二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

GLIM NOSTALGIA

INDEX|9ページ/39ページ|

次のページ前のページ
 

 ロイの出発は、エルリック兄弟がイーストを発ったその翌日に決められた。彼はそんな任務のことはおくびにも出さずに、兄弟の滞在の間、一度だけ食事を共にした。というよりも、ハボック五連敗達成記念やけ飲み会に彼らも無理やり駆り出されたというのが正しい。要するに宴会のダシは何でもいいんだな、と覚めた顔で呟いたエドワードを、まあそう言うな、大人も案外大変なんだ、と宥めたりしたものだった。
「…では、頼む。なに、適当に探って帰ってくるさ」
 ロイはけして一人で行けと言われたわけではなかった。異変あらば、現地に近い支部から人を徴発する権利も認められている。だがそれでも、ロイは供を選ばなかった。その決定を最後までホークアイ中尉は渋っていたのだが、結局はロイが押し切る形になったのである。
 タラップで軽く言ってくれたロイに、中尉は眉を顰めた困り顔。
「…錬金術師は大佐以外にもいるでしょうが、大佐の代わりはいないのですから、どうか無理はなさらないでくださいね」
 きっちりと釘を刺してくれるしっかり者の副官に、ロイは苦笑で報いた。まったく、良く出来た右腕である。
「わかっているよ」
 ここは逆らわずに素直に従うべきだろう、とロイは返し、そうして再度、では、と声をかけ車両に入っていく。
「……」
 心なしかその背がうきうきしているように見えるから、中尉も不安なのだ。
 勿論ロイのことは信用しているが、だからといって心配がないわけはなかった。
「………ごめんなさいね、…エドワードくん」
 中尉の囁きは、誰にも届かなかった。

 ソフィアまで直通の列車はないので、一番近い駅まで特急を二本乗り継ぎ、そこからは馬車に乗らなくてはいけない。早くて明日の昼くらいになるだろうか、と思いながら、彼は誰もいない車両に気を良くし、資料の一部を鞄から引っ張り出した。もっとも、どの道、ロイが今広げようとしている「資料」を一般人が見ても、意味は通じない可能性の方がずっと高かったのだけれど。
「……」
 彼が広げていたのは、アダムスからもらった資料――ではなかった。では何か、といえば、資料というよりも史料とでもいうべきものだった。
 ソフィアの地誌、つまりはかの町の奇跡の歴史に関わる文献である。
 やはりおよそ百年の昔、ソフィアという名の女性が突然に小さな村へやってきたことが町の始まりであると、数少ない史料は告げていた。それは薄い本で、書いてあることは非常に事務的である。だが、それでも、ソフィアについて書かれた希少な本の一冊だ。もっとも、入手するのはさほど困難でもなかった。なぜならそれは、地方の役場の記録でもあるからだ。公権力に属するロイにとって、それを手に入れることはそんなに難しいことでもなかったのである。ただ、何の理由もなく他の管轄に資料を請求などした日には、痛くもない腹をさぐられることになる。だから、入手するのが容易であっても今まで取り寄せたことはなかった。
 ソフィアがその村に住んでいたのはわずかに二年の短い歳月だという。なぜなら、彼女はソフィアについて二年後亡くなってしまったからだ。元々持病でも持っていたのかもしれないが、それについては何も書かれていない。きわめて機械的に、転入の二年後死亡、と書かれているだけだ。
 しかしそのたった二年の間に、彼女は村を――町を守る「結界」を作り、寒冷地に適した農業の知識とそのための技術を授け、そして町の中心に三つの塔を建てた。
 今でも、小さいながら、幹線駅からは外れていながらも、ソフィアが近隣では群を抜いて豊かな町であるのは、すべてこの二年のソフィアの献身の上に成り立っている。
 それまで細々と林業と窯業で成り立っていた村を、ソフィアは劇的に変えてしまったのだ。
 彼女が死んだ時、村は、ソフィアという名の町に姿を変えた。人口が増えて町になった村では、住人の誰もが敬慕の念を捧げていたからだ、という。どの道、百年近くも前の話だから、確かめる術はないが。
 その史料は役場に属するもののため、ソフィアの錬金術についての記述はまったくに近くなかった。ゼロではないというのは、一度だけ彼女をして錬金術師と記載した行があるからに過ぎない。
 軽く息を吐いて、それからロイは今度は、なぜか一冊の絵本を取り出した。水彩画の淡い色彩の表紙は可憐だが、ロイにはそぐわない。それでも彼は気にせず本をめくる。
 金色に刻印された表紙のタイトルは、?戦乙女のエッダ?。
 アメストリスの北方からその先に至る一帯に残る昔語りを子供向けの絵本にまとめたものだった。
「…グングニル…」
 ロイはそっと、その絵本に出てくる神々の武器の名を呟き、そして思案げに眉を曇らせ窓枠に頭をもたれさせた。


 ロイが出発したのと入れ違いで、旅立ったはずのエドワードが戻ってきたのを見て、司令部の面々は首を傾げた。大佐は生憎出張で、とハボックが教えれば、別に大佐に用事じゃないから、とさらりと流して大人たちをぽかんとさせた。だが、エドワードの言ったことはある意味真実で、エドワードが欲していたのは「ちょっとやそっとのことでは問題にならない空間」だったのだから。
 託されたプレートを、エドワードはまず二つに割り、そして割った片方をさらに二つに割った。さらにその片割れを細かく裁断し、断面を観察した後、いよいよそれらの金属片の形状を変化させたりなどする実験を始めた。
「……」
 弟は図書館へ追いやり、彼はといえば、司令部の資料室を適当なことを言って借り切って、金属板にかかりきりになった。本来であればもっと実験場のような場所を使えればいいのだが、贅沢は言っていられない。それに幸いにもというべきだろう、エドワードなら、ある程度という注釈は必要だろうけれど、自身の腕一つでそれらの形状を分析するための形状変化が可能だった。だから必要なのは場所と、創意工夫の点に絞られる。
 まず資料室の床を強化し、その上にさらに、やはりこちらも強化させた大き目の灰皿(給湯室からこっそり失敬してきた)を置き、即席のステージに見立てる。その上に金属片を落とし、その場で出来る限りの実験に臨んだ。
 金属ならば、一般的なのは耐力や延性を調べるのに有効な引張試験だろう。だがこれはエドワードがどんなに腕に覚えがあろうとも、自分で引っ張るのには限度というものがある。堅いものなら車などで引っ張るのも一つの手だが、サンプルはそこまで大きくない。工場やそれなりの研究施設の実験室なら勿論そういった器具も揃ってはいるだろうが、ないものは仕方がない。
作品名:GLIM NOSTALGIA 作家名:スサ