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GLIM NOSTALGIA

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 ロイは黙ってその鉄を見下ろした。やはり、ただの鉄にしか見えない。あるいは、あの少年が触れたなら、何か違うことがわかるのかもしれないが…。
「それは、せめてもの手向けだよ」
 アダムスの顔がその日一番真面目な、困ったようなものになった。
「感謝いたします。アダムス大佐」
 反して、ロイの顔はその日一番真面目な、力にあふれたものになる。
「…君にはすまないと思っている」
 それまでは茶化したような言動ばかり続けていたアダムスの顔は、本当に申し訳なさそうなものになった。
「いいえ。私こそ、大佐には感謝してもしたりないくらいです」
 ――ロイには、極秘に任務が下されていた。アダムスよりもっと上の人間からだ。それをアダムスも知っている。どころか彼はむしろ、ロイの派遣に異を唱えた一人だった。危険だ、と。
 ソフィアの結界と人体練成を思わせる噂は、軍には捨て置けないものだった。特に前者には、それを軍事利用できないだろうかという魅力もあった。だが、どうあってもソフィアは人を寄せ付けない。そこで白羽の矢が立ったのは、錬金術師――もっと言えば国家錬金術師だった。
 その中で最初にロイが選ばれたわけではなかったが、彼の前に、軍人ではない、いわゆるエドワードと同じく軍属という立場の錬金術師が使われたが、彼らは戻ってこなかった。そこで、軍人であり、かつ、実際の戦闘行動にも慣れている人間に視野が移った。実はその過程ではエドワードの名前も挙がっていたのだが、ロイがもみ消すまでもなく、機械鎧を理由に外された。それでも最後まで調査の派遣人員の対象となっていたのも確かだ。大総統府も彼の専門が金属だということくらい把握している。ロイが選ばれたのは、エドワードからの連想も少なからずあっただろう。だが勿論それだけではない。
 要するに、ロイは危険視されていて、成功の見込みの薄いこの作戦の面子に選ばれたのは、どちらかというと失敗を願ってのことなのだ。
「有効に使わせていただきます」
 ロイはソフィアの鉄と資料を膝に置き、頭を下げた。
 上の思惑がどうであれ、失敗してやるつもりはなかった。それに、ロイにはロイなりの考えもある。アダムスにアダムスの考えがあるように。
「…こんなつまらんことで、命は落とすな。とにかくソフィアに消えた人間のことがわかれば上も一応は納得するだろう。…やりすぎるなよ、マスタング大佐」
 アダムスは表情を戻してそう声をかけた。

 その後アダムスを見送って、ロイはひとり、資料と向き合った。
「……」
 ロイが斥候に選ばれたのには、もうひとつ理由があった。
 彼なら、火薬も鉄も必要とせず、「火器」をあの町の中で扱えるとわかっていたからだ。上層部が彼を推した理由の中には、しっかりとそれも含まれていた。
 …アダムスだけが、その意見に反対したという。
 彼が自分を気に入ってくれているのだ、と思うほどロイはめでたくはなかった。アダムスが反対したのにはいくつか理由があったらしいが、そのうちのひとつに、たった一人の錬金術師の戦力で変えられるような戦場など高が知れている、というものだった。
 イシュヴァールに投入された国家錬金術師の効果を彼は知っているはずだが、それでもアダムスは持論を曲げはしなかった。戦争に勝つために必要なことは、まず戦力で相手を圧倒することである、という。それはつまり武器弾薬の数や兵士の頭数、補給の確実性といったもので、つまりはアダムスの真骨頂とする部分である。彼に言わせれば、戦死者が多く出るのはこの理論を指揮者が無視した場合に起こる悲劇であって、つまり膠着して悪い結果ばかりが出る戦場とは上が無能だということになる。彼はそういうことを言ってはばからないから、大佐より上に出世できないのだといわれていた。
 しかし、所詮は佐官。高官と呼ばれる位階ではあるが、それが最上位ではないのも確かなことで、そして軍では上の命令は絶対なのだ。
 ロイはめでたくも斥候役に任命された、というわけだ。
 アダムスが、中央が用意したのよりさらに詳細な資料とそして貴重品であるソフィアの鉄を急ぎロイの元に届けたのは彼の意地なのかもしれない。好意的に見るのなら、優しさ、だろうか。
 渡された鉄を解析させれば、応用して武器を持ち込めるかもしれない。そういう示唆だ。ソフィアの町の中の状況がわからない以上、身を守る手立ては多いに越したことはない。
「…応用、か」
 ロイはその言葉からある考えに行き当たり、苦笑した。この鉄板はけして鋼の錬金術師に渡してはならないと気づいたからだ。
「…物騒でかなわん」
 こんなものを彼が手に入れたなら――確実に、機械鎧に転用するなどの使用方法を施してあの町へ行くだろう。そんなことになったらとても困る。
 ロイは肩をすくめて、鉄板をとりあえず胸ポケットにしまった。まあ、防弾チョッキの効果くらいは認められるだろうか?


 複雑な無表情で控える尉官の女性を、ちらりとアダムスは振り返った。
「…君がしたことは裏切りにはならない」
「………」
 初老の男の声は、労わりさえ含んでいるように聞こえた。ハシバミ色の一対が見つめてくるのをしっかりと見返し、彼は微かに笑ったようだった。
「…可愛げのない男だが、…私はそれでも、彼を結構買っているんだよ」
 歩いて帰るからいい、とそこまで彼を送ってくれた車をアダムスは促した。暫し車を見送り、彼が向き直ったのは、あまり高そうには見えない、小さな宿屋だった。

 規則他正しいノックの音に、最初に気づいたのは鎧の少年だった。兄はまたぞろ本に夢中になっていたので。
「はい?」
「エルリックさん、お手紙を預かったんだが」
「手紙…?」
 アルフォンスは首を傾げつつも、宿の主人の声にドアを開ける。確かにドアを開ければそこには主人が立っていて、彼は少し困ったような風情で封書を手にしていた。
「ああ、あんたの兄さんにみたいだ」
「…これは、いつ?」
 今は夜で、当然だが郵便配達があるとは思えない。だとすれば日中に彼か宿の人間が受け取ったものを渡し忘れていたか、あるいは…、
「今さっきな、…軍人さんが見えてな」
 後半で彼は声のトーンを落とした。
 一般人の感覚で言えば、軍とかかわりがあるなどろくなものではないことなのだ。宿の主人である彼はごく普通の一般市民よりはそういう感覚が薄かったが、それでも他の泊まり客にはあまり聞かせたくない話だった。変な噂が立っても困るのだ。
アルフォンスは、そうですか、と肩をすくめ、その手紙を受け取った。宛先は当然と言うべきか兄になっていた。
「…すいません、届けて頂いて」
 アルフォンスは軽く会釈して礼を述べると、本の世界に浮遊している兄をいかにして引き摺り下ろすかを考えながらドアを閉めた。
「兄さん」
 やはり反応はない。
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ