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サヨナラのウラガワ 7

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 たった数か月のうちに、凛へと向かっていた気遣いが士郎へと向かい、どういうわけか恋人という関係に落ち着き、そのうちに己が士郎との恋人関係に拘るようになり……、今となっては、どうしようもなく士郎のことしか考えられなくなっている。
「とんだ変態だな、私は……」
 過去の己と言ってもいいような存在の衛宮士郎に抱く感情は、理性を以てすれば異常だとしか言いようがない。だが、アーチャーの心は、どうしようもなく士郎へと向かっていった。
 供給のためとはいえ、キスをしてセックスをして、深く繋がることの恍惚を覚え、触れ合う熱の確かさと、縋る腕の頼りなさに熱を上げ、士郎を貪ることに暇がなかった。そうしているのが当然な気がして、恋人という関係が存外しっくりくる言葉だ、などと思っていた。
 恋人であることを望んでいたと思う士郎が、どういうわけか、恋人らしい触れ合いに奥手だったのはいまだに疑問だが、ただ恥ずかしいとか照れくさいとか、そういうことだったのかもしれない、とアーチャーは思いたい。
 熱に浮かされたようにのぼせた視線を送ってきておきながら、士郎はアーチャーが振り返ると、さ、と目を逸らし、何もなかった様子で去っていくことが多かった。
 見つめ合ったとしても、いつも物言いたげな表情をするだけで、何も言ってはこない。アーチャーが距離を詰めればその分後退り、アーチャーとは真正面から向き合おうとしない。
 それでも、並んで台所に立つことが多く、常に食事の準備で手元を見ながらであったため、話をしながら(アーチャーに小言や厭味だという認識はない)過ごすことはできていた。
 その会話と呼ぶにはどこか釈然としない二人だけの会話の中で、アーチャーに士郎の内面を窺える要素はなく、何度も同じ不満を口にしていた。
 なぜ、慣れないのか、と。
 士郎はその度に、恥ずかしいだとか、思いもよらないからだとか、そういうふうなことを言っていた。
 ――――あれは…………。
 本当に、その言葉通りのことだったのだろうか、と今になって疑念が湧く。
 セックスまでする間柄で、いつまで経っても恥ずかしいだとか、触れることに慣れないだとか、そんなことがあるのだろうか、と。
 まして、ほぼ毎夜のように抱き合っていながら慣れないというのは、少々奥手が過ぎるか、もしくは、別の理由があるのか……。
「私に、隠し事とは……」
 今さらながらアーチャーは思う。もっと士郎を見ていればよかったと。
 そうしていたら、もしかすると、こんなことにはなっていなかったかもしれない、と……。
 ――――いや、過ぎたことを悔やんでも仕方がないが……。
 後悔ばかりをしている、とアーチャーは自嘲する。
 守護者となった己の道が最大の後悔だと思っていたが、それは、士郎が間違いではないと気づかせてくれたために霧散した。しかし、今は、違う後悔がアーチャーを苛む。士郎と契約を交わし、人として過ごす中で、アーチャーはもっと士郎と理解し合うべきだったと思わずにはいられない。
 ――――代わってやろう、などと……。
 そんなことを士郎が考えていることなど、アーチャーは微塵も気づけなかったし、思いもよらなかったし、考えにも及ばなかったのだ。
 なぜ、そんな結論に至ったのかは、士郎に訊かなければわからない。自己犠牲の精神だと言われればそれまでだが、そこまで士郎が歪んでいるとは思えなかった。
 何しろ、士郎は人としての感情――――アーチャーへの想いを自発させているのだから。
 サーヴァントで男という相手が問題ではあるが、士郎がそういう感情に至ったこと自体は、アーチャーとしては喜ばしい、と思える事象である。
 士郎が誰かを好きになるなど、アーチャーには予想すらできなかった。士郎が自身の過去ではないとわかっていても、擦り切れた過去の記憶にある己の姿がダブってしまうのは仕方のない話だ。だが、己とは違い、士郎が人としての真っ当な感情を手に入れたのであれば、それは僥倖だと思える。
 凛に乗せられたことはもちろんだが、士郎の想いを受け取ることに、アーチャーはなんら抵抗などなかった。恋人になるということまでは、さすがに考えていなかったが、士郎の気持ちを否定するのではなく、気の済むまで受け入れようという気になっていた。
 ――――ただの憧れだと、気の迷いだと気づくまで、私は黙って受け入れるはずだったというのに……。
 それが、なぜこのような事態になってしまったのか、アーチャーは朝食を作る手を止め、嘆息する。
 いつも隣にあった温もりがないことに嫌でも気づいてしまい、ますますため息をつきたくなった。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆

 つまらないと思う。
 今さら一般人の若者と一緒に高校の授業を受けるなど、妙に気恥ずかしいと思う。
 だが、衛宮士郎にとっては必要なことだ。
 高校を卒業しなければ時計塔には行けない。せっかく凛が手筈を整えてくれたのだ、フイにするわけにはいかない。そんなことをすれば、間違いなくガンドの餌食だ。
 衛宮士郎となって一週間。凛は忙しいのだろうか、衛宮邸に来る様子もなく、学校ですれ違うこともない。
 したがって、話ができない。
 いや、逃げているわけではないが、たまたま、機会がないというだけで……。
 まあ、これが逃げているということだろう。話をしなければ、と思っているのならば、凛のいる教室を訪ねればいい話だ。だが……。
 どう言えばいいというのだろうか。
 私と入れ替わり、英霊として士郎が座に還った、と?
 だが、可能性が高いというだけで、その確証はない。座に還った英霊を確かめる術などないのだ、そう結論づけるのは早計すぎるのではないだろうか。
 かといって、うやむやにはできない。確かにいた存在が消えているのだ、凛とて気づく。それに、セイバーにはサーヴァントがいないことなど丸わかりだ。
 どう、すべきか……。
 頬杖をつき、午後の日差しを柔らかに受け止めるカーテンに目を向ける。
 そういえば、洋室のベッドで士郎はカーテンに手を伸ばしていた。抱き合うときに気もそぞろかと、私がその手を取って自身に伸ばさせたことがある。
 まったく、カーテンに嫉妬とは、愚かしいにもほどがある。私も、たいがいだな……。
 あのとき、士郎は何を思っていたのだろうか。
 目の前の私ではなく、カーテンを気にして、私を受け入れて熱くなりながら、何を考えていたのだろうか。
 お前は、私ではない誰かを見ていたのか?
 あり得ないことだとわかっているのに、そんな勝手を思って胸が焦げつく。
 士郎の想いは私に向けられていた。それだけは、わかる。自意識過剰だとか、そういうことではない。士郎の視線は、契約をしたあと――――私への好意を認識したころから変わっていない。
 憧憬からはじまり、そのうちに熱い粘性を持ったものに変わって、それを隠そうと努力しているふうではあるが、ダダ漏れてしまっていたものだ。
 士郎は、私を憧れの延長ではなく……?
 真に恋人と思って接していたのだろうか。
 いまだに解けない謎が胸の内にわだかまる。
作品名:サヨナラのウラガワ 7 作家名:さやけ