GLIM NOSTALGIA
フィリアは考え込むような様子で視線をそらした。
「そんなすぐに決めなくてもいいと思うよ?オレは」
少年は楽観的に言って、ブライスと店主を交互に見た。それから、ロイをじっと見つめる。
「…オレが旅を決めた時は、…結構即決即断! …だったけど、周りから見たらもっとよく考えろ、って話だったと思うんだ。実際、近所のばっちゃんはいい顔しなかったな。幼馴染にも泣かれた」
尤も、国家錬金術師、といういい感情をもたれていないものになる、という決断に対してだからだったとは思うが、それを抜きにしても、ピナコやウィンリィには随分心配をかけた自覚はある。
「だから、フィリアはよく考えたっていいんじゃないかな。時間はたくさんあるだろ?」
「…ありがと、…エド」
小さな声で少女が礼を言ったので、エドワードは「何が?」と笑って流した。実際、こんなのは助けたうちに入らない。
夕飯を終え、エドワード、ロイ、ブライスは揃って店を出た。
「…出しゃばってしまって、すいません」
店では言わなかったけれど、外に出てからロイはブライスに軽く頭を下げた。ブライスは一瞬きょとんとした顔をしていたが、すぐに得心がいったようで、ああ、と声を出す。
「確かに、よくも邪魔してくれた」
責める言葉だったが、彼は笑っていた。
「だが、確かに君たちの言う通りだよ。…私もつい興奮してしまった。とめてくれて逆に助かったよ」
そう言ってくれたブライスに、ロイは苦笑のみを返す。
「でもさあ。おっさん。実際、どうなんだよ」
「こら、」
ロイの斜め前から実に彼らしい無作法な口調でずばっと訊いたエドワードに、ロイは慌てて制止の声を上げるが、ブライスは笑いながらそのロイを止めた。
「彼女の声のことか?」
「ほんとに、そんなに見込みあるって…あんたはそう思ってる?」
エドワードの口調はともかく、眼差しは真剣そのものだった。
「余計なお世話だとは思うけどさ。…芸術、ってやつが難しい道だってことはオレでも知ってる。世の中には歌手になりたいやつなっていっぱいいるだろ? それこそセントラルなんて競争激しいじゃん。それでも、あんたは、フィリアはセントラルに行くべきだって思ってるのか? …行っても、生き残れる、って」
ブライスは立ち止まり、そして、真剣な表情を浮かべた。
「私は、確証のないことは言わないよ」
「……」
「確かに君の言うことも一理ある。希望を持っている人間なんて数え切れないほどいる。その中には素質がある人間もいるだろう。だが、すべての人間が希望を叶えるわけじゃない。素質のあるなしだって、究極の場面では役に立たない。そんなことは、私だってよく知っている」
ロイはエドワードを見つめながら、ブライスの言葉を聞いていた。
「私も音楽家の端くれだ。だから彼女の才能が本物だとわかる。そして、同じ道を志す者として、あの才能を埋もれさせるのが惜しい。罪にさえ思えるよ」
わかりますよ、とブライスに内心で答えるロイがいた。わかるとも、とロイは思った。なぜなら、それは「あの時」のエドワードに対してロイが思っていたことと似ていたからだ。
「ふぅん…」
当のエドワードはといえば、わかったようなわかっていないような生返事。
「…まあ、どっちにしろ…決めるのは本人だろうけどね」
結局少年は肩をすくめ、先ほどと同じことを口にした。
「…投げやりなんだな?」
ほんの少しからかうような調子でブライスがそれに答えれば、しかし、意外にも真剣な声でエドワードは告げる。
「違う。どうせやるのは自分なんだから、自分で選んで覚悟決めなくちゃ、続かないって言ってるんだ」
「……」
「他人にできることなんて、…応援してやるくらいしかないんじゃない?オレはそう思う。それに、それで充分だとも思うよ」
大人びた顔で彼は笑った。
「いつまでも子供じゃいられない。いつから大人になるのかなんてわかんないけど、子供でいられる時間が案外短いってことは、オレはよく知ってる」
意味深な台詞に、年齢的には確実に大人である男二人は顔を見合わせた。
ブライスとも別れて、二人は宿にたどり着いた。何となく会話もないままに、寝るばかりに支度を整えて。だがそのまま眠ってしまおうという雰囲気でもなくて。
「…もう少し子供でいたかったと、思うことはないか…?」
やがて小さな声で沈黙を破ったのは、ロイだった。その問いに、エドワードは笑った。
「何言ってんの。子供なんてそんないいもんじゃないと思うな」
「そうか? 子供なら許されることはたくさんあるじゃないか」
「その逆もあるだろ。オレは、半人前だからって許容されるより、一人前だからって責任取らされる方が性に合ってるな」
屈託なく笑った少年に、ロイは眉をひそめる。
強がりではないと彼は言うかもしれない。だがロイにはどうしてもそれは虚勢にしか思えなかった。もう子供ではないと言う彼の方が、よほどに子供らしく純粋に思える。
いらないと言われても、手を差し伸べたくなる。
「…君らしいといえばそうだろうがね」
「だろ?」
だが、ロイにしても、その手の差し伸べ方がわからなかった。どうにかしたい気持ちはあるのに、いつだってその気持ちをどう形にすればいいのかわからない。
「それじゃあ、こうしないか」
「…?」
「君が子供がいやだというなら、私がその分、君の前では子供っぽく振舞うというのはどうだ?」
エドワードは…冷たい目で容赦なくロイを眺めた。
「…あんた、…何言ってんの? 大丈夫?」
「…そんな目で見なくてもいいじゃないか。傷つくよ」
「あんたがそんな弱っちいタマかよ…」
「じゃあ、こうしよう」
「だから、その『じゃあ』ってのはどっから出てくんだ?」
「君が、これから、私と会う時には、」
「…あのさ、人の話聞けよ…」
脱力しながらエドワードは言うが、ロイには聞く気がない。
「子供らしくすること」
「………はい?」
「もっとも、君、私にはすぐわがままを言うし、言うこともちっともきかないけどね。そう思えば今も結構子供っぽいのか?」
「こら、おい、誰がガキくさいって?」
「子供といわれて怒るのは子供の証拠だぞ」
ぐ、とエドワードは詰まってしまった。
その不満げな顔は面白い出来栄えだったが、ロイにはひどく可愛らしく見えた。
「じゃあ、やはり今通りでいい。いいかい?」
「…いいかい、って、なぁ…」
「ああ、すっきりした。じゃあおやすみ、鋼の」
「は?」
「明日も情報収集しなくちゃな。それから、金持ち栗様の所に殴りこみもかけなくちゃあいけないだろうし。英気を養っておかなくては。君も早く寝るといい」
「あ、あの、な…おい、大佐…?」
「大佐はもう寝ているから返事をしないぞ」
「……………」
あんたも充分ガキだよ、とエドワードは嘆息した。まったくもって、この男は時折本当に理解できない。だが…。
「…ほんと、…なんであんたはそんなにカワイイかな…」
ぼそりと呟いた声は音を伴わなかったから、多分聞こえてはいないだろう。自分のために、聞こえていないことをエドワードは天に祈ってみた。
「…鋼の」
「うおっ?! …な、なに…?」
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ