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GLIM NOSTALGIA

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 公演というほどにそれは改まったものではなかった。天気がいいから外で楽器を演奏しようか、そんな程度のものだったのに違いない。
 だが、始まってしばらく経つと、どこからともなく人が流れて集まってきていた。
 ロイとエドワードは最初こそすこし離れた場所にあるベンチに座って聞いていたのだが、あまりにあたりが混み合って来たので、もう少し近づいてみることにした。
 フィリアの歌声は瑞々しく、ブライスの伴奏は、とてもひとつの楽器で奏でているとは思えないような華やかで厚みのあるものだった。
「意外にこの町人住んでたんだな…」
 エドワードがぼそりと呟いたのに、ロイは思わず頷いてしまった。確かにその通りだと思ったので。ソフィアの町中を歩いていても、これだけの人が一時に活動している様子がないから、寂しい町だなと思っていたくらいだ。
「…老人が多いな…?」
 そしてそれもまた特徴のひとつだった。どちらかといえば、あまり若い世代を見かけない。せれは今もそうだが、町中を歩いていても同じように感じることだった。
 そんな二人の余所者の感想など知らず、集まってきた人々は熱心な聴衆となっている。短い演奏会が終わった時には、大きな拍手と、アンコールの声が上がったほどだ。
 どうやらこれに驚いたのはフィリアの方だったらしい。
 彼女は壇上で、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「…アンコール!」
 そんな中、すっと立ち上がったのはロイだった。怪訝そうに見上げたエドワードの脇で、男はそう声を上げた。よく通る声は、ロイの長所のひとつだろう。そしてエドワードが好ましいと思うもののひとつでもある。
 通る声は少女にも勿論届いたらしい。
 彼女は、ロイとエドワードが並んで掛けている方を向いた。
「…あんたってば、ほんっと…」
 エドワードも結局、立ち上がった。そしてフィリアと視線を合わせて、両手をメガホンにし、ロイと同じ言葉を口にする。
 そうすれば少女は恥らいながらも、にっこりと笑って、どこから持ってきたのかピアノについていたブライスを振り返った。ブライスは勿論笑顔だった。
 そうして、アンコールが始まる。
 ――余談ではあるが、これが、ソフィアの歌姫、フィリア・カルミナが誕生した日でもあった。


 公園からの帰り道、ロイとエドワードは、フィリアを挟んで歩いていた。もみくちゃにされそうだった彼女を見捨てられず保護したのと、後は、どうせ今夜も夕食は暖炉亭と決めていたからである。行き先が同じなら、帰り道が同じだってかまわない。
「いい歌だよな、あれ」
 最初にそう口火を切ったのは、エドワードだった。
 夕陽に染まる塔を見ながら、彼は何気ない調子で言う。
「オレ、あの歌好きだな」
「エドが教えてくれた歌のこと?」
「オレが教えたわけじゃないよ。オレは運んだだけ」
 笑って、少年は自分と後見人の真ん中を歩く少女を振り向いた。多分、彼女にやさしくなってしまうのは、いかにも穏やかそうというのもあるが、エドワードより小さいからかもしれない。
「あの歌はさ」
 エドワードは今度は前を見て言った。
「ここに来る前に寄った町で、預かったんだ」
「…?」
「あれ、手紙だっただろ?」
「うん…?」
 ロイはちらりとエドワードの横顔を見る。彼はこの少女にどこまで教えるつもりなのだろうか、と。
「ソフィアが…昔、その町の人から手紙をもらって、その返事を書いたんだって言ってた。あれはその手紙なんだ。…悲しい時にはこの歌を歌ってください、って…」
「ソフィア様の…歌?」
 フィリアは目を真ん丸に見開いて、立ち止まってしまった。だからロイとエドワードもまた立ち止まる。
「…そうだよ」
 エドワードは静かに頷いた。
「錬金術師ソフィアが残したメッセージ。オレは、それをこの町に運んだだけ」
「…錬金術師…?」
 エドワードは何も言わず、ただ笑って目を細めた。その表情に少女が頬を染めたのに気付いたのは、ロイだけだった。
「――寒くなってきた。…帰ろうか?」
 そして、労わるような言葉を発し、馴染みの錬金術師の少年と、土地の少女を促したのも、ロイだった。


 暖炉亭で夕食をとっているとブライスも合流して、演奏会がどれだけ素晴らしかったか、フィリアの歌がどれだけ素晴らしかったかについて店主に力説した。エドワードもまたそれには頷いた。確かに、彼女の声は素晴らしく良かった。勿論ブライスの演奏も素晴らしく良かったのだが。
「もし…、もしもの話で聞いて欲しい」
「はい?」
「私としては、フィリアさんには、セントラルで声楽を磨いてほしいと思う」
「…セントラル…ですか?」
 さすがに店主は驚いたらしい。まあ、無理もない。思うにこの町の人にとって外に出るということはそうそうあることではないのだ。それには、この数日でエドワードも気付いていた。
「しかし…それは嬉しいことですが、…セントラル、ですか…」
「セントラルでなければいけないということはありません。勿論。声楽の教師さえいるなら、どこだって。…ですが、セントラルなら質のいい教師も、教室もある。私の知り合いも多いのです。ですから…」
「しかし…」
 難色を示す老人に、エドワードとロイは顔を見合わせた。その後、おもむろにロイが口を開く。
「セントラルはこの国の中枢ですから。学問でも何でも、最高の物はセントラルに行けば確実に触れられるでしょうね」
 穏和な物言いに、店主は躊躇したようだ。
「ですが、…セントラルでは選択肢が多すぎる。初めて出て行くと、圧倒されてしまうことも多い」
「そうだな。確かに物は多いけど、選んだり使ったりする自分の体はひとつきりだからな…」
 単純にブライスを後押しするのではなく、穏やかな一般論を述べたロイに、エドワードも思案げに付け足した。
「フィリアは、どう思う?」
 そして同年代の少年だけが、話題の中心になっている少女に話を振った。フィリアは、といえば、やはり戸惑っているように見える。だが…。
「エドは、セントラルの人なの?」
 彼女が口にした問いは、話題の本質とはかかわりのないものだった。それにエドワードは首を傾げ、ロイは苦笑し、ブライスは瞬きした。
「オレ?オレは違うよ。生まれは東部の田舎でさ、リゼンブールっていう所だよ。すっごい田舎、羊の方が人間より多いくらい」
 彼は肩をすくめて苦笑し、目を細めた。
「…母さんが死んで…その後しばらくして、半年くらい、ダブリスって南の町にいたこともある」
「……ダブリス…」
「それからまたリゼンブールに戻って。…それから、…そうだな、それから旅を始めた」
「旅?」
「うん。オレは旅人なんだよね」
 おどけて言って、彼は笑った。
 だが彼の「旅」の本質を知っているロイは、痛ましげに眉をひそめる。そっと、誰にも気付かれない程度に。
「今は別行動してるけど、弟と一緒に色んなとこ回った。でもまだしばらくは続けるつもり。セントラルにもたまに行くよ。長く居たことがあるのは、一回だけだけどさ」
 資格を取ったばかりの頃、セントラルの研究施設を片っ端から見て回った。その時こそ長く滞在したが、あれ以来は長くても数日の滞在がせいぜいである。
「…そう」
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ