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サヨナラのウラガワ 8

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 じゃあ、アーチャーじゃないのかと思ったけれど、アーチャーはアーチャーだ。俺と契約していた、俺の恋人だった、俺の好きだった……。
 西日がアーチャーを照らしている。
 白い髪が橙色に染まっている。
 いつだったかな、アーチャーの髪が夕陽に照らされて赤くなって、いろんな色に染められていくアーチャーの髪が綺麗だと思ったことがある。
 今も、綺麗だ。
 俺が見てることに気づいたのか、アーチャーは振り向いて、少しだけ目尻を下げた。ぽんぽんと大きな手で俺の頭を軽く叩き撫でて、またハンドルを握った。
 アーチャーは、なんだか優しい。別人みたいに俺に優しい。
 俺が、こんなだからかな……。
 人を殺してばかりだったからなのか、アーチャーとまた入れ替わってこの世界に戻ってくれば、他人に会うのが怖くなっていた。
 見知らぬ人が、突然、包丁や農具で襲いかかってくる幻覚を何度も見て動けなくなる。人の多い村や町では、車から出られない。
 アーチャーが無理して車を買ったのはそのせいだ。本当ならヒッチハイクや運送の車に便乗させてもらうはずだったのに、俺がダメだから……。
 日が陰ってきたからか急に寒くなってきて、毛布を首元まで引き上げた。
「…………」
 思わず自分の手を眺めてしまう。
 なんだか、手足の長さの違いに戸惑っている。身長が伸びていて、つい頭をぶつけてしまう。身の丈に合わない服を着ているみたいで、違和感しかない。
 だからなのか、動きが鈍くなる。それに、ずっと体調も悪い。食べ物があんまり喉を通らないし、微熱も続いている。
 だからアーチャーは優しくならざるを得ないんだ。こんな病人みたいな俺では、放置することも、避けることもできないだろうし。
「アーチャー、ごめ――」
「下手にしゃべると、舌を噛むぞ」
「っ、う、うん」
 アーチャーに謝ろうと思うのに、なかなかきちんと謝罪できないでいる。いつも謝ろうとすると、悪路が酷くなって、揺れに備えるのが大変になる。
 どこかのホテルに着けば、きちんと謝ろう。
 何度も固めた意思を、今日も固める。それから、アーチャーは俺との契約をどうするつもりなのかも話し合わないと。
 このまま契約していていいんだろうか。
 アーチャーは俺と契約を続けるつもりなんだろうか。
 なんのメリットもないし、意味もないと思う。
「凛とセイバーに、まずは謝らなければならないな」
 ふと独り言ちたアーチャーに、少し身体を起こして首を傾げる。
「何かしたのか? あの二人を怒らせたとか?」
「……まあ、怒るだろうな」
「怒るだろうって、どういう……?」
 なんだかそれ以上訊けなくて、口を噤む。
 アーチャーはいったい何をしたんだろう。遠坂もセイバーも鬼じゃないんだ、きちんとした説明があれば理不尽に怒るような……、あ、いや、怒るかもしれないな……。
 少し、気が重いと感じた。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆

 食が細い。微熱がある。全般的に元気がない。そして、人がいる場所が苦手だ。
 いったいどういうことなのか。
 ようやく捕まえた士郎は、以前とはまるで別人のようだ。とにかく、きちんとした医療施設での精密検査が必要だと判断し、凛にコンタクトを取っているものの、彼女も忙しいらしく、すぐにはつかまらない。
 時計塔にいたころから住んでいるロンドンのアパートを出たという話は聞いていないので、帰宅すれば留守電に気づくだろう。一応協会にも言伝を頼んであるので、次に連絡を取るときには、なんらかの返答があるかもしれない。
 とにかく私は士郎を連れてロンドンのアパートを目指すべきだろう。どこかで落ち合おうにも、彼女は携帯端末のような文明の利器を使いこなしていないはずなので連絡手段がない。
 であれば、少しでも落ち着ける場所にこちらから向かうのが正解だ。
 だが、この状態で旅客機に乗れるのだろうか?
 ちらり、と助手席で眠っている士郎を垣間見る。
 いくら横になっているといっても、このクッション性の悪いシートやこの振動では身体が痛むはずだ。横になってはいるが、熟睡には程遠いだろうし、ほとんど眠れていないかもしれない。
 少し車を停めて休めばいいのだろうが、少しでも距離を稼ぎたいがために、ノンストップでこの古い車を走らせている。なまじ睡眠も食事も必要のないサーヴァントであるために、休息などいらない。
 士郎には何度か了解を取ってはいるが、士郎が無理をしていないというわけではないのだ。おそらく、どんなに身体が辛くても停まってくれとは言わないだろう。
 無理をすることなどないというのに……。
 そう思っていても、私は先を急ぎたいがために、車を停めるのは給油と食糧の調達時のみだ。悪いとは思っているが、早く医者に診せたいという気持ちの方が勝っている。したがって、今は無理を承知で道のりを稼いでいる。
 それにしても、私はきちんと士郎の身体を鍛えることができたようだ。今、問題なく魔力が流れてきている。
 凛ほどの魔力量でないのは、やはり生まれ持った才能の違いであるため仕方がないが、現界するには十分な魔力を受け取ることができている。
 魔術にしても、私と同等の術を扱えるようになっているので、この先、協会の魔術師としても働くことはできるだろう。
 ……まあ、そんなことはしないだろうな、こいつは。
 また、理想を目指して歩み始めるのだ、きっと。
 そっと、士郎の頭を撫でる。額に手を置き、熱を確かめる。高熱を出したように熱くはないが、熱がないわけではない。
 まだ、微熱が続いている。
 本当であれば、喉を通りやすいものを食べさせてやりたいが、現状では難しい。どこかの街に着けば、宿をとって休ませようと決めている。
「それと、凛からの応答待ち、だな……」
 その内容如何によっては、すぐにロンドンへ飛ばなければならないかもしれない。その場合、どうやって旅客機に乗るか、だ。
 他人が近くにいると士郎は調子を崩す。私には大丈夫だが、どうにも周りに人がいるのが苦手なようだ。真っ青な顔をして私の腕に縋ってきたときには本当に驚いた。うれしくなったのも束の間、尋常ではない士郎の様子に泡を食ってしまった。
 どうしたのかと訊いてもはっきりした答えはなく、ただ、人がいるのがだめだったと、そんなようなことを言っていた。
 これは、守護者になったことによる弊害だろうか?
 確かに胸糞悪い使命ではあったが、士郎は私の記憶を見て、その内容を熟知しているはず。であれば、初見の衝撃というものは少し緩和されているはずだろうに……。
 話し合う必要がある。
 士郎とは、あの時のことも含めて、じっくりと話をしなければならない。
 なぜ、代わる、などと言ったのか。
 そして、私の代わりとなって、何をしていたのか。
 いや、やることは決まっているのだ、何をしていたか、ということではなく、士郎はどうやって守護者を続けたのか、と……。
作品名:サヨナラのウラガワ 8 作家名:さやけ