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GLIM NOSTALGIA

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 三本の塔の頂上部、屋根を持たないその剥き出しの場所に昔からあった大きな台。それが灯火台、大きな燭台であったことを知る者は、町の住人にさえ、多くはない。しかし、彼らは見た。そこに明々と燃える焔を。

 塔、及びその頂上にある灯火台までの距離、現在の湿度、街の海抜、気圧、そういったデータと馴染んだ構築式が静かに頭の中に存在していた。後はタイミングだけだった。
 どのタイミングでそれを起こすか、それがこの作戦の肝だった。
 いや、とても作戦などというものではなかったのだが。
「………」
 ロイは目を閉じて、夜風を受けながら、街からのざわめきを聞く。本当は、管轄外とはいえ、暴動が起こっている今佐官の自分がそれを鎮める側で動いていないのは、まずいことだった。下手をすれば罰せられかねない。
 だが、それでも今はこここそが彼の戦場だった。
 彼は確かに昂揚を覚えながら、それでも静かに立っていた。黒の多いその姿は夜に溶け込むようだった。
 どれくらい待っただろうか。ビー、と単純な作りの通信機が音を発した。暴動の先頭が広場に達した合図だった。
 それこそが、ロイが待っていた合図だった。エドワードが練成した通信機は、広場のある一点を一定量の人間が超えると作動する仕組みになっていた。
 彼は口角を吊り上げて不適に笑うと、過たず式を発動させる。
 遠目にでも、その二つの灯火台に明々と焔が灯ったのがわかった。
 そして――
「……っ」
 確かに聞かされてはいたが、実際に目にしたらさすがに目を瞠った。
 二本の塔から等しい距離を持って交わる一点に、塔が出現していた。蜃気楼の塔だ。そして三本の塔は三角形を描くように、街の中心に存在していた。もし上空や高地から見たら、恐らく正三角形を描いているはずだ。
 一瞬さすがに呆けてしまったロイだが、はっと我に返ると、それまでの静観が嘘のように走り出した。暴動の声は鎮まっているが、それでも次の場所に行かなければいけない。もう、あの少年は動いているはず。出来るだけ助けになってやらなければ、自然と体が動いていた。
 
 蜃気楼の塔の頂上にも、他の二つの塔と同じく灯火台のようなものが設えられていた。そしてこちらにも、他の二塔の火を真似るように、焔が揺れていた。
「…おおお…!」
 暴徒達の間では、畏敬に満ちた唸り声や悲鳴がひっきりなしに続いている。
 …夜に燃える火には、昼間のそれよりももっと特別な意味がある。大昔、まだ人間が文化を持たなかったそんな昔の、他の動物から火をたいて身を守った記憶が残ってでもいるのか、夜間の火には無条件の安心をもたらす作用がある。
 まして春まだ浅い時期ともなれば、夜はまだまだ寒く、その火の効力は絶大だった。
 一心に蜃気楼の塔めがけて走るエドワードは、無意識に笑みを閃かせた。
 夜間の火は確かに多くの人間にとって感銘を与えるものだが、エドワードにとってはもう少し特別な意味があった。少なくともその時の焔には。
 なぜならそれはあの男が灯した焔だからだ。
 自分があの日、絶望の底で見つけた何か。日の射す場所まで引っ張り上げたあの声、言葉、そして強さ。そうしたものの全てをその焔は思い出させる。そしてそれが今絶大な効果をもたらし、どうしようもないかと思われた暴動を止めてしまったことに誇らしささえ覚えていた。
 ――これが、ロイ.マスタングの焔だ。
 そんな風に思って、胸がすくような想いを感じていた。――無意識下での思いではあったが。
「…後は…!」
 エドワードは、パン、と手を打ち鳴らし、ガス灯にスピーカーを練成した。スピーカーの発信源は、公園の管理事務局だ。
「始めてくれ」
 エドワードは、無線で事務局に待機しているはずの音楽家チームへ連絡を取る。

 暴徒達の近くにいるはずのエドワードの下へ、ロイは夢中で走っていた。
 そして、その途中で、はっとするほど美しい歌声を聴く。
 スピーカーからのそれは少しかすれていたが、それでも、恐らくはエドワードが何か細工したのだろう。それでも、美しい旋律であることははっきりと伝わった。
 フィリアの歌なのは間違いない。
「…間に合ったか」
 もとよりこの町に詰め掛けていた彼らには存分に酌量の余地がある。それはつまらない同情かもしれない。ロイの甘さなのかもしれない。
 だがそれでも、ただ鎮圧すればいいとは思えなかった。どうしても。
 一瞬立ち止まったロイだったが、すぐにまた走り出した。
 暴徒より扱いが難しい、少年錬金術師を探して。

 広場にロイが辿り着いた時、そこでは、暴徒達――といっても百人はいないだろうが、彼らが一様に崩れ落ち、すすり泣きをしていた。
 そしてロイも、彼らがそんな風になっている理由を見聞きし、息を飲んだ。
 上部に燈火を灯された塔は荘厳な印象を持っていた。蜃気楼の塔に至っては、その霊妙な雰囲気は息を飲むばかりで。この塔にソフィアがこめた意味や願いはわからないが、それでもすごい練成だ、と素直に思った。そしてそれを蘇らせることが出来て、嬉しいとも思った。
「…ああぁ…、…俺は…」
 広場にうずくまり、力なく拳を固める男がいる。両手で顔を覆って崩れ落ちる女がいる。彼らは皆泣いていた。この奇跡のような光景を前に、その苦難を分かち合おうとするような歌声に、泣いていた。
 ――その夜、暴動は不発のまま抑えられた。
 空が白み始める頃には、その場は立ち直った暴徒達が互いを慰めあう宴の場に変わっていた。蜃気楼の塔は消えることなく、彼ら異郷からの来訪者を見守っていた。かつて、ソフィアが旅路の果てに辿り着いたこの町で、住人達に親切にされたように。
 ともし火は、消えることなく、藍色の空をあたたかく照らしていた。



 供をひとり連れただけで、アダムス大佐がソフィアへやってきたのはまさに暴徒達が広場に向かった夜が明けた瞬間だった。
 咄嗟に身構えたエドワードに、彼は笑ったものだ。
「…そんな怖い顔しないでくれ。副官一人連れただけの私に何が出来るっていうんだい」
 アダムスには、大体のところはわかっていた。
 何しろこのあたりは静かすぎるくらい静かなので、ソフィアで夜中に騒ぎが起こっていたのなど勿論把握していた。だが、今こうして町が破壊されていないのなら、問題はなかったのと一緒だ。
「昨夜はカーニバルが楽しそうだったね」
 悪戯めいた顔で目を細めたアダムスがそう言ってくれたので、まあね、とっても、とエドワードはさらりと反すことが出来たのだった。ロイは、二人の短い遣り取りを苦笑交じり見守っていた。
「二人に朗報だ」
「…はい?」
「消えた人間の足取りがつかめたよ。君達のおかげさ」
 エドワードが短冊に書いてよこした、チェスナットの提案で検問所が作られた話と、数日置きに軍人がやってきてどこかへ連れて行く話が決定打になったそうで、その辺を重点的に調べたら、チェスナットが所有する各地の工場に分散して低賃金で働かされていたのだという。逃げようとしたり反発したりすれば、ソフィアの奇跡を知りたくはないのかとと脅されて…。
「ひでえヤツだな」
 鼻の頭に皺を寄せたエドワードに、全くだよとアダムスは頷いた。
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ