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悪魔言詞録

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170.鬼神 トール



 戦の神は戦うのが嫌にはならないのか、だと?

 そりゃあ、なるに決まっている。敗色が濃厚なときとか、あまり戦いたくない相手のときとかな。戦神や軍神だっていつも勇猛なわけじゃないし、常に戦のことばかり考えているわけじゃない。どこかには、異性の尻を追っかけているような戦神もいるかもしれん。

 例えば、俺の知人に詩の神がいるんだが、そいつだって朝昼晩ずっと詩を書いているわけじゃない。酒宴なんかには喜んで出てくるよ。まあ、そこでロキのやつと口論になってたらしいけど。

 こんな感じで、私たちも常に戦っているわけじゃないし、戦う気になれないときだって無論ある。でも、そこは戦いの神だからな。場合によっては自分や味方を鼓舞して戦へと駆り立てるかもしれないし、逆に理由をつけて撤退することもあるかもしれない。

 あと、神もつかさどっているものが一つとは限らない。私だって戦神、雷神、農耕神といろいろ担当がある。ときには戦よりも収穫を優先したいこともあるさ。農民からの崇拝も戦と同じくらい重要だからな。

 でも、戦が嫌になったり、ときには逃げることもある戦神や軍神ってのはどうなんだ、だと?

 キサマ、まだ本質が見えていないようだな……。いいか。戦の神々は戦をつかさどっているわけでも戦が好きなのでもない。

 ただ、勝てる戦が好きなだけなのだ。

 好んで負け戦に加担する神などいない。人間と同じだ。まあ、変わりものも少しばかりいるかもしれんが、大半は勝つと思う側につくものだ。そして、負け戦はみなが嫌がる。人間も神も、根本のところでは何も変わらない。

 今、キサマの下には優秀な悪魔が群れをなして集まってきている。違うコトワリを信奉していたものの中にも、キサマにくら替えするやつが出てきているほどに。そして、勝てる戦が大好きな戦神の私も召喚に応じてこの場にいる。これが何を意味するか、わからぬほどキサマは鈍くはあるまい。

 さあ、塔の頂上は近い。行こう。


作品名:悪魔言詞録 作家名:六色塔