悪魔言詞録
166.魔王 アルシエル
しかし、このカグツチ塔とやらはとてつもなく高くて遠いな。
俺の住処なんて神に選ばれなきゃ行けるのに。偉いやつほど会うのが面倒ってのは、人も悪魔も変わらないようだ。
もともと俺の住処の名称は、ぜんぜん違う別の場所を指していたんだ。その地は近くの街から出るゴミや、罪人の死体などを放り込んでおくような場所だった。おかげでイナゴやハエが飛び回り、ウジが大量にたかっていた。そんな場所だから、人はめったにそこに近寄りはしなかった。
いや、不潔なだけじゃない。危ないやつもそこにはいた。赤子をいけにえにするような忌まわしき儀式をおっ始めるもの、盗人や通り魔といった類の物騒なやつら、そんな危険人物も大勢たむろしていたんだ。
そんな場所の名前━━ゲヘナが、俺の住む場所に名付けられた。
この事実を知ったとき、召喚主よ、おまえだったらどう思う? まあ、あまりいい気分はしないってのが本音だろう。
俺も始めは頭にきていた。なんで強大な力を持つこの俺さまの住む地が、無力な人の子らに蔑称で呼ばれなければならないんだってね。
だが、神に選ばれたものがいるってことは、神に選ばれなかったものもいるってことだ。全員が選ばれた、全員が選ばれないという状況もあるだろという理屈は今は置いといて。だとすると、選ばれなかったものたちを誰かが受け入れなきゃいけないんだ、当たり前のことだけどさ。
そういうふうに考え方を変えたら、選ばれなかったやつらが急に愛おしく思えてきたんだ。不器用だったり、天邪鬼だったり、思慮分別が足りなかったり。それらも愛すべき魅力だし、奇妙な一芸一能に秀でたのもいる。仮に何にもなくたって、それも十分に魅力なんだ。俺はあの地を治めることになってよかったって、今は心から思っているんだ。
『黒い太陽』である俺はこう思っているが、ここの中心にいるカグツチはどう思っているんだろうか。まあ、この面倒な道程でなんとなく予想はつくけれど。