その先へ・・・6
(2)
目の前には見知らぬ男が立っていた。
「同志達の間で使われているノックの音を信用してしまったのよ」
と、後にガリーナは夫にしきりに反省をした。
応対に立ったガリーナの前の見知らぬ男はハンチング帽を目深に被り、左頬が赤く腫れあがっているのを隠す為か首にマフラーをぐるぐる巻いている。
男はガリーナを舐めるように見た後に、部屋の中をぐるりと見回すと、ふん!と鼻を鳴らした。
「フョードル・ズボフスキーの女房だな」
ガリーナは一歩後ずさった。
「……あの、あなたは?」
「あんたのダンナの古くからの同志だ。ここは支部の同志に聞いてきた」
「フョードルは出かけたっきり戻ってませんが」
「知ってる。さっきまで会っていたからな。ここへ来たのは、ちょっと顔を見て見たくてね」
「……?」
「ふん」
男の薄気味悪さもあり、ガリーナは更に後ろへ下がった。
「へぇ、あんたがねぇ」
薄笑いを浮かべ無遠慮な視線を向ける男。ガリーナは勇気を振り絞り、いくらか声を潜めて夫の同志だという男に応対した。
「あのご用は……?」
「想像していたのとずいぶんと違うな。マダム・コルフの店じゃ、ずいぶんな売れっ娘だったというからもっと妖艶な美女かと思っていたんだが。
ふ……ん。素人娘の様な従順な感じがそそるのかもしれんな」
ガリーナの顔色が瞬時に変わった。ほんの一年前までの不幸な現実が一気に胸に蘇り肌が粟立つ。
「どんな手管であの聖人づらした男を手なずけたんだ?ん?」
ゲスな言葉を吐く男をガリーナはキッと睨みつけた。
「どっ、どんなご用なんですかっ?面白おかしく興味本位だったなら、いくらフョードルの同志の人でもっ‥‥!」
「そんな事言うなよ。今日はちょっとばかしハラのたつ事があってムシャクシャしてるんだ。おれの相手をしろよ!お手のもんだろ?」
男はガリーナの肩にかかっているストールを剥ぎ取ろうとした。
「いやっ!やめて!!帰って!大きい声を出すわよ!」
男の手を跳ねのけようとしたが、その手を掴まれ力任せに引き寄せられてしまった。
「……っ!!」
「ふん!やってみなよ。人が集まって困るのはあんたじゃないか。ここにはいられなくなるぜぇ」
下卑た笑いをしてしつこくつかみかかる男の腕を必死に振りほどいていた時、奥の部屋のドアが勢いよく開いた。
ユリウスだった。