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自分らしく
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彼方から 幕間3 ~ エンナマルナへ ~

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「自分にとって、都合の良い『世界』へと、変える為だ……『邪気』の影響を受けた政治家や人々、怪物や化物が蔓延することに因って、この世界を、自分の望み通りに変える為に……」
 静かな怒りに満ちた瞳で彼女を見据え、意を返す。
 彼の意に、エイジュの口元に笑みが――
「…………それで?」
 いつもの、小首を傾げた笑みを湛え、エイジュはもう一度簡潔に問うていた。
「だからおれ達は、無益な殺生はしないと、決めたんだ……『邪気』を増やす手伝いはしないと」
 自分たちを中心に集まっている皆に、眼を向けてゆくアゴル。
「たとえそれが焼け石に水であろうと、この世界を、自分の都合の良いように変えようとしている、『誰か』の手助けになるような真似は、すまいと――」
 彼と眼を合わせながら、同意だと、そう伝えるように頷く面々。
 アゴルは皆の意志を確かめられたことを安堵し、頷きながら、
「……これが、理由だ」
 エイジュへと、瞳を戻していた。
「あんたが納得してもしなくても、おれ達は、決めたことを変えるつもりはない」
 強い、光を宿した双眸に、眼を細める。
 満足気に……
 本当に満足気に、いつもの小首を傾げた笑みを見せるエイジュ。

 胸に――左手の指先をそっと、添えながら、
「良かったわ……あなた達が『愚かではない』道を、選んでくれて――」
 誰の耳にも届くことのない呟きを、口にしていた……

          ***

 彼女は添えていた指先をそっと降ろすと、
「……良く、分かったわ、あなた達の意向は――」
 そう言いながら、周りに集まった面々をゆっくりと見回し……
「極力……その意向には沿うよう務めるけれど、あたしにはあたしの役割があるわ。どうしてもその意向に沿えない場面に出くわした時、あたしは自分の役割に準じる行動を取るつもりでいるのだけれど――それで良ければ、この先……あなた達と道中を共にさせてもらいたいと思っているのだけれど…………どうかしら?」
 同意を求めていた。

「何なんだよ、その『役割』ってのはよ」
 彼女から求められた同意に、バラゴが額を指で掻きながら訊いてくる。
 横目でバラゴを見やりながら、
「あなた達全員を無事に、あなた達の目的地まで、護衛することよ」
 至極当たり前のように、淀み無く返されたエイジュの言葉に、
「護衛……? 護衛って――白霧の森の時みたいに、アイビスクの臣官長の依頼で、ここに来たんじゃないのか?」
 今度はバーナダムが、首を傾げて訊ねていた。
「いいえ、違うわ」
 訝しみの籠ったバーナダムの問いに、否定の言葉を返すエイジュに、
「……『意向に沿えない場面』とは――?」
 再びアゴルが問うてくる。
 呼吸が、少し荒い……
 顔色も、優れないように見受けられる。
「…………そうね――」
 少し、思案するような素振りを見せながら、エイジュはアゴルの様子を窺い……
「この先、あなた達の身に危険が及んだ時……敵か、あなた達か――どちらかの『命』の二者択一を迫られた時……かしらね……」
 そう返していた。
 眉間に皺を寄せ、険しい表情を見せるアゴル。
 何かを言い出そうと口を開き、一歩踏み出した時だった。

「そりゃ、そうだろう」

 それを押し留めるように、肩にバラゴの手が、乗せられたのは……
「バラゴ……!」
 咎めるようにバラゴを見据えるアゴル。
 だが、
「おれも、そうすると思うぞ」
 もう片方の肩に手を乗せながら、バーナダムも同じように押し留めてくる。
「おれ達も同じだよ、なぁ、兄さん」
「ああ、そうだな。そういう場面に出くわしたら、きっとおれ達も皆の命を優先する」
 ロンタルナとコーリキも、
「そうだね。あたし達は、生き残らなくちゃいけないからね……」
 そしてガーヤも……エイジュの言葉に同意を示していた。
「アゴル、あんたはどうなんだい?」
「……おれは――」
 ガーヤの問い掛けに、直ぐには答えを返せないでいるアゴル……

「わたし達も、エイジュと同じ意見だよ……アゴル」

 不意に掛けられた意外な人物の言葉に、アゴルは眼を見張っていた。
「左大公も……ですか――」
 ゆっくりと歩み寄ってくるジェイダ……
 その後ろにはエンリとカイノワ、そしてゼーナたちの姿もある。
「わたし達に、剣を取って戦う力はない……だが、もしも、この中の誰かの命が脅かされた時、その命を救えるのが自分だけだった時――その時はわたしも……恐らく他の皆も、仲間の命を優先するだろう」
 ジェイダはそう言いながら、自分の背後にいる皆の顔を見やった後、アゴルに笑みを向けていた。
「確かに、無益な殺生は極力避けると、皆で話し合い決めたが……それは、自分の命や仲間の命よりも――と言う意味ではないはずだ、違うかね? アゴル」
「それは――」
 左大公に返す言葉も無く……
 アゴルは自分に向けられる温かい瞳を見回し、口を噤んでゆく。
「……お父さん――」
「ジーナ……」
 ジーナの小さな手が、再び頬を撫でてくれる。
「ジーナも、お父さんやみんなが危ないって分かったら、みんなのために何かするよ。何にも出来ないかもしれないけど、でも、きっと、何とかしたいと思うよ」
 そう言いながら何度も……何度も頬を撫でては、笑みを向けてくれる。
 アゴルは……
「……ジーナ――ジーナハース……」
「えへ……」
 大切な、その存在を確かめるかのように抱き締め、娘の頬に自身の頬を摺り寄せていた。

「あんたは少し、物事を頑なに考え過ぎるようだね、アゴル」

 穏やかで、大らかな笑みを浮かべながら、ゼーナがそう、言葉を掛けてくれる。
「確かに、普段は、この一行の隊長的な役割をあんたにしてもらっているけど、何かを決める時はちゃんとみんなで話し合っているだろう? あんた一人に何もかも押し付けるような、そんな怠惰な人間は、この中には誰一人として居やしないよ」
 優しく語り掛けながら軽く肩を叩いた後、
「もっと、その肩の荷を、みんなに分けてくれて良いと、思うけどね」
 もう一度、微笑みかけていた。
「ゼーナ……済まない」
 自戒を込めた笑みを返した後、アゴルはジーナの髪を撫でながら、俯いてゆく。
 彼女はそのまま、エイジュの方へと足を向け、
「あんたが、エイジュだね……初めまして。あたしはゼーナ、ゼーナ・イル・ビスカ、ガーヤの双子の姉だよ」
 『双子』という言葉通りの、ガーヤとそっくりな温かな笑みを見せ、ゼーナはエイジュに握手を求めていた。
「初めまして……エイジュール・ド・ラクエールよ」
 エイジュは差し出された手を取り、
「あなたがゼーナ……グゼナ一の占者と、謳われた人ね」
 まじまじと見詰めながら、
「……本当に、ガーヤとそっくりね――雰囲気は、少し違うみたいだけれど……」
 そう言って、小首を傾げながらガーヤとゼーナを交互に、見やっていた。

「エイジュ……」
 次いで、左大公が握手を求めてくる。
「再びこうして出会えて……わたしは嬉しく思う」
 感謝を籠め、安堵の笑みを浮かべ、エイジュの手を握り締めている。
「わたくしもです、左大公……ご無事で何よりでした」
 ジェイダの握手に応じ、エイジュもまた、強く握り返していた。