GLIM NOSTALGIA
四幕 永遠の燈火
ロイとエドワードは、個別に町の中を歩き、情報を集めた。しかし、やはり工場の存在にはなかなかたどり着けなかった。
だが、収穫がなかったわけでもない。
「チェスナットっていう金持ちがソフィアの端っこ、山の上のあたりに住んでるんだと」
合同会議は時を選ばなかったが、場所は基本的に宿屋の部屋だった。しかし、その時に限り、彼らは塔の見える公園でベンチに並んで座っていた。その前夜、フィリアに、明日の昼にブライスと公園で演奏をすることになったから見に来て欲しいといわれていたからだ。
何気ない風情でのんびり喋っていれば、まさか誰も軍事機密とは思うまい。
ロイはサンドを齧りながら気のない風で頷いたが、その目はしっかりと情報を租借したことを示していた。だからエドワードもまた、一見すると気だるげに続ける。足をだらんと前に投げ出して。
「金持ち栗様が引っ越してきたのは三年前らしい。…ちなみに、噂が流れ始めたのは、三年前から二年前」
ロイはやはり無言で頷いて聞いていることを示した。
「…二年とすこし前。…最初にこの町に、噂を聞いた奴がやって来た」
エドワードは公園の中央、簡易の舞台が設えられているあたりを見た。そこではブライスが何やら見知らぬ人間に指示を与えている。フィリアはまだ来ていないようだ。
「…当然、ソフィアの人々はそんな話は知らない。寝耳に水もいいところだ。でも、一応は傷病人だ、そういう判断で医者が引き取って、…錯乱状態になって暴れていたのを、看護師だったリリィ・カルミナが止めようとして殺害されてる」
「……」
「フィリアの母さんだ」
ぽつり、とエドワードは付け加えた。
「リリィって人は、イーストに元々いたらしいぜ?看護師になってあちこち回って、最後は、子供をつれてここに来た」
「…暖炉亭のマスターとは?」
暖炉亭、というのは、例のソフィアの祖父がやっている店の名である。既に滞在を始めて数日が経過するが、二人ともあの店の常連客と化していた。
「マスターの息子って人は、コックだったらしいんだ。でも若い時大喧嘩して飛び出して、イーストに飛び出してきて修行してた。その時、リリィさんと知り合ったらしい。ただ、その息子さんがさ、ある時、軍高官に料理を出した」
「……」
「それが運悪く、アレルギーがあったらしいんだ。その軍人。でも、それを知らずに料理を出した。そうしたら、…軍人は、瀕死の重態。そりゃもう、批難轟々さ。結局息子さんは心労に耐え切れず――」
エドワードはそこで言葉を切って、首を振った。
「で、相手が軍人ってのもあってさ、結構嫌がらせがひどかったらしいんだ。それで、リリィさんは生まれたばっかりだったフィリアを連れて、ソフィアに来たんだって。…フィリアは…父親の死んだ理由は知らない。事故で死んだって思ってる」
「…マスターが言っていたのか?」
エドワードはただ頷いた。よく話してくれたものだな、とロイは思った。
フィリアが軍人に絡まれたと知った時、あの温厚な老人が、かなり激昂した様子だった。だからきっと、過去に何かあったのだろうと思ったのだ。それで、フィリアがいない時に、鎌をかけてみた。
老人はあっさりと教えてくれた。しかし、フィリアにだけは言ってくれるなと念を押しても来た。最近ようやく母親の死から立ち直ってきたのに、余計な心痛を負わせたくないから、と。エドワードは、それには勿論了承と頷いた。
「…そうか…」
「それで、町の人は大いにショックを受けたわけだ。リリィさんて人は、すごく皆に好かれてもいたらしいよ」
「……」
「それで、自衛しなくちゃいけない、ってムードになった。でも、ソフィアの人たちはそもそも、長いこと平和に慣れてて、どうやったら守れるのか、なんてわからない。そんな時、検問所を作るとか、そういうことを言い出したのがその金持ち様だったってわけ」
「つまり、あの検問所の機能を把握してるのはその金持ちというわけだ」
「そうだね」
「わかりやすくていいな」
「確かに」
エドワードは神妙な顔で頷いた。確かに、非常にわかりやすい。だがそもそもソフィアを隠れ蓑している時点で世人にはわかりにくいので、そんなものなのかもしれなかった。
「私にも収穫はあったぞ」
「なに?」
「軍人の動きがちぐはぐな気がして調べてみたんだが、どうやら、ソフィアにこれ以上人を入れないようにしようとしている軍人と、逆に、検問で引っ掛けた人間を引っ張っていく軍人がいるらしい」
「それが、あんたが引っかかったヤツらと、オレが追っ払ったヤツらの違い?」
「そういうことだな。…そして、フィリア嬢にちょっかいをかけたのも、検問で引っ掛けた人間を連れて行くという連中だろう」
「…嬢…」
「ん?」
「いや。…あんたって、言葉が綺麗だなあと思ったんだよ。…で?」
喉元まで「君に比べれば誰だってそうなんじゃないか」の言葉が上がってきたが、ロイは堪えた。別にここで怒らせてもいいことはひとつもない。
「こいつらは大体行いがよくないので、町の人々には嫌われている。しかし、検問所から中には滅多なことがない限り入って来ないそうだ。なぜだと思う?」
「さぁ…」
首を振ったエドワードに、ロイは皮肉っぽく笑った。
「その金持ち栗様が、物申したそうだぞ? その前は軍人達が勝手に街にやってきて横暴な振る舞いをするので、ソフィアの人々はかなり怒り心頭だったようなんだが…ある時その金持ちが、まあまあ皆さん、私が代表して伝えてきましょう――」
ロイはさらに唇を歪めた。
「そう、場をまとめて、果たして…、軍人達は検問所から中に入ってこないようになったそうだぞ」
「へぇ…」
エドワードはサンドの最後の欠片を飲み込んで、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
「…三文芝居、ってやつ?」
「大方そんな所だろうな」
ロイもまたつまらなそうに頷いた。
要するに、初めからその金持ちと軍人は癒着していたのだろう、二人は共にそう考えていた。
「…ウィシュラー・チェスナット氏にアポなし取材しかないかねぇ?」
今日はいい天気だ、くらいの軽い調子でエドワードがさらりと言えば、ロイもまたさらりと打ち返す。
「まあ、そんな所かな。だが、今すぐは無理だろう、さすがに。こちらの足場も固めておかないことには」
「そうだなぁ…」
エドワードはサンドの入っていた袋をくしゃくしゃと丸め、近くにあった屑篭に放り投げた。紙屑は綺麗な放物線を描いてそこへ吸い込まれていく。ロイが小さく口笛を吹いた。
「それに、彼女の曲を聞いてからにしないと、きっと寂しがると思うが?」
折角呼んでくれたのだし、とロイは、ようやくステージの上に姿を現した少女を示してくすりと笑った。多分、エドワードをからかっているのだろう。
「は、あんたってばほんと、女には手ぇ抜かないよな…」
だが、エドワードはすこし違った意味で受け止める。どちらかといえば複雑な気分だった。
「…エド?」
外だからか、彼はわずかの間を置いた後、そう呼びかけてきた。
「…なんでもねー…」
それに、少年は気のない返事を返しただけだった。
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ