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GLIM NOSTALGIA

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 エドワードだって、本当の酒の店にそんなものがないことは知っている。とりあえず恋人云々の話を避ける意味で別の話題を持ち出したが、単純に不思議に思っていたのも確かだった。しかも店主は相当な強面で、つまみ出されるのではと一瞬思ったくらいだ。
「彼女は酒が飲めなくて」
「………」
 エドワードの眉が微妙に歪んだ。もうなんだかどうでもよくなってきており、優等生ごっこ(弟が聞いたら「優等生の意味わかってる?」と頭を抱えそうな言動ばかりだったが本人は至って本気だった)はやめて帰ろうかとさえ思い始めていた。どだい、エドワードに忍耐など無茶な相談なのだ。しかし…。
「リリィは酒が飲めなかったからな」
 生のオレンジを二つに割っていた店主からぼそりと返事があって、エドワードは少なからず驚いた。そして、楽しげにアダムスが続ける。
「それなのにカクテルを作るのは好きで、よく作ってくれた。だからこの店ではいつもリリィ作のカクテルを頼むんだ。もう知っている人間も少なくなったがね…」
「……」
 どうやら店主とアダムスが古い知り合いである、ということを理解するに留め、エドワードは絞りたてのオレンジジュースを待った。程なくしてグラスが差し出され、確かにそこからは新鮮な果実の匂いがしていた。
 それから店主は本職に着手し始める。シェイカーに順々に酒を入れていき、見事としか言いようのない動きでシェイクし始める。エドワードは単純に二拍子で、つまり上下に振るのかと思っていたが、よく見てみるとそんな単純な動きではなかった。肘から上と下では動きが違うのがわかり、なかなか技術がいるんだな、と素直に感心してしまった。
「では、そろったところで」
 アダムスはいかにもといった形のカクテルグラスを手に、会話の始まりを告げた。

 アダムスの切り出しは、数時間前に別の大佐から聞かされた名前を含んでいた。
「ソフィアという町を知っているかね?」
 エドワードは内心目を瞠る思いだったが、おくびにも出さず、わからない、という顔をした。
「聞いたことないです」
「そうか…まあ、無理もない」
 少年の返答を彼がどこまで信じたのかはわからなかった。だが、彼もまた、そのまま会話を続けた。
「特に大きな町でもないし、有名な観光地というのでもない。だが、最近、その町に奇妙な噂が立っていてね」
「…噂?」
 不思議そうに首を傾げると、男は困ったように笑って目を細めた。
「その内容は、今ここでは言えないが」
「……」
 エドワードは何も答えず、今日始めて会うその大佐をじっと見返した。アダムスもまたそんな少年を黙って見つめている。暫し、二人の間に沈黙が落ちた。
「…とにかく、妙な噂が立っている。そしてそれは、我々にとって捨て置けるものではないのだ」
「……へぇ」
 エドワードはちびりとジュースの表面を舐めた。高級なジュースの味がした。
「そこで、我々としても人を派遣しなければならなくなってね」
 アダムスはそこで一旦言葉を切って、少年を一瞥した後、さらりと言う。
「候補は幾人も挙げられた。ここだけの話、君の名前も挙がったことがあったのだよ? …まぁ、君の後見人殿の頑張りと、それから君の銘のおかげもあるかな、リストから君の名は消えたが」
 軍が目をつけている、とは確かにロイも言っていた。だが既に、目をつけている、という段階ではなかったのだとエドワードはこれで知った。と同時に舌打ちしたくもなった。ごまかしたロイに対してと、ごまかされてしまった自分に対して。
 そして、予感がした。
「…あいつが、…行くのかよ」
 声は低くなっていた。エドワードはなぜか、怒鳴りつけたいくらい怒りを感じていたので、それでも抑えたつもりだった。言葉使いのことや、自分を外された理由を尋ねない不審さを考える余裕は消えていた。これでは、噂の内容を知っていると悟られるかもしれない。エドワードはかの町では鉄を持ち込めないゆえに自分が外されたと聞かされているから今さらアダムスに疑問をぶつける必要はないが、しらを切るつもりならここはまず尋ねるべき所だったはずだ。しかしそれでも、少年にはもうそんなことはどうでもよくなっていた。
「あいつ、とは。仮にも君の後見人だろう?もう少し大事に扱ってやったらいいのに。可哀相だろう?」
 アダムスは嗜めるように口にしたが、どこか面白がるような空気を漂わせてもいた。だからエドワードは遠慮などしなかった。もはや上官だとかそういった意識さえ消えていた。
 ――おかしなことに。
「君達は仲良しみたいだから、そういうけじめはないのかもしれないがね」
 案の定というべきか、隠すつもりもないのか、アダムスは喉奥で笑いながらそんなことを言った。揶揄にエドワードの金目が鋭さを増す。
「…まぁ、隠す意味は無いな。そうだ。君の後見人が斥候に選ばれた。単体でも最高ランクの殺傷力を持つ兵器でもあるからな、彼は」
 人間兵器。初老の男は酷薄にそう評した。それにエドワードの中の何かがきれそうになる。しかしその激情は瞳にだけ現れ、口がただ真一文字に引き結ばれるに彼の変化は留まった。
「――さて、ここでひとつ君に提案がある」
 途端に人懐こい笑みを浮かべて、目まで和ませてアダムスは口調を変えた。その脈絡のない転調に、エドワードは警戒しつつも眉を顰める。
「これを君に上げよう」
 だが少年の困惑などどこ吹く風、アダムスは懐から一枚の、およそ十センチ四方の金属板を差し出した。
「……?」
「これは秘密の花園への鍵だ」
 エドワードは訝しげな顔でアダムスの目を覗き込んだ。ひとつの嘘も見逃すまいと。それを正面から受けて、流して、アダムスは笑う。そして金属板をもう一押しした。今や度ワードのグラスのすぐ脇にまで押し出されている。
「もしも私の見込み違いであったなら、と思ったが、当ては外れなかったようで嬉しいよ」
「……何の話?」
「どうもあの男は天邪鬼でね、君と仲がいいんだろうと言うとつむじを曲げるんだよ。無理もないのかもしれないが、ちょっと意識しすぎじゃないかと私は思っていたんだ」
「……は?」
 うんうん、と何かに勝手に納得している様子の初老の上官にエドワードの眉間の皺は深くなる一方だが、相手はまったく気にしていない。もしかしたら視界に入っていないかもしれない。
「鋼の錬金術師くん」
「………」
 初めてされるなそんな呼び方、と思いながら、エドワードはただ真っ直ぐに、その変わった男を見返した。
「もし君に彼を助ける気持ちがあるのなら、これを役立てて欲しい。それから、現地に向かいたくなったらここへ連絡を。手配は任せたまえ」
 エドワードは目の前の男が後方支援のエキスパートであることを知らない。知らなかったが、しかし、彼の言うことをなぜか信じた。信じて、その金属板と、続いて押し出された折り畳んだメモ用紙を引き取った。
 アダムスは少年の行動を最後まで見た後、晴れやかに笑ってグラスを掲げた。
「――錬金術師達に幸あれ」
 それはいくらか芝居がかった仕種だったけれども、胡散臭いとは思わないエドワードがいた。


作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ