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自分らしく
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彼方から 幕間3 ~ エンナマルナへ ~

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 四人の背中越しに見える、丘上の兵士の集団を一瞥した後、
「あなた達――追われているという自覚があるのかしら?」
 微かな苛立ちと怒りを籠めながら再度アゴルを見据え、彼を、指差していた。
「分かっている……そんなことは重々承知の上で、言っているんだ……」
 上目遣いの視線が、痛いほど刺さる。
 左の人差し指の先が向けられた胸の辺りが、冷たくなってくるような気さえする。
「甘ちゃんにも『ほど』があるわ……ただ、追われているのではないのよ? 皆の命が、懸かっているのよっ!?」
「だから、分かっていると言っているだろうっ、それでも、駄目なものは駄目だっ!」
 語気が強まる。
 『一歩も引きさがらない』……
 見据え合う二人の瞳が、そう言っている。
 空気が張り詰めてゆくのが、背中越しでも分かる。
 今にも、『実力行使』に出てしまうのではないかと気が気ではないが、眼前に留まっているグゼナの兵を無視するわけにもいかない。
 迎え撃つつもりではいるが、何分、多勢に無勢――
 襲い掛かって来られたら、到底、エイジュの助け無しでは、勝つことなど出来ないのは眼に見えている。
 とりあえずでもいいから、『喧嘩』などやめて、加勢してもらいたいものなのだが――
 口には出さないが四人全員が、そう思っていた。
 だが、そんな皆の懸念を他所に、掴み掛らんばかりに身構え、相手に対する苛立ちに形相を歪めてゆく二人……
 二人は額を擦り付けんばかりに顔を寄せ合い、睨み合っていた。

「ちょっ……ちょっと、あんた達いい加減にしなよ! 敵が目の前にいるって言うのに、何、言い争ってんだい!?」
 見兼ねたガーヤが、二人の肩に手を置きながら、何とか執り成そうとしてくる。
「だから、その『敵』を、今すぐ始末すると……あたしは言っているのだけれど!?」
 アゴルに向けた冷たい瞳を、そのままガーヤにも向けるエイジュ。
 その瞳に、一瞬たじろぎながらも、
「い、いや――『始末』するのは、止めておいてもらえないかい? エイジュ」
 彼女の肩に手を置いたまま、ガーヤもアゴルと同じことを、口にしていた。
「あなたも……みんなと同じ考え――なのね?」
 ガーヤの眼を見据え、動きを止めるエイジュ。
「一体……どうゆう理由――なのかしら?」
 自身の耳を疑うかのように、問い直している。
 少し、困ったような笑みを浮かべ、
「理由は後で説明するからさ――とりあえず、あいつらを蹴散らすの、手伝ってくれるかい?」
 ガーヤはエイジュの意識をそちらへ向けるように、グゼナの兵士たちを指差していた。
 緩慢な動きで、その指の動きを追うエイジュ。
 だが、グゼナの兵士たちは未だ丘の上から動かずにおり、互いに、何やら、言葉を交わし合っているようにも見受けられる……
「何だ? 襲って来ねぇのか?」
 バラゴが、構えを少し解きながら、怪訝そうにそう呟く。
「え? まさか!」
 バーナダムも、そう言って否定はしたものの、一向に丘を降りてくる気配のない軍兵を、見入っている。
 やがて……
「あ……」
「兄さん! やつら、退却して行くよ!」
 こちらに背中を向け、丘の向こうへと姿を消し始めた軍勢を指差し、
「そうか! あいつらきっと、エイジュにやられた怪物共を見て、怖じ気付いたんだ!」
 ロンタルナとコーリキは互いに顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべ、
「マジか……」
「……助かったのか? おれ達――」
 バラゴとバーナダムも、惚けた顔で、互いに眼を見合っていた。
 ……だが、

「拙いわ! 逃がしては駄目よっ!!」

 緊張の糸を緩め始めた皆を、叱責するかのように、エイジュが声を張り上げていた。
「――え?」
 驚き、彼女を見やる、面々……
「でも、これでおれ達……当面の間は安全だろ?」
 バーナダムは思い切り眉間に皺を寄せ、唇を引き結んでいるエイジュに、そう、言葉を返していた。
「何を言っているの!?」
 きつく睨みつけられ、一喝され、思わず身を縮める……
 エイジュは、大股で歩き始めながら、
「彼らを逃がしてしまったら最後……新手の、より強力な刺客を、送り込んでくるに決まっているでしょう!?!」
 皆にそう、怒鳴りつけていた。
「ま、待てよ! エイジュ!!」
 逃げ始めたグゼナの兵を追う為に、直ぐ傍を行き過ぎようとする彼女の肩に、バラゴは思わず手を掛ける。
「そうだとしたってよ、奴らがどっかの街に着くのにも、新手の刺客がおれ達に追い付くのにも、結構な時間が掛かるだろうが! その間に逃げ切っちまえばいいだろ!」
 引き留めようとするその手を、軽く払い除けながら、
「グゼナには翼竜がいるのよ? 直ぐに追いつかれてしまうわ!」
 エイジュはバラゴの言葉に耳を傾けることなく、冷たく断じていた。
「言い争っている時間が惜しいわ――邪魔を、しないでちょうだい」
 バラゴの大きな体を軽く押し退け、丘の上を見やる。
 そこに居たはずの、二・三十人ほどのグゼナの兵は、もう半分ほど姿が見えない。
「――ちぃっ!」
 強い、舌打ちと共に、走り出そうとした時だった。
「駄目だっ!!」
 再び、強い口調と共に、行く手を遮られたのは……
 両腕を大きく広げ、頭の後ろで一つに纏めた金の髪を風に靡かせ、アゴルが、眼前に立ちはだかる。
 疲れからか、肩で大きく息をしながらも、その瞳に宿った力強い光は、衰えを見せない。
「……いい加減にしてもらえないかしら――」
 込み上げる苛立ちを抑え込み、アゴルを見据えるエイジュ。
「あたしは、あたしに課せられた役割を全うする為に、ここに来たの……あなた達とこうして、対立する為ではないのよ!」
「人の命を奪ってまで果たさなければならない役割など、こちらから断るっ!!」
 アゴルの口から即座に返された言葉に、エイジュは暫し眼を見開き、次いで――
 両の拳を強く、握り締めていた。

          ***

「拙いですね……」
 幌の隙間から顔を出し、外の様子を窺っていたゼーナが、ポツリと、言葉を漏らす。
「ああ、いかんな……どうやら揉めているようだ」
 その隣で、同じように様子を窺っていたジェイダが、彼女の言葉に反応し、そう返していた。
「どう、したの……ゼー、ナ」
 泣き癖が付いてしまい、しゃくりあげるようにして訊ねてくるジーナ。
 ジーナの小さな頭に優しく手の平を乗せ、
「どうやら、さっき怪物をやっつけてくれた女の人が、アゴルと揉めているみたいなんだよ」
 眉を潜めた困り顔の笑顔で、ゼーナは正直に、そう応えていた。
「え……お父さんと、エイジュが――?」
「そう……そのエイジュって人と、アゴルがね……」
 ジーナにそう言った後、ゼーナはもう一度様子を見やる。
「……あたし達も、出た方が良さそうですね」
「ああ、そうしよう」
 二人は、互いにそう言い、眼を見合い頷くと、後ろに控えている皆を見回す。
 馬車の中に退避していた他の四人……
 アニタ、ロッテニーナ。
 そしてグゼナの大臣、エンリとカイノワ。
 四人も、ゼーナとジェイダの意に頷き、動き始めた。

「お父さん……大丈夫なの?」