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自分らしく
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彼方から 幕間3 ~ エンナマルナへ ~

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 バーナダムは、地面に染み出した砂蟲の体液を見やりながら、その『死』を確かめるかのように、クタリとしな垂れた砂蟲の体に顔を寄せていた。

「それ以上近付いては駄目よっ!」

 もう一度、彼女の澄んだ声が、空から降ってくる。
 バーナダムと同じように、砂蟲の死を確認しようとしていた面々が、その声に体をビクつかせ、慌てて離れてゆく。
 もうピクリとも動かなくなった砂蟲の、何をそんなに警戒しているのかと、不審に思い再び眼を向けた時だった。
 透き通るような鈴の音にも似た甲高い音が、氷槍から、響いたのは……
「あ……」
 思わず、眼を見張った。
 細かく、金属が軋むような音を幾つも立てながら、砂蟲の巨体が、凍ってゆく――
 エイジュの放った槍を中心に、口から流れ出た唾液も、地面に沁み込んだ体液も全て……
 瞬く間に氷塊と、化していた。

「エイジュッ!」
 彼女を呼ぶアゴルの声に釣られ、もう一度夜空を仰ぎ見る。
 今度はシルエットではなく、ハッキリと、その姿が確認できる。
 緩やかに波打つ、長い黒髪。
 細身の体躯。
 そして、見慣れた男物の上着を身に着けた、エイジュの姿が……
 重さを感じさせぬ、軽やかな舞を魅せるかの如く、地上へと――
 待ち兼ねたかのように輪になり、天を仰ぎ見る皆の中心へと降り立ち、
「みんな、大丈夫? 怪我は、ないかしら?」
 寄り集まる皆の顔を見回し、エイジュは『いつもの』、小首を傾げた微笑みを見せていた。

「大丈夫、何とか無事だよ」
 ガーヤがそう言いながら、
「助かったけどよ、これで終わりじゃねぇんだよ」
 その隣にバラゴが、
「丘の上にグゼナの兵がいるんだ」
「おれ達がこいつらに襲われてるのを見物しているんだよ」
 ロンタルナとコーリキが、二人で一緒に、
「グゼナの兵もそうだけど、こいつら、これで大丈夫か? 体液の匂いとかに釣られて、他のが、集まって来ないか?」
 バーナダムが、緊張の糸を途切れさせることなく、エイジュの傍に集まってくる。
「確かに……」
 最後に集まったアゴルが、バーナダムの言葉に眉を潜めながら、氷漬けの砂蟲共を見回していた。
 不安げに眉を潜める面々に、エイジュはフッ……と笑みを零すと、
「大丈夫、大丈夫よ……心配いらないわ、この辺り一帯にいた砂蟲は粗方――始末して来たから……」
 そう言いながら、グゼナの兵がいると言う丘の方へと爪先を向けた。
「……始末、して来た――?」
 皆の合間を、擦り抜けてゆくエイジュを見やりながら、アゴルは事も無げに言い放った彼女の言葉に眼を見開き、思わず問い返していた。
「……ええ」
 肩越しにアゴルを見やり、彼女は足を止めると、スッ――――と、傍らにあった氷漬けの砂蟲へと左手を伸ばし……
「こうして、来たから……」
 そう言いながら軽く指先で、自ら凍らせた怪物の巨躯に、触れていた。

    ―― キィン…… ――

 爪先から頭の先にまで抜けるような、甲高く、澄み切った音…… 
 その音と共に、彼女が触れた砂蟲は塵のように跡形も無く、エイジュの足下へと崩れ去ってゆく。
「他の砂蟲も、少し衝撃を与えただけで、こうなるはずよ」
 口元に、涼やかな笑みを浮かべ、吹く風に流されてゆく氷の塵を見やるエイジュ。
 その、『圧倒的』ともいえる『力』……
 見た者に、恐れすら抱かせる『能力』の凄まじさに、皆はただ、見入るだけだった。

 ――まさか……
 ――これほどとは……

 彼女の『強さ』を分かっているつもりだった。
 だが、改めて知らしめられた『強さ』に、アゴルの蟀谷を一筋の汗が流れてゆく……
 白霧の森で見た『力』――
 グゼナでの別れ際に見せてくれた『能力』による『技』――
 エイジュの体内に秘められた、底知れぬ『力』の一端……
 あの時の想いが、再び蘇ってくる――彼女に抱いた、少しの、『懼れ』が……
 今、砂蟲に向けて使った『力』は、あの時とは比べ物にならないぐらいに、『強い』。
 同一人物とは思えないほどの『力』の差を感じる。

 ――この数か月の間に
 ――鍛えた抜いたとでもいうのか……
 ――いや……違う

 ――きっとあの時は
 ――白霧の森の時は、『力』を抑えていたか……
 ――……隠していた

 氷の彫像と化した他の砂蟲を見やりながら、そう思う。
 『何の為に』という疑問が頭を擡げてくるが、そんなことを訊ねたところで、恐らく応えてなど貰えないだろう……
 今、この場に、このタイミングで彼女が来たその理由ですら、応えてもらえないかも、しれぬのだから。
「あとは彼らを始末すれば――当面の身の安全は、確保されるわね」
 丘の方を見やり、歩を進めるエイジュ。
「――ッ! 待て! エイジュッ!!」
 砂を踏み締める足音に我に戻り、アゴルは咄嗟に彼女を追い駆け、その肩を掴んでいた。
 足を止め、肩を掴む手を見やり、眉を潜めてゆくエイジュ……
「何故……止めるのかしら?」
 怪訝そうに首を傾げ、こちらを見詰めるその瞳が、静かに、冷たい光を帯びてゆく。

 アゴルはエイジュの行く手を遮るように立ちはだかると、
「まさか、この怪物共にしたのと、同じことをするつもりなのか!?」
 彼女の冷めた瞳を意にも介さず、丘の頂上に群がるグゼナの兵を指差しながら、そう……怒鳴りつけていた。

          ***

「勿論……そのつもり、なのだけれど?」
「駄目だっ!!」
 エイジュの応えに、アゴルは即座にそう断じていた。
「…………本気で、言っているのかしら――?」
「ああ、本気だ……彼らを殺しては駄目だ、エイジュ」
 彼女の、優美な眉が寄せられてゆく。
 瞳に中に宿る冷たい光が、更に、冷たさを帯びてゆく……
 背筋に、寒気が奔る。
 だが、アゴルは、彼女の瞳から眼を逸らすことなく、見据え返していた。
 
 ぶつかり合う視線……
 暫しの沈黙が、流れる。
 二人の間に流れる不穏な空気に誘われ、他の面々も……馬車の中のゼーナをはじめとする左大公方も、様子を窺うかのように、破れた幌の隙間から覗き見ている。
「お、おい! 二人とも、そんなことしてる場合じゃねぇだろ!」
 その場から一歩も動こうともせずに、互いを睨み合うアゴルとエイジュ……
 バラゴはそんな二人の先に立ち、未だ丘の上に屯い、何やら動きを見せ始めたグゼナの兵を迎え撃つかのように、剣を引き抜き身構えている。
「ホントだよっ! やめろよっ! 二人ともっ!!」
 彼に続いてバーナダムが、
「喧嘩なら、あいつらを追い払ってからにしてもらいたいな……」
 ロンタルナが困ったように眉を潜めながら、
「うわぁ……何人いるんだよ……」
 コーリキが文句を言いつつ、バラゴに並び、剣を構えている。
 アゴルの背後に並んだ四つの背中を見やり、
「……あなた達も、アゴルと同じ考え――なのかしら?」
 そう、問うエイジュ。
 四人は二人に背を向けたまま、
「おう、そうだぜ」
「まぁな」
「ちゃんと理由があるんだ」
「ちょっと、大変だけどさ」
 当たり前のように、即答していた。
 彼らの応えに深い……深い溜め息を吐くエイジュ。
「信じ難い言葉ね……」