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GLIM NOSTALGIA

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 エドワードがフィリアを助けた話と、そのため、よければ自宅へ滞在してくれと店主が申し出た話とを聞き、ロイは「それなら彼は私が引き取りましょう」と言った。エドワードがボロを出すとは思わないが、用心に越したことはない。
 エドワードも実は、そこまで厄介になることは出来ない、と主張していたので、このロイの提案に勿論乗ってきた。彼としても、とにかく穏やかな老店主と気性の優しい孫娘を巻き込むことだけは避けたかったので、都合がいいとほっと胸を撫で下ろしたくらいである。それに、ロイなら遠慮がいらないし、…ぶん殴る、という目標も叶えやすい。
 店主も相手が普通に大人の男であるロイが相手となれば、いかにも少年といった風情のエドワードを相手にするのとは違う。知り合いのようだし、それならその方がよろしいでしょう、とあっさり折れた。密かに「オレいくつに見えてんだ…?」とエドワードはショックを受けたが、瑣末なことであろう。

 その晩は、とても賑やかな晩餐になった。
 店主は元から穏やかで笑みを絶やさない人だったが、孫娘やエドワードがいたからか(聞けば、フィリアは主に、店の奥で皿洗いなどを手伝っていたらしい)、その笑みはより慈しみのこもったものになっていた。
 出される料理は皆旨く、話も弾んだ。エドワードは自分が旅の間に見た様々なことを脚色を交えて面白おかしく話して聞かせ、ロイはそれをまぜっかえし、寸劇のような彼らのやり取りは自然と笑いを誘った。
 ブライスは今夜もまた鍵盤楽器の蓋を開き、今日は子供達がいたからだろう。何か歌える歌はあるかい、と尋ねた。エドワードはあまり歌には自信がないと答えたが、フィリアはいくつかの童謡のタイトルを口に上らせた。それならその歌を、とブライスが巧みな演奏を聞かせれば、それに軽く目を瞠った後、頬を薄く染め、少女は歌う。その歌声は高く澄んで美しかった。
 ロイなどは、思わず瞬きしてしまった。それくらいに彼女の声は良かった。職業柄、というよりも地位に拠る所が大きいのだが、歌劇や声楽の舞台に駆り出されたことが何度かあったが(時には警護として、時には客として)、そうやって聞いたものより何倍も美しいような…。
 勿論芸術には好みが大きく作用するから、その素朴な、飾り気のなさがロイの気に入っただけ、という可能性もないではない。
 しかし、ロイの隣でやはり聞き入っているようなエドワードの様子を見れば、これはそういった、好みがどうこうという話に収まるものでもないのかもしれない。現に、演奏するブライスの表情が違っていた。彼は明らかに、少女の歌声を気にいっているように見えた。
「…とてもいい声だね!」
 一曲終えた所で、ブライスは拍手をして小さく口笛を吹いてから、嬉しげに目を細めてフィリアに告げた。
「クラウンズのヴォーカルにスカウトしたいな、本気で」
 しかし当の少女は恥ずかしげにうつむき、はにかむだけだ。ずっとこの北の町で生まれて育ってきた彼女には、そんなことは想像もできないのだろう。自然と拍手をした後、ロイはそんな風に思った。
「他の曲もいいかい? ああ、素晴らしいコンサートが出来そうだ」
 と、そこで、不意に、何かを考えるような顔つきをしたエドワードが立ち上がった。
「…?」
 唇の動きだけで鋼の、と呼びかけたロイだったが、エドワードは振り向きもしない。当然の事だが。
 ブライスやフィリアもまた、立ち上がった少年が足元に置いていたトランクの中から小さな布の包みを取り出し、さらに古びた一通の手紙を出して向かってきたものだから、怪訝そうに動きと言葉を止める。
 すると、エドワードはその手紙を黙ってブライスに差し出した。
「…これ、オレは読めなかったんだ。でも、あんたなら読めるよな、きっと」
「……見せてもらうよ」
 エドワードはただ頷いて、それを差し出した。
 ブライスが開いた紙は…手書きのようだが、楽譜だった。その古さと内容に目を瞠った後、ブライスは大層驚いた顔でエドワードを見上げた。
「…こんな古いものを…どこで?」
 エドワードは暫し無言を返した後、ぽつりと答えた。
「ある人の、遺産だよ」
「遺産…?」
 ――それは、あの磁石の町で、エドワードが幽霊のもらった手紙の片方だった。ソフィアは、ソフィアのおかげで生活が助かっている、という礼状に対して、一曲の楽譜と「辛い時にも皆で助け合い、支え合って生きてください」という一言を返してくれたという。「悲しい時にはこの歌を歌ってください」と。
 日記に比べて、その手紙はいかにも普通の手紙だったので、二度通して読んでエドワードはしまってしまったのだ。一瞬は楽譜が暗号なのではないか、とも思ったが、…音階にアルファベットを当てはるの作業を揺れる列車内や自分で手綱を取る馬の上で出来るわけもなく、そのままになっていた。
 もしもその楽譜がきちんと曲になっているとして、単純に、額面通りに手紙を理解すべきだという解釈も勿論ある。だからブライスに差し出した、それもその通り。けれどほんの少しは、何か予感のようなものがあったのも確かだった。不確かな、ただの勘。それが、今この場でこの楽譜を出すようにと唆しているような気もしていた。
 果たして、ブライスはその古さと、内容の何かに対して驚いているようだった。
「…一度弾いてみるよ」
 ブライスは真剣な顔で、その、古いせいで所々かすれて見える楽譜を譜面立ての部分に広げた。
 そうして何度か指先で部分的にさらってみた後、通しで一度弾いてみせてくれた。
 ――エドワードには、芸術の何たるかはよくわからない。そもそも、美的センスそのものをしょっちゅう疑われているくらいだ。
 だが、その曲は美しいと思った。
 美しく、郷愁を誘う曲だ。聞いていると涙が出てきそうだと思った。
 そしてその思いはロイも同じだったようで、ふと視線を流した先で、彼は何とも言えない顔で目を細めていた。彼が何を思いそんな顔をしているのか、この曲を聞いてどんな光景を懐かしんでいるのか、不意に知りたいと思った。それは、とても不思議な衝動で、…なぜか、エドワードは、ああ、オレこいつのこと好きなんだな、と思っていた。すとん、とその事実が胸に落ちてきたのだ。ロイがエドワードを庇って単身ソフィアへ発ったのが許せなかったのも、エドワードを利用しようとしているのだろうアダムスのたくらみにのったのも、こうして追いかけてきたことも。要するに、好きだったから、なのだろうな、と。まるで他人事のように、冷静にそう考えていた。
 そんなエドワードの思惟を断ち切り、現実に返らせたのは、目を輝かせて拍手しているフィリアだった。それまでの引っ込み思案な様子が嘘のように、その目はキラキラと輝いていた。
「…歌ってみたいかい?」
 ブライスが、そんな少女に問いかければ、彼女は勢いよく頭を振った。
「この、音符の下に歌詞が書いてある。私が弾くから、一緒に歌ってくれるかい?」
「…はいっ」
「この段のこの行の後、こっちに進むんだ。わかるね?」
「はい!」
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ