GLIM NOSTALGIA
「つまりね。…そうだな、じゃあ、私の疑問を先に言ってしまうが、鋼の。君はあの検問所を見たか?」
「ああ、見た。二つ目はそれだよ。あの検問所から先、あの足留めくらったヤツらはさ、どこに行くんだろ?」
町中で彼らのような人を見ることはなかった。それだけに、彼らがあの検問所から先、一体どこへ連れて行かれるのかと疑問に思った。
しかも、風説に寄れば、「失われた体の一部を求めてソフィアに行った者の中に、帰ってきた者はいない」のである。
町に入れず、追い返されもせず、…彼らはどこへ行ってしまったのか?
「つまり准将が怪しいというのは、彼らの行き先と関わりのあることなんだ。それから、この町特有のある物と」
「……。セラミックス、かな? ある物、ってさ?」
エドワードは悪戯っぽく笑った。それにロイはぱちりと瞬きして、かなわないなあ、と苦笑した。
「君を見てると天才ってヤツは本当に存在するんだなと思うよ、いつも」
「おだてんなよ。単純にオレの専門が金属なんだって」
広義においてはセラミックスとは陶磁器全般を指す。つまり、焼き物全般だ。つまりは皿や壷といった生活雑貨である。
だが、この焼き固める、焼結という作業を簡単に見てはいけない。
そもそも鉄の精錬にしても、一度溶解したものを再び成形して固めるのだから、熱処理をして成形する、という過程を持つものをあっさり見逃してはやはり錬金術師の名が廃る。
金属酸化物を基礎成分として高温処理を加えた時、非常に硬いセラミックが誕生する。まだその機能はほとんど注目されていないが、確実に新しい時代では必要とされる技術、加工物であろうとエドワードは思っている。それがどのくらい先かはわからないけれど。
「そういうのはまだ研究が進んでないんだ。だからまあ、仮に…そうだなあ、アドバンスド・セラミックと呼ぶことにするけど。ソフィアではもしかしたら、そういうもんをナイフとか…そういう普通なら鉄で作られるものの代用をしてんじゃないかな?」
ま、ほとんど今の時代じゃファンタジーだけどね、と少年は苦笑する。
「なぜそう思った?」
「アダムスのおっさんにここの金属板もらったって言わなかったっけ?あれで実験したらすぐわかったよ。硬いのに脆性が高くちゃさ、変だなって思うじゃん」
脆性とはそのままもろさのことである。要するに壊れやすいということだ。
鉄であればもっと高い延性や靭性を示すであろうに、例の金属板はすぐに破壊できてしまった。エドワードの手を煩わせることなく。
それで、あれが鉄に見えるが鉄ではないのだと確信した。そもそも持った時からいやに軽いとは思っていたのだが…。
「准将は、軍の入札制度に関係のある方でね」
「入札制度…?」
「要するに、武器をどの会社から買うかとか、事務用品をどこから買うか、それを決める部署に関係があるということだね」
エドワードは呆れた顔を隠しもしなかった。
「つまり、そのおっさんはどっかの業者と癒着してる、って?」
ロイは肩をすくめた。単純に言えば、それだけの話なのだ。ただ、こんなややこしい町が絡んでさえいなければ。
「この町の中にはそれらしいものは見当たらなかったが…どこかに工場があるんじゃないかと私は考えている」
「工場? 日用品作るのに?」
違う、とロイは首を振った。
「そうではなくて…、確かにソフィアの人々の生活を支えるだけなら、その製法でただ日用品を作るだけで事足りるさ。普通の町や村に鍛冶屋をがあるように、単純に…君が言うアドバンスド・セラミックを扱う工房があれば済む話だ。だが、もっと多くの、しかも日用品ではないものを作ろうと思ったら、人出と場所が要る」
「…日用品ではないもの?」
「そう。そして人出は安ければ安いほどよく、作るものが非合法であればあるほど、人目につかない場所が好ましい」
ロイは言葉を切り、じっとエドワードの目を見つめた。
エドワードもまた、ロイの黒い目の奥の真意を探ろうとするようにその視線を真っ直ぐに返した。
「…結界の中に、噂を信じた馬鹿な働き蟻をただ待ち構えてるだけの蟻地獄がいるってことか?」
ロイは何も言わなかった。だが、それこそが肯定だろう。
「…っざけんなよ…ソフィアがこんなめんどくさいセンサー遺産で残したのは、そんなことのためじゃねぇだろが…!」
思わずベッドを殴りつけるが、シーツが波打っただけで、衝撃はすぐに吸い込まれてしまった。それがまた腹立たしく、エドワードは舌打ちした。
「…錬金術師を…馬鹿にしてんじゃねえっての…!」
あの呪詛で始まる日記を。世界のすべてを恨み、絶望の縁から這い上がってきて、最後には未来を生きる人々のためにと己を犠牲にした錬金術師を思う。自分と同じ過ちを犯しながら、すべてを受け入れ、すべてを許した錬金術師が残したものを、今、私利私欲のために利用する人間がいるのだという。その人間は、自分と、弟と同じ希望をもつ人々を騙して集めて、利用しているのだという。
錬金術師よ、大衆のために在れ――
ソフィアの晩年とは、まさにその体現であろう。その生き方をなぞることは到底出来ないし、しようとも思ってはいないのだが、それと尊敬に値すると思っていることは別だった。エドワードにしてもロイにしても、彼女のその錬金術師としての在り方には、同業者として敬意を払うものとして捕らえていた。
「…その通りだよ」
ぽつりとロイは呟いた。
「大佐?」
その声にエドワードが顔を上げると、ロイは、真面目な顔をしていた。
「蟻地獄退治をしなくちゃな、鋼の」
「…? ああ…?」
ロイの切実さは、ソフィアの謎を長引かせればいずれここが第二のイシュヴァールになるかもしれない、という危機感に基づいていた。
鉄と火薬以外のものには反応しない結界。
確かに銃器、その砲は鉄だが、弾頭自体は鉄ではない。つまり、外から長距離の砲を浴びせることは可能だし、…爆発するなら、何も結界の外から単純にカタパルトで鉄玉でも飛ばせばいいのだ。後は勝手に爆発してくれる。いっそ爆薬を大量に投げ込んだ方が手間としてもかからないのかもしれない。
そういった被害がいくら町自体には及ばなかったとしても、周囲が集中砲火を浴びせられているとなれば、町の人々はやはり恐慌を来たすだろう。いくらソフィアの結界に守られているとはいえ、だ。
今のところソフィアが町の単位で軍に翻意を仄めかしているわけではないし、この先もそんなことはないだろうが、理由などなければ作ればいいのだ。イシュヴァールの戦端を開いた事件だって、確証こそないが、怪しいものだとロイは懐疑的に思っている。そしてしばしば、大儀は動機の後についてくるものだ。特に近世の動乱においては。
もうあんな泥沼はたくさんだとロイは思っている。そして、そんな場所に、国家錬金術師として目の前の少年を赴かせる事態を起こしたくもない。彼には、やはり、錬金術師としての高みを目指して欲しかった。純粋に、一途に。それを見ることは、ロイの楽しみでもあるのだから。
「やったろーじゃん!」
うし、と気合を入れているエドワードにロイは目を細めた。
「ああ。錬金術師の意地を見せてくれるさ」
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ