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サヨナラのウラガワ 7

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 こんなことなら、最初から訊いておけばよかった。いや、最初ではなくとも、新都のマンションから戻ってからでも、士郎ときちんと向き合い、話し合っておけばよかった。
 そうすれば、こんな中途半端な気分を味わうことなどなかっただろう。
 士郎はいったい、私をどう思っていたのか……。
 恋人だと何度言っても理解していない様子だったのが引っかかる。確かにはじめは供給のことがあるため、形ばかりのものでもいいと思っていた。が、それに私が物足りなさを感じていたのは事実。恋人だというのなら、何憚ることなく、それらしくしてもいいだろうと思うようになっていた。
 確かに、来客の多い衛宮邸で、家族同然の人の前ではそういうことはできないかもしれないが、私と二人でいるときくらい、と思わなくはなかった。
 強引に私のやりたいようにすればよかったのだろうか。
 いや、さすがにそれは難しい。士郎はまだ未成年で、この世の常識で言うと、私は犯罪者と言われても弁明できない可能性がある。同意のない行為は英霊であろうとも憚られるのは仕方がない。
 だから、私は我を通せなかった。おまけに、士郎の私に対する想いも信用できなくて……。
 一歩引いたような、どこか遠慮しているような、そんな態度でいられては、無理を承知で突き進むことなどできない。
 私とてそれなりに羞恥心というものがある。確証のない賭けには及び腰になってしまう。いくら人の生の何倍も存えたと云えど、そこまで厚顔にはなれない。
 意気地なしとなじられても仕方がない。こわいものはこわいのだ。
 何しろ、一度本気で殺そうと思った相手なのだから、どんな手のひら返しだと罵られてもしようのない関係であったから……。



 右から左に通り過ぎていく授業内容をやり過ごしながら、手持ち無沙汰に辟易したため、なんとなく机上に出して放置されているノートを開いてみることにした。
「な……」
 思わず声をあげてしまった。はっとして、前方を垣間見る。さいわい教師には聞き咎められずに済んだが、周りの様子も確認してしまう。
 誰にも気づかれていないようでほっとした。いや、気づくというよりも、気にも留めていないというのが正解だろうか、誰も彼も眠そうにして教科書を眺めている。
 周囲の”安全”を一通り確認してから、再びノートに目を向けた。
 それなりにきちんと書かれた板書はいいとして、そのノートの端々に書き込まれたメモ書きや走り書きや殴り書きから目を逸らせない。
「…………」
 ノートの端の余白。
 そこには、鍛錬の進行状況やそれに対しての自分なりの分析が事細かく書き込まれている。おそらくノートの貸し借りはしない主義なのだろう、誰かに見られることを想定していれば、こんなところに書き記す内容でないことは明らかだ。
 どうすれば、魔力の向上が見込めるか。
 どうすれば、投影の確率をあげられるか。
 どうすれば、アーチャーのような動き方ができるのか。
 自身の魔術の上達具合や身体能力に加え、凛に習った内容を復習している走り書きもある。
 前日に行った土蔵での鍛錬を授業中にふりかえり、士郎は机上で何度も試行錯誤を繰り返していたことがわかる。
 このノートの一部分を見ただけで、早く一人前の魔術師になろうというストイックな姿が垣間見られた。
 ああ、だからか……。
 土蔵で鍛錬をしているときに思ったことは気のせいではない。過去の自分よりも、数段成長速度が早いと感じていた。
 確かに、私の投影を間近で見て、感じて、覚えたということもあるだろう。それに、剣を交えた束の間でも士郎は格段の成長を見せている。
 したがって、私よりも成長速度が早いのは当然だとは思う。が、それ以外でも、こんな地道な努力をしていたというのであれば、やはりそれは、確実に成長につながっていく。
 予習と復習が大事だと小学生でも先生に言われることがある。だが、それを確実にやってのける者はそれほど多くはないはずだ。誰しも楽な方を選んでしまいがちだろうから。
「…………」
 士郎はここまでして、私を現界させようとしていたのか。確かに必死だとは思っていたが……。
 何も知らなかった。
 士郎は何も言わないから、わからなかった。
 こんな地道な努力も惜しまず鍛錬を繰り返していたなど、気づきもしなかった。
 私は、士郎の何を見ていたのだろうか。
 時々寂しそうな笑みを浮かべたのは、いったいどういう気持ちだったのか。
 恋人だと言っているのに、いつもよそよそしかったのは。
 供給だけなら深く繋がりたいと言ったのは。
 いったい、どういう心境からだ?
 今さら気づいても遅い。
 士郎はいない。
 もう一度、会えるかどうかも確証がない。
 なぜだ…………っ。
 代わってあげられれば、など、どうしてそんなことを言った。
 代わってくれなど、言った覚えはない。
 今ならはっきりと言える。私はこんな居心地の悪い人間の真似ごとよりも、お前のサーヴァントとして、お前と過ごしていたい、と。
 何気ないことで口論し、くだらないことで競い合い、常の家事では協力しあい……、そういう特別でもなんでもない日々を過ごしていたい、と。
 ああ、そうだ。
 私は、楽しかったのだ、お前と過ごす時間が。
 だというのに…………。
 恋人らしい仕草に慣れないお前が可愛くて、ついつい度を越してしまうことがあった。翌日に立つのが億劫なくらいに貪ってしまうこともあった。
 どうしてそんなことをするのか、と訊くお前に、正直に白状するのは気恥ずかしくて、お前をからかっているフリをした。
 真っ赤になってうろたえるお前が、私の愛撫に夢中になるお前が、私の言葉にすら鼓動を跳ねさせるお前が、供給という儀式である慣れない行為に懸命に挑むお前が…………。
 全部、全部が、愛おしくてたまらなかった。
 机にかじりつくようにして拳を握る。
 取り戻せない。
 あの時間も、士郎も。
 二度と…………。
「っ……」
 不覚にも目の奥が熱い。こぼれそうになる雫を瞬きで必死に誤魔化す。
 いや、諦められない。エミヤシロウは元来諦めの悪い男だ。この程度で諦めるわけにはいかない。
 必ず喚び戻す。
 何年費やそうとも、お前を必ず……、この腕に抱きしめてやる!



 下駄箱で靴を履き替え、帰途につく。
 今日は、ずいぶんと疲れてしまった。身体ではなく、どちらかというと、心が。
 あれから、どの教科のノートを開いても士郎のメモや走り書きが見つかり、はじめから聞く気などなかったが、授業どころではなかった。
 心がかき乱される、とはこういうことをいうのだろうか……。
 まあ、そういうわけで、本気で疲れきっている。生身だから仕方がないのかもしれないが、少々情けない……。だが、早く帰って休みたい。
「衛宮くん、今帰り? 今日はずいぶんのんびりしているのね? アーチャーはいいの?」
 ずいぶん私はノロノロしていたようだ。会う機会を逃していた者と出くわすとは。
 予想もしていなかった声に振り返り、今さら気づく。一番大事で厄介なことを、すっかり忘れていた、ということに……。
「衛宮くん?」
 こてん、と首を傾けた凛の青い瞳は、陰りもなく私を見つめている。
作品名:サヨナラのウラガワ 7 作家名:さやけ