単純に狭いだけではなくて、店を狭くしている原因が存在していたことが店内に入るとわかった。
 飲む店ではないのか、とロイはほんの少しだけ苦笑した。一応怪我人なので確かにアルコールは遠慮したがいいのだろうが、酒の誘いだと端から考えていたので少々肩透かしだ。
 とはいえ素朴だが品のある、穏やかそうな主人の顔を見たらそれもどうでもいいことに思えた。それによくよく見れば、店主の背中の棚には美術品のように酒瓶が並べられている。置いていないわけでもないようだ。
「おや、ブライスさん。こんばんは」
 店主は皺深い目元をさらにくしゃっと和ませて、ブライスにそう挨拶した。どうやら常連らしい。そして、彼は想像より長いことこの町に留まってもいるのだろう。彼の来店は二回目、三回目どころではない印象をロイは受けた。
 しかし、ブライス自身には体の欠損は見当たらない。かといって、例えば身近な人がそうだ、というような悲壮感もないように見えた。
 だが、程なくして、彼の職業は判明することになった。
「マスター。またお邪魔してしまった。だが今日は初めてのお客様もいるんだよ」
 彼は気さくに店主に笑った後、何か適当に飲むものを、と頼むと、なぜかその狭い店を狭くしている原因に近づいた。
「また少しいいかな」
「ええ、どうぞ」
 店主はにこにこと答えてから、いらっしゃいませ、ともう一度丁寧にロイに会釈した。思わずつられて会釈を返したロイの耳に、綺麗だが硬質な高音が飛び込んできたのは次の瞬間だ。
 ――店を狭くしていたのは、小さなピアノに似た鍵盤楽器だった。
 それがテーブルの奥にあるせいで、小さな店はより一層狭くなっているのである。
 ロイには見慣れない楽器だったが、ブライスは嬉しそうな顔でそれに指を滑らせている。なるほど、確かに彼は自分をして「音楽の僕」と名乗ったが、あれは真実だったのだ。音楽家だったのだ。
「お客様、まずはこちらを。外は冷えたでしょう」
 何となく見入っていたら、店主がそっと小さなグラスを出してくれた。ありがとうと受け取りあおれば、かぁっと体内が一気に熱くなる。だが喉が焼けるようなことはなく、一気に適度な昂揚を得られた。少し甘みのある、濃く透き通った茶色の酒は土地のものなのかもしれない。
「…うまい」
 一口飲んだ後、くいっと一杯すぐにあけてしまったロイに店主は笑った。
「ソフィアの薬酒です。お口にあってよかった」
「薬酒? …そんな感じはしなかったが…」
 一度瞬きした後、ロイは小さなグラスを思わず鼻に寄せてにおいを嗅いだが、例えば薬草めいた独特のにおいは感じられなかった。しかし店主は笑顔のままはい、と頷きこう付け加えた。
「ソフィア様がわしらに遺してくださった物の一つです。このあたりには普通に生えてる草なんですがね、ソフィア様がそれを酒に漬け込むと冷えにいいからとおっしゃったと…」
「……そうなのか…」
 ロイは答えに詰まってグラスに視線を落とした。この町の真実の奇跡とは、今もこうして、町に生きる人々が百年も前に亡くなった錬金術師をこうして慕っていることかもsりえないと思った。
 背後からは聞いたことがあるような、ないような、どこか郷愁を誘うような素朴な旋律。楽器とは反対側にある暖炉の炎は時折ぱちりと爆ぜて、外からは遠くで犬の吼える声がする。店主の声は深くゆったりとしていて、店には他の客もいない。
 ロイは一瞬、ここがどこで、自分が何者で、何をしにここへ来たのか、ということを忘れそうになった。ほんの一瞬ではあったが。
「…そういえば、あの塔を見たよ。だが、塔は三本あったと聞いたことがあるんだが…」
 こう切り出すと、チーズとソーセージを皿に軽く盛って出しながら店主が二、三度瞬きした。
「お客様、よくご存知で」
「…まあ、興味があって…」
 ロイは曖昧に笑った。
「『三本目の塔は、あってなき塔』だと…子供の時分に聞いたことがありますが…」
「あってなき塔?」
「ええ。なんでも、…昔話なんですがね、それこそわしのひいばあさんが娘時分より昔のことなんでしょうが、三つの塔は、三人の運命の女神の塔なんだそうですよ」
「……?」
 ロイは首を捻った。ソフィアは錬金術師で、そしてこの土地の生まれでもなかっただろうに、なぜ、と思った。
「現在、過去、未来。三本目は未来の塔だから、建っていなくて正解なんだって…謎々みたいでしょう?」
 店主は笑ったが、ロイは考え込んでしまった。三本の塔の三本目は未来の塔、建っていなくても建っている塔…。
「学術的な話かな」
 と、演奏が終わり、満足したのかブライスがロイの隣に腰を下ろした。
「いえ、そういうわけでも。…それより、見事な演奏でした」
 社交辞令だけでもなく褒めれば、音楽家は素直に嬉しそうな顔をした。
「ありがとう。…実は、すっかりあれの虜になってしまって」
「あの楽器は?」
「ピアノの原型になった古い楽器で、今では貴重なものだよ。ここでこうして出会えて私は幸運だった」
「普段はピアノを?」
 ああ、と答えた後、彼はいやに子供っぽい顔で笑った。悪戯を打ち明けるような顔で。
「これでも結構有名になったつもりだったんだが…、アーネスト&クラウンズというバンドを聞いたことは?」
 大層な自信だな、と片付けることも出来たが、幸か不幸か、ロイはその名に聞き覚えがあった。そして、はっとする。そんなロイの表情の変化から正確に読み取ったらしいブライスは面白そうに肩を揺らした。
 アーネスト&クラウンズと、いうのは、ピアノと弦楽器で構成された演奏家のグループで、何枚かレコードも出している。軍の中にもファンが多く、実際に前線への慰安を依頼したこともあったはずだ。
 無論若い男性軍人はそんな音楽家よりも若くて綺麗な女優が慰安に訪れた時の方が喜んだといえば喜んだが、それでも、遠く戦地へ赴いた兵士達にとって、故郷の音楽や数多くの懐かしい旋律は想像以上に慰めとなる。加えて、彼らは軍楽に似た士気高揚の音楽も得意としていたから、彼らのコンサートでは最後は客達が立ち上がって踊ったり跳ねたりもするのだという。音楽の力とは実に偉大なものだ。
 だが、目の前の男がそのグループのリーダーである「アーネスト」であるとなると、少々厄介でもある。なぜなら、何度か軍の慰安コンサートを引き受けている彼は、軍内部の事情にも多少は明るい可能性があるからだ。つまり、ロイをそれと知った上で助けたのかもしれない、という恐れがあった。
 だが彼が次に口にしたのは、そんなことではなかった。
「この町に来たのは別の用事があったからなんだが…、あれと出会えたのは本当にラッキーだった」
「私どもも、ブライス様がお越しくださって嬉しいです。きっとあれも喜んでいるでしょう」
 店主が目を細めて鍵盤楽器を見た。その隙に、ブライスは器用に片目をロイにつぶって見せた。…どうやら、やはり、この男は工作員ではなかったようだが、ロイの正体には気づいているらしい。だが、それを口に出したら問題だと思っているから口に出さないでいてくれているのだろう。
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ