GLIM NOSTALGIA
「オレが思うに、結界になってる部分は、土に細工してるんじゃないかな。それか、地中にそういう鉱脈があるのかもしんねぇ。それが鉄を引っ掛ける。武器なんて、やっぱ鉄の部分が多いからな、どうしたって」
エドワードは肩をすくめ、一歩ロイに近づいた。ロイは座ったまま、どこか途方に暮れた顔をして少年を見ている。
「鉄の発明が戦争を飛躍的に進化させた。そんなの常識だ。鉄の車輪、鉄の武器、それが有効だったのは、何も古代の話に限ったことじゃない」
「…そうだな」
「だから鉄を手っ取り早く引っ掛けた。もっとも、金属の精錬技術は進んでるから、いつまでも重工業の時代じゃない気はしてるけど、それでもまだそれは遠い未来の話だろうとも思うし。…反れたけど、話。…鉄を引っ掛けるのは磁気だ。そんで、引っかかった鉄に酸化を起こさせるのがセンサーの正体…結界の謎なんだよな…?」
エドワードは淡々と述べる。
ここに来るまで、色々と推論を立てていた。ソフィアの辿ったルートに磁鉄鉱を産する町があると知った時に、何かがひらめいた。
そして、ロイもまたもう気付いているはずだ、と思っていた。それに別の見解があればそれを述べてくるだろう。
今がカードを見せ合う瞬間だった。
「燃焼についてなら、あんたの方が詳しいよな。…焔の錬金術師殿?」
酸化とはすなわち燃焼である。
通常、物質と酸素との結合から生ずるものを燃焼というのだ。ただ、燃焼という現象事態はそれ以外にも、ハロゲンとも総称される第17属の元素、たとえばフッ素、塩素、ヨウ素などと酸化窒素などとの結合も指すし、広義においては、生物体内での酸化をも示す。
そして爆発は燃焼の一つの形態だ。圧力の急激な発生、もしくは解放の結果、音を立て激しく破裂したり膨張したりするのが「爆発」である。
鉄を引き出すのは磁気、そしてそれを爆発させるのは酸化。
そしてその酸化を引き起こすのは?
「…火薬の燃焼は」
ロイが静かに後を引き継いだ。
「空気中の酸素ではなく、内包する酸化剤との間に起こる反応だ…」
「……」
「硝酸カリウム、硫黄、木炭」
ロイはそこで一端区切ってエドワードを見た。
「…君なら知っているだろうが、黒色火薬の原材料だな」
「……ああ」
「硝酸カリウムが酸化剤の働きをして、火薬を燃焼に至らせる。だが、火薬は通常、そのままの状態では爆発しない。してしまう、こともあるが」
過去、火薬の暴発は軍を悩ましたものだ。但し技術は日進月歩しているので、近年では昔に比べてそんな事故は減りつつある。…とはいえ、逆に新しい、性能のいい火薬が発明されれば、また同じ類の事故が増える。何でも初めて扱う時は注意が必要だといういい事例かもしれない。
「火薬…どちらかといえば爆薬としての火薬を、ソフィアは警戒していたんだろう。弾頭が破裂する前に、発射薬ごと破壊してしまうことを考えたのではないか、と…」
「…大佐、さあ」
「ん?」
「ソフィアが…戦争で旦那と子供をなくした、っての、知ってた?」
ロイは、困ったような顔をした後、結局は頷いた。
「…やりきれないな」
そして溜息に紛れてそう囁く。本当に彼はそう思っているのだろうな、となぜかエドワードは感じた。
「ソフィアは、戦争を二度と起こしたくなかったんだろうな、きっと。…でも、それが不可能だってこともわかってたんだ、多分」
エドワードは穏やかに、できるだけやさしく口にして、座ったままのロイの前まで近づいた。ロイは無言で少年を見上げる。
素直に、笑えていた。と、思う。
エドワードはただ笑って、戦争屋でもある軍人の男の頭をそっと撫でた。ロイは呆然とそんなエドワードの微笑を見上げていた。
「あんたが傷つくことじゃないだろ」
「……そうだな」
「そうさ。…それに、あんたは大総統になるんだろ? …だったら、いつか、どうだ、オレの世の中じゃこんな結界はいらないんだ、って…あんたなら言えるよ。――オレはそう思う」
ほとんど囁くような声はかすれていたが、静かな昼間の部屋ではよく聞こえた。ロイは、目を瞠ってエドワードを凝視している。
「…あんたがそういう世の中にするの、オレは結構楽しみにしてるんだぜ?」
エドワードの手つきはぎこちないものだったけれど、とても温かいものを感じ、ロイは目を閉じた。
「…ありがとう」
言葉は自然にこぼれていた。
エドワードからの返事はなかったが、もう一度頭を撫でられた。ちぐはぐな格好だが、ロイはけしてそれを不快だなどとは思わなかった。
結界の細かい仕組みはまだ解けていない。何しろ資料が少なすぎるのだ。
しかし、それらが鉄と火薬を狙って燃焼を起こさせるものであること――酸化剤を内包する火薬に対しては、外から何某かの衝撃を与えることで起爆をはかり、磁気に反応する、強磁性体である鉄に関しては、瞬間的な高圧を伴う酸化現象を引き起こさせる、そういう障壁なのだということは整理できた。
鉄の酸化で爆発は難しいように思うが、何か手段があるのだろう。それがつまり、錬金術という補助線だ。
練成についてはもう少し考えたかったが、現状を整理するのに必要なのは、その思索ではないことにロイもエドワードも気付いていた。
ソフィアがそういう結界を作った、そういう錬成を残した、というのはとりあえずそこで止めておくしかない。鉄以外、磁性体以外の金属であれば反応しない(センサーはさすがにそこまで精密ではないので)ことがわかればまずはそれで第一歩とすべきだった。勿論、解決にならないことはわかっているし、いずれは解読しなければならないけれど、それより優先させる問題もあったのだ。
もっとも、錬金術師としての本能の部分では、今すぐに取りかかりたいと思っていたのだが…。
「…オレさ、変だなって思ってることがある」
「私もだが、…鋼のからどうぞ」
「…じゃあ、言うけど…。オレがこの町に来た時、変だなって思ったことが二つある」
エドワードは、今はロイから離れ、何事もなかったかのような顔で隣のベッドに座っている。
「まず一つ目。フィリアは軍人に絡まられてたんだ。変だろ? ソフィアには軍人は近づけないんじゃなかったっけ?」
「待て、…軍人?」
ロイの顔が険しくなって、あれ、とエドワードは思う。彼はそのことは知らないのだろうか? それとも、あれは軍人ではなく、それを装った人間だったのだろうか?
「大佐?」
「…。私がここに向かう時、馬車がやはり『軍人』に襲われた。ソフィアへの立ち入りを禁止する、と」
「…え…?」
そんなのとは会わなかったなあ、とエドワードは首を捻る。経路の違いだろうか?確かに、、エドワードは道なりではなくて、頭に入れた地図の直線距離を選んで進みはしたけれど…。
「…アダムスのおっさんは、そんなこと言ってなかったよな?」
不審げに問いかけてきたエドワードに対して、ロイは腕組みして唸る。
「大佐? どうなんだよ」
再び問えば、ロイが難しい顔をしてこう答えた。
「…中央に、リブロン准将という方がいる」
「……?」
「アダムス大佐は、彼を怪しいと思っている。らしい」
「…怪しいって…どういうことだよ?」
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ