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サヨナラのウラガワ 7

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 背中を冷たい汗が流れるのを感じた。蛇に睨まれた蛙は、きっと、こんな気分なのだろう。
 いやいや、現実逃避も甚だしい。とにかく、何か返事を。それから、きちんと話す場を設けなければならない。
「ぅ……っ、あ、ああ、り――っ、あ、いや、遠坂」
「どうしたの? 汗かいちゃって? 今日、そんなに暑くないわよねぇ?」
「っ…………」
 説明しなければならない。アーチャー(士郎)が、”座に還った”と……。
 私が衛宮士郎である手前、凛は、アーチャーを勝手に座に還した、と怒るだろう。
 ……怒るくらいですむだろうか。
 瀕死になるかもしれない。
 思わず、遠い目で中空を眺めてしまう。
 大袈裟でもなく冗談でもなく、彼女が本気になれば、士郎の身体などすぐにあの世に旅立ってしまうはず……。
「……遠坂」
 だが、誤魔化せるものでもない。現に、アーチャーであった英霊の姿はここに存在しないのだから。
 ならば、正直に話し、許しを請うより他はないだろう。
「遠坂、その……、話したいことが、ある」
「な、何よ、真面目な顔して……、ま、まさか、ロンドンに行くのをやめるとか、そんな話じゃ――」
「い、いや、ロンドンには行く。世話になる」
「じゃ、じゃあ、何よ?」
「ここでは、落ち着かない。君の……、あ、い、いや、遠坂の家か、わた、っ、お、オレの家で、どうだろう?」
「う、うん、な、なんだか、ちょ、ちょっと、事情がある感じ、ね……?」
「ああ」
「えっと……、私はどちらでもいいけど?」
 どちらでもいいと凛が言うので、このまま遠坂邸に行くことにした。もし衛宮邸で話をし、ガンドで追い回されている最中に虎が来たりでもしたら面倒なことになる。したがって、予防線は張っておいた方がいい。
 まあ、どこで話そうとも、気が重いのは確かなのだが……。



「はあ……」
 たっぷり二時間、説教を食らった。すでに日は暮れ、墨色の空には星が瞬いている。
 ただ、説教だけではなかったことが、どうにも心苦しい。
 はじめは怒ってガンドを構えていた凛は、次第に元気を失くし、しまいには涙声で、結局は私を許した。
「あんな顔をさせたくはなかったというのに……」
 いつまでもこの世界に現界していたのは、士郎との契約だけが楔となっていたのではない。私は、凛にあんな顔をしてほしくはなかった。
 聖杯戦争が終わり、一度は私を引き留めた凛の泣き顔が今も胸に引っかかっている。士郎とはまた違う形ではあるが、凛の存在は、私をここに留めた一因といえる。
「欲張りだと非難されるだろうか?」
 だが、私にとって凛は、士郎とは違う意味合いで大切だと思える存在なのだ。聖杯戦争に召喚された縁は凛とのもの。エミヤシロウが生涯持ち続けた、あの赤いペンダントが結びつけた確かな絆だ。
 そんな凛を、私は二度も泣かせてしまった。決して弱くはない彼女の涙は、とてもじゃないが見ていられない。
 だからだと一言で説明できるものでもないが、大人しく士郎と契約状態であったのは、偏に凛がいたからなのだ。
 そんな最初のきっかけは、士郎と恋人になった時点を機に次第に薄れていったが、私が現界する原動力は彼女にあった。
 今は士郎と凛の存在の大きさが入れ替わっているが、はじめのころは本当に”凛のために小僧と契約している”と自分自身に言い聞かせていたのは確かだ。
 したがって、やはり真実は言えない。士郎と中身が入れ替わっているかもしれないという話はせず、座への引き戻し案件を防げなかった、という事実だけを語ることにしておいた。
 真実を言ったところで、士郎が真に座にいるかどうかもはっきりとしないというのに、どうすることもできないのは明らかで、凛にまた余計な心痛を与えてしまうかもしれない。
 苦しむのは、私だけでいい。
 これは、罰なのだ。
 そう、士郎がいなくなったこの状況を、まるで、罰のようだと私は捉えている。
 気持ちを確かめ合おうと踏み出さなかった己の不甲斐なさを今さら悔やんだところでどうしようもない。
 後悔は先には立たないのだ。
 私だけが踏み出さなかったことが原因ではないにしても、勝手なことをして、と士郎に憤ることもどうかと思う。どちらにしても、我々は少しも歩み寄らなかったのだ、身体を繋げるばかりで……。
「くそっ……」
 悪態をついたところで、何が変わるわけでもない。
 遠坂邸からの家路を、冷たい風の中、独り歩く。この先もこうして独りで歩んでいくことになるのだろうと、薄ら寒さを感じている。
 明かりのない衛宮の屋敷に帰ってくれば、寒々しさに、また、ため息がこぼれそうになった。
 急いで冷たくなった洗濯物を取り込み、台所に立つ。疲れていないわけではない。慣れない学生生活を送っているのだ、気疲れもある。
 だが、この身体をないがしろにするわけにはいかない。士郎の身体には何より必要な栄養を与え、きっちり管理していかなければならない。一人分だからといって手は抜かず、バランスの良い食事をとって、士郎に返すまでは大切にしなければ。
 しかし、おかしなものだ。過去の己の身体だというのに、まるで他人の身体に入り込んでいるような感覚がしているのだから。
 やはり、私にこの肉体は分不相応なのだろう。
「士郎……」
 呼んだところで返事はない。だが、呼ばずにはいられない。
 士郎の声が聞きたくて声を出しているのかもしれない。
 ならば、”士郎”ではなく、
「アーチャー」
 自分で呟いてみる。士郎が呼ぶときのように。
 だが、何やら気恥ずかしいだけで、士郎に呼ばれているとは思えなかった。
 気を取り直し、手早く夕食を作り終え、ひとり座卓に座る。
 士郎がいつも座っていた定位置は空けておいた。ここに、いつでも帰ってくる者がいると、私はただ主張したかったのかもしれない。
 いや、信じたいだけかもしれない。
 士郎は必ず帰ってくると……。



Back Side 18

「ふむ」
 衛宮士郎は、納得して顎を引く。
「存外、アレの方が筋が良かった、ということか……」
 士郎は、いや、士郎の姿をしたアーチャーは、自室の床に投影した剣を置く。ふと見上げた窓ガラス越しの夜空には、丸い月が浮かんでいる。
 あれから丸二年が経とうとしており、ロンドンでの勉学の日々にも終止符が打たれようとしていた。
 すでに投影魔術はアーチャーが投影したものと同等の強度と威力を持っており、魔術回路も魔力量も限界値に達している。
 アーチャーは士郎の身体を十二分に鍛え上げていた。
 少々魔術に力を注ぎ過ぎたため、身体的な面での成長が後回しとなり、おそらく英霊となったエミヤシロウに比べれば、一回りほど小柄だろう。
 凛はそんな士郎(アーチャー)を、まだまだ成長するわよ、と励ました。確かな未来の姿をその目で見たのだから、と。
「その未来がここにいるとは、思ってもいないのだろうな……」
 アーチャーは誰にも真実を語っていない。語ったところで信じてはもらえないと初めからタカを括っていた。
作品名:サヨナラのウラガワ 7 作家名:さやけ