悪魔言詞録
173.魔神 ミトラ
司法、契約の神。これだけを聞くと大そうな神のようだが、ふたを開けてみると実は大したことのないものだ。
どちらも取り決められた約束事のようなものをちゃんと守るということに主眼が置かれているのだが、この約束事のようなもの自体の内容には私は触れられないのだ。どんな理不尽な悪法や詐欺と断言しても差し支えないような契約でも、守れ、としかこちらは言いようがない。
そして、それらの約束事を作るのは他ならぬヒトだ。ヒトはこれらの約束事を作る際、どうしても自身に有利なほうへ有利なほうへと作ってしまう。大抵のヒトはそのような欲望を抑えきれないのだ。
もちろん、みなが利益になるような素晴らしい約束事も存在するだろう。特に法などは、枝葉はともかく骨子はそのようにしておかなければ立ち行かない。契約でもいわゆるWin-Winの関係が実現しているものが少なからず見受けられる。
だが、大半のものは奥底に、ひどいときは前面にどす黒い欲望が透けて見えてしまっているものばかりだ。
行き過ぎた公平が悲劇を生むのも否定はできぬ。だが、約束事を盾にして他人を顧みず自身の利益をむさぼる行為、このような愚行を果たして容認しても良いものだろうか。
この問題に直面してしまった私は、心のどこかでヒトに対する熱意が冷めてしまった。権能の放棄こそしなかったが、成るように成れという捨て鉢な気持ちになっていた。
ヒトもそれに気づいたのだろうか。気づけば少しずつ私は重要な神とみなされなくなり、古い神とされ、信者の数も減っていった。その後に隆盛を極めることになるのは、お主もよく知るあの一神教だ。
まあ、下手に知名度だけはあったので、この国にも別名で私のことは伝わってきていたようだが、別に自慢することでもあるまい。
いずれにしても、新しい世界にはまた法が必要であろう。その際、私が直面した問題を忘れることのないようにするがよい。太古の神からのうるさい老婆心ではあるが、な。