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自分らしく
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彼方から 幕間3 ~ エンナマルナへ ~

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 ゼーナに抱きかかえられ、父の気配のする方へと瞳を向け、ジーナは心細げにそう訊ねて来る。
「大丈夫、怪我はしていないよ……大分、疲れてはいるみたいだけどね」
 歩き慣れない砂地を踏み締めながら、ジェイダたちはアゴルたちの下へと、急いだ。

          ***

 睨みあう二人の間に流れる、張り詰めた空気に……
 誰も口を挟むことが出来ない。
 どうしたものかと思案するうち、

         ……ふぅぅーーーー……

 エイジュの、長く……細く震える、溜め息が聴こえた。
「……分かったわ……」
 彼女は一言そう言うと、視線をグゼナの兵へと向け、
「とにかく、彼らをあのまま行かせる訳にはいかないわ、足止めだけでもしてくるから、話しは、それからということで良いかしら?」
「足止め?」
 問い返してくるアゴルに、
「これ以上、遠くへ逃げられないように、あたしの槍で囲ってくるのよ」
 エイジュはそう、即答しながら、
「――その後どうするのかは……あなたの説明、次第ね……」
 冷たくアゴルを見据え、言い捨てていた。
「エイジュ……あんた――」
 ガーヤの、戸惑いの籠った声音を振り払うように踵を返し、
「……色々と、あたしに問いたいこともあるでしょうけれど、今はとにかく、グゼナの兵の動きを止めて来るわ……そうしなければ、あたしも、落ち着いて話が出来ないから――」
 そう応えるエイジュ。
 背中を向けたまま、
「戻って来た時、きちんと納得できる説明を、してもらえることを期待しているわ……」
 二人に向けて静かにそう――言い置いていた。
「え? ああ……もちろ――」
 応えようとするガーヤを留め、
「……ああ、説明はする――だが、あんたが納得するかどうかは、保証できない」
 怪訝そうに眼を向けるガーヤを横目に、アゴルは半ば喧嘩腰に、そう返す。
 肩越しに一瞥するエイジュ……
 彼女はそのまま何も言葉を返さず、砂地を思い切り蹴り飛ばすと、グゼナの兵が逃げ去った丘の方へと、身を躍らせていた。
      
「…………」
 空を舞うその背中が、ある男の背を、アゴルに思い起こさせる。
 
     ―― 殺戮はおれの仕事
        おれの本能
        おれの娯楽 ――

 そう言って、樹海で何人ものザーゴの兵を殺していた、男の背を……
 喉元に、苦いものが込み上げてくる。
 折り重なる幾体もの、ザーゴ兵の遺体が脳裏に浮かぶ……
「エイジュッ! 絶対に無益な殺生はするなっ!」
 思わず、同じ言葉を、彼女にぶつけてしまっていた。
 彼女は『あの男』とは違うと……『ケイモス』とは違うと、分かっているのに――

 丘の中腹に一旦降り立ち、再び、砂地を蹴り飛ばし中空に舞うエイジュ……
 宙で、器用に態勢を変えながら、
「少し、黙っていてもらえるかしら……デナ・オーファさん?」
 エイジュは、低い声音でそう返してきた。
 『アゴル』というファーストネームではなく、『デナ・オーファ』というラストネームを……
 しかも、呼び捨てではなく――『敬称』を付けて……
「足止めをすると言ったでしょう? ……殺しは、しないわ――」
 声音に、静かな苛立ちが籠っているのが伝わってくる。
 ……冷めた表情のまま、丘の向こうへと視線を戻すエイジュ。
 空にその身を留める彼女の周囲には、夥しい数の氷槍が、浮かんでいる。
 振り下ろされた彼女の左手に合わせ、星明りを弾き煌めく氷の槍が、地上に向かって降る様を、アゴルたちはただ、見詰めていた。

          ***
 
「エイジュは一体、どうしたのだ」
 氷漬けの怪物群を見やりながら、丘の向こうに眼を向ける皆に、声を掛けてくるジェイダ。
「左大公……いえね、あの丘の向こうに逃げていったグゼナの兵を、足止めしに行ったんですよ……」
 そう、説明しながら……
 砂地に足を取られ、歩き辛そうにしているジェイダの様に、ガーヤは歩み寄り手を差し伸べている。
 差し伸べられた手に、ジェイダは『構わない』という意と、礼を籠め、頷きを返し、
「……そうか、足止めを――」
 呟きながら丘の向こうを見やり、夜空を見上げていた。
「姉さんも、アニタ、ロッテニーナ……グゼナの大臣方まで……」
 左大公の後を付いてくる皆の姿に、少し呆れた様に――だが、どこか安堵したかのように、ガーヤは息を吐き、姉のゼーナを見やった。
「何か、揉めていたようだね……彼女と――」
 ジーナを連れ、そう言ってくるゼーナ。
「ああ――まぁね」
 姉の言葉にまた、眉を潜め、ガーヤはエイジュが向かった先……丘の向こうへと視線を向けた。
「お父さん!」
「あっ……」
 ゼーナの手を離し、父アゴルの下へと歩き出すジーナ。
「ジーナ……!」
 娘の呼び声に振り向き、一人、歩き来るジーナの姿を見て、アゴルは驚きながら膝を着いて抱き寄せる。
「大丈夫? 大丈夫なの?」
「ああ……心配するな、お父さんは大丈夫だ」
 父の胸に顔を埋め、再び、涙ぐむジーナ……
 その涙を、拭いながら、
「ね、どうしてエイジュと喧嘩してたの?」
 ジーナは怪訝そうに訊ねていた。
「喧嘩……」
 娘の言葉に、先ほどまでの彼女とのやり取りを思い返すアゴル……
 彼女から浴びせられた、あの……刺すような冷たい眼差しが、蘇ってくる。
 娘を抱き寄せる腕に、思わず力が籠る。
「……お父さん?」
 小首を傾げるジーナに、
「ああ、済まん……大丈夫だ、エイジュが戻ってきたら、ちゃんと話す約束だから……」
 そう返しながら、アゴルは丘を振り返っていた。
 エイジュの氷槍が立てた砂煙が、風に流されてゆくのが見える。
 空中に、もう、彼女の姿は見えない。
 ……少し、時間が掛かっているような、そんな気がして――
「バラゴ、バーナダム」
 まだ、丘を見やっている二人の名を呼んだ。
「おう」
「なんだ?」
 振り返る二人に、
「済まんが――様子を見に行ってくれまいか……」
 アゴルはそう、頼んでいた。
「様子って……何のだ? アゴル」
 スッ――と、表情を変え、バラゴはアゴルを見据え、問い返す。
「…………グゼナ兵の――様子だ……」
「はぁ?」
 バラゴから視線を逸らし応えるアゴルに、バーナダムは思わず、疑問符を投げかけていた。
「何だよそれ……何でグゼナ兵の様子なんか見に行かせるんだよ……」
「…………」
 応えないアゴルに、
「アゴル……まさか、エイジュのこと、疑ってるのか?」
 バーナダムは、言葉を重ねてゆく。
 次第に、表情が険しくなってゆく。
 眼を合わせないアゴルに、沸々と、苛立ちが込み上げてくる――
「足止めするって言っていただろうがっ」
 どうしても、口調が強まってゆく。
「エイジュの言うことが信じらんねぇのかよっ! 短い間だったかもしれねぇけど、一緒に戦った、仲間だろうがっ!」
「…………」
 ジーナを抱き締めたまま、言葉を返さないアゴルを見据え、バーナダムは奥歯を噛み締めていた。

「アゴル……いくらなんでも、それはないんじゃないのかい?」
「ガーヤ」
 熱くなるバーナダムの肩に手を置き、ガーヤは二人を窘めるように見やりながら、そう言ってくる。