悪魔言詞録
121.女神 ラクシュミ
あなたはきれいな女神だから、さぞかしいろいろな苦労があっただろう、ですか?
いいえ。そんなことは全くありませんでした。まあ、まったく何もなかったかと言われたらそんなこともありませんけど、他の方に比べたら多分に順風満帆だったと思っていますわ。
こんなに移り気で飽きっぽい私が幸せな生活をしていられるのも、夫を始め周囲の方々の絶え間ないご尽力のおかげだと思っています。その点、本当に感謝しかありませんわ。
それに、私は美の女神ということにはなっておりますが、美という概念は多分に移り気なものです。あなたも一時期人間界にいたから心当たりはあるでしょう? 華やかりし芸能の世界でちょうよ花よともてはやされたアイドルや女優も、数年、いや、それどころかものの数カ月で世代が交代していく実情ですものね。しかも、最近では3次元だけでなくアニメキャラやVTuberといった存在まで、美の栄冠を得るために必死にしのぎを削っているようですし。
さらに言えば、男性が求める美と女性が求める美ももちろん違うわけですし、先ほど言ったアイドルのような高根の花に魅力を見いだすものもいれば、クラスの子や隣家の奥さまのような身近な者に美を見いだすものだっていますしね。
いろいろ例を挙げましたが、とどのつまり私が言いたいのは、美という栄冠はひどく移ろいやすいということです。そういう意味では気まぐれな私が司るのにふさわしいものかもしれませんが、逆に言えば、すでに美の栄誉それ自体は私の手元にはもうないものなんです。なぜって、気まぐれによそに移動して同じ場所に留まりはしないんですからね。
ですから、これから私よりはるかに美しいものがどんどん世にあふれるでしょう。それらが競い合うことで、世界はどんどん美しいものであふれていくに違いはありません。さして苦労もしなかった私は、そんな美に囲まれた世界を実現できるよう、世界を創っていくのが使命だと考えているのです。