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再見 弐

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 のろとろと立ち上がり、洞窟の明るい方に足を向けた。
 洞窟の外は、雪が光に照らされて、キラキラと煌めいている。
 幾らか外に出ると、膝のだいぶ上の辺りまで、雪が積もっている。梅嶺に登り始めた時には、ここまで積もってはいなかった。
 改めて雪山に怖さを覚えた。
━━梅嶺の戦場はもっと上の方だ、、、。きっとこれ以上に雪が、、、。━━
 亡骸も、戦の痕跡も、地に流れた碧血も、全てが白銀の雪の下に隠される。

 靖王の後を追って、二頭の馬が来る。
 二頭共、靖王が心配でならぬ様子で、鼻を擦ったりして来る。
━━金陵に戻らねば、、、。━━
「、、、、ふぅ、、、。」
 涙が溢れそうになるのを耐える。涙は熱い吐息となって漏れた。
 靖王は、二頭の馬の頭を抱き寄せる。
「お前たちが、私を助けてくれた、、。」
━━小殊を、、小殊を、、救えなかった、、、。
 だが、私が救えなかった小殊の愛馬に、私は救われたのだ。━━
「、、、山を下りよう。」
 何も出来なかった不甲斐なさに、二頭を抱く腕に力が入る。
「今、下りねば、また下りられなくなる。そうしたら、救ってくれたお前たちに、申し訳がない、、。」
 梅嶺の気候が、これ程に目まぐるしいのを知った。一つ判断を違(たが)えれば、待つのは『死』なのだ。
 共にいるのが灼青と珀斗でなければ、きっといつまでも林殊を思い、ぐずぐずとここにいて、下山の機会を逃し、人知れず山の中で死んでしまった事だろう。





 梅嶺の戦場となった場所も、今、靖王がいる場所も、一面の雪景色なのだろう。上の戦場は更に雪深いに違いない。
 雪山は、恐ろしいほどの美しさと、人を受け入れぬ圧(あつ)がある。
 梅嶺は厳しき地なのだ。










 洞窟を出て、銀世界の中を歩く。
 キシキシと音を起(た)てて、雪の中を漕ぐ様に歩いて下る。
 靖王が先を歩く。膝で雪を分けるように歩いているが、中々思うように進まない。
 釈青と珀斗は、手網など引かずとも、靖王の後をついてくる。
 もっとも、珀斗には手綱が無かった。自分で外したのか、誰かが外してくれたのか、頭絡がされて無かったのだ。そのお陰で轡(くつわ)も無く、どうにか珀斗は餌を得ることが出来て、飢えて死なずに生き延びたのだろう。
 雪は止んでいたが、決して楽な道のりでは無い。
━━必死だったとはいえ、道も間違わず、良くこれだけ、登って来れたものだ。━━
 時には珀斗や釈青が先頭になり、雪道をかき分けて下りてゆく。
 山道の勾配が緩くなり、積雪が膝の辺りまで減ってから、靖王はようやく釈青に跨り、更に下りてゆく。







「靖王殿下────!!。」

 遠くから呼ばれ、灼青の頭から目を上げる。
 道の先に、馬に乗った霓凰が居る。
「霓凰??!!。」
 絶対に来れないと思った、霓凰がいた。
 二人とも馬の速度を上げる。よく見れば、霓凰は戦英の馬に乗っていた。

「霓凰!!。よくここまで、、、、。」
 霓凰は泣きそうな顔をしている。
「林殊哥哥は?、、。」
「、、、、、、。」
 答える言葉も見つからない。
「猛吹雪で、、私も上までは行けなかったのだ、、。引き返せざるおえずに、、。」
「まだ、、上に、、??、、。」
「、、分からない、、、。梅嶺の風雪が、こんなに厳しいものだとは、、。」
「、、、林殊哥哥、、、。」
 二人とも、次の言葉が見つからなかった。

「、、、これを洞窟の中で見つけた。」
 散乱している残骸の中から、布袋を見つけ、赤羽営の遺留品を入れてきた。
 靖王は釈青の鞍から袋を外して、霓凰に見せた。
「林殊哥哥の弓?!!。」
 長い弓は袋の口から飛び出ている。
 霓凰は袋を受け取り、中を見る。
「あぁぁ、、、、、嫌っ、、、、。」
 霓凰も王族とは言え、武門の家系なのだ。袋の中の物の意味を知っていた。
「嫌、、、林殊哥哥、、、。」
 霓凰は袋を抱き締め、その場に泣き崩れた。
 靖王は、霓凰のその姿に目を背ける。靖王もそんな霓凰の姿を見て、堰を切ったように、再び涙が止まらなくなる。
 二人とも、暫く涙が止まらずにに、その場で涙していたが、霓凰が少しずつ落ち着きをみせた。
━━、、どうすればいいのだ?。━━
 霓凰の悲しみとて、靖王に引けを取らない。
 霓凰は林殊の許嫁であったし、相思相愛なのは、金陵中の者が知っていた。林殊の大切な女人なのだ。
 靖王は、霓凰の悲しみを、どう慰めて良いのかが分からず、泣きじゃくる霓凰の姿を、ただ見ていた。
 別の女人ならば、言葉をかけるなり、慰めようがある気がするが、相手が霓凰だと、途端にどうしていいのか分からない。霓凰に触れることも、下手に言葉をかけることも、軽薄な気がしていた。
 林殊の聖域を、汚す様な気もして、何も出来ずに、ただ、霓凰が落ち着くのを、待つ事しか出来なかった。
 靖王の方が年長であるし、霓凰を慰めねばならぬ立場なのは分かるのだが、どうしていいのか分からなくて、正直、途方に暮れていた。
━━小殊が私ならば、どうするのだろう、、。━━
 林殊ならば、気の利いた言葉をかけられるだろう。或いは厳しく叱咤して、立ち向かわせてくれるのだ。
━━小殊のような優しさは、私には持てぬ。━━
 よく良く考えて、靖王は、霓凰から遺品の入った布袋を、無言で取り、中から林殊の弓だけ抜き取った。
「、、、これは君が持っていろ。」
 そう言って霓凰に渡す。
「、、、いいの?。」
「、、ん、、霓凰が待っていた方が良いだろう。霓凰ならば私も心安い。」
「、、、。」
 霓凰は弓をぎゅっと抱き締め、また涙した。
━━、、あ、、まずかっただろうか、、。━━
 朱弓が更に、霓凰の悲しみを呼び起こすのではないかと、一瞬後悔したが、、。
━━小殊にとって、霓凰以上の場所は無い。━━
 そう思った。
「金陵に戻ろう、、、。祁王兄上を助けねば。」
「、、、うん。」
 二人は馬に跨り、再び山を下りる。

 霓凰は、靖王に続きながら、思った。
~〜靖王はこれから、どうするのかしら。
 金陵に戻って、そして、祁王殿下を救うために、、、寝る間も惜しんで動くのだわ。〜〜
 先を下る靖王の背中を、霓凰はぼんやりと見ていた。
〜〜林主帥がいない。林府だって封鎖されてしまったわ。祁王殿下の母上の宸妃だって、冷宮送りになったかも知れない。頼みの綱は、林殊哥哥の母上の晋陽公主だけかしら、、。きっと陛下との兄妹の情にすがったら、助命できるかも、、、。
 祁王が逆心なんて、あるわけが無いわ。私でもわかるわ。きっと、、きっと、陛下だってお分かりの筈。
 でも、祁王殿下が寒牢に入れられ、罪人になった以上、無実を証明しなければ、、、。
 必ず出来る筈よ、祁王はあんなに朝臣からの信望が篤かった。証拠を揃える為の、時間稼ぎの方法は沢山あるわ。
 陛下は祁王殿下を、直ぐに裁いたりは出来ない、朝臣達が、黙っていないわ。〜〜

 霓凰は、目の前を馬で下る靖王を見て、どれだけ落胆しているのかがひと目でわかる。『落胆』という言葉では表せぬ、、。
 釈青に揺られ、山を下る靖王の姿は、『悲愴』といった言葉が似合うほどの、、、。
作品名:再見 弐 作家名:古槍ノ標