その先へ・・・6
卑怯にも逃げ出したルゥィだったが、遅れて後を追って来たイワンに遭遇し再び部屋へと引き戻された。
その姿を見たユリウスがアレクセイの腕の中で再び体を固くした。
「ふん!やっぱり女って生き物は魔物だな。あんな事言ってたクセに、そうやってオトコに抱かれてやがる。侯爵もそんな風にたらし込んだんだろ!」
「おまえっ……!」
イワンに腕を掴まれてはいたが、まだユリウスを口撃してくる。
怒りが再燃したユリウスはアレクセイの腕から逃れようともがき出した。けれどアレクセイはそれを許さない。
「離してアレクセイ!この男、あなたに対してひどい事を!ぼくだけならまだしも、あなたの事やガリーナを侮辱したんだっ!絶対に許すものかっ!!」
頬を染め、ムキになって怒るユリウスの姿は学生時代のままだ。
あの頃のユリウスも、自分の事よりも自分の大切な者に加えられた理不尽にひどく反発していた。
自分の気持ちを真っ直ぐに表し、どんなに不利で無茶な事にでも真っ直ぐに突き進んで行った。
傍で見ていたアレクセイ……クラウスにとってはハラハラとさせられてばかりだった。
今腕の中にいるのは、確かにアレクセイがよく知るユリウスだ。
激しくて、まっすぐ自分の気持ちを相手にぶつけてきて、自分が愛する者を何より大切にする熱い心の持ち主。
記憶を失ってしまった事実を突きつけられて、まるで人が変わってしまったように感じていたが、そうではない。
そうではなかったのだ!
あの頃から変わらない真っ直ぐな瞳と同じ。
あの頃と変わらない金色の髪や姿と同じ。
その心もあの頃と変わってはいない。
本当に何もかも変わってない。
おれが愛した‥‥おれのエウリディケだ!
アレクセイは腕の中でもがくユリウスをしっかりと抱きしめた。
「ユリウス、大丈夫だ!おれなら大丈夫だ!」
部屋の隅へとユリウスを抱きしめながら連れて行き、背中を撫でて落ち着かせようとした。
「だって、あの男あなたの同志なんだろう!?それなのに、それなのに……あなたを侮辱する事を……」
「知ってる」
「えっ?」
「あの男は、さっきおれにもそんな事を言ったからな。おれをどうしてもスパイにしたいらしい」
「アレクセイ!!どうしてそんな風に冷静でいられるの?あなたの事をあんなに口汚く……。それにガリーナの事だって……。あ…ガッ、ガリーナ!!」
床に倒れ込んだままのガリーナがユリウスの視界に入った。
「ガリーナ!!」
ユリウスはアレクセイの腕を振りほどき彼女のもとへと走り寄った。
「ガリーナ!ガリーナ!!大丈夫?」
「ユリウス。だ、大丈夫、大丈夫よ!」
「おなかはっ!?赤ちゃんはっ?」
「大丈夫、おなかは打ってないわ。ちょっとびっくりしたのと、アレクセイが来てくれて安心して力が抜けてしまったの」
「本当に?」
「ええ、大丈夫……。あなたが守ってくれたおかげだわ」
「良かった……。良かった……」
ガリーナを抱きしめユリウスはポロポロと涙をこぼし声を上げ泣きじゃくった。
イワンに羽交い絞めにされていたルウィも落ち着きを取り戻したようだ。アレクセイはイワンに放してやるよう告げ、ルウィの許に近寄った。そして彼の胸倉を掴み低い声できっぱりと言った
「あいつに何を言ったのか、なんて聞かなくてもわかるからあえて聞かんがな。あいつをモスクワへ連れて行くつもりだったんだろうが、そんな事はおれが絶対にさせん!」
コートのポケットからアルラウネの暗号文を出すとルウィの胸元に無造作に押し付けた。
「おまえのお探し物だ!確かにアルラウネの筆跡の暗号文だ。あいつの事も書いてある。モスクワに帰って報告すればいい。ただ、おれとユスーポフ侯爵が繋がっている証拠にはなり得ない」
ルウィは封筒をアレクセイの手からむしり取ると中を確認し、急いでコートのポケットに突っ込んだ。
「それを判断するのはモスクワの奴らだ。おれは事実を告げるのみだ。お前の事も、この女の事も」
するとルウィは思い出した様にニヤリと笑った。
「おもしろい情報を聞いたぜぇ。おまえのオンナ、記憶を失っているんだって?本当だか怪しいもんだ。女スパイがよく使う手じゃないか。ふん!もしかしてスパイはおまえじゃなくおまえのオンナなのかもしれな……」