その先へ・・・6
(4)
イワンがルウィを引っ張って出て行った後、アレクセイは大丈夫だと言い張るガリーナを無理やり寝室で休ませた。
「なにかあったら、ズボフスキーに申し訳ない」
有無を言わせないアレクセイの態度と言葉に、ガリーナは観念してベッドに横になった。
目元を腫らしたユリウスはアレクセイから少し離れて立ち尽くしている。ガリーナは彼女に優しく声をかけ、水を持ってきてくれるよう頼んだ。
ユリウスが寝室から出ていくのを確認すると、ガリーナは声を潜めてアレクセイに話し出した。
「しばらくユリウスの側にいてやって」
「……」
「あの人……ずっと震えていたわ。手もすごく冷たかった。びっくりするくらい気丈にふるまっていたけど……」
「……ああ、ずいぶんと無理していたな、あいつ」
「お願いね」
「心配しなくていい。……おれが……」
「……連れて帰る?」
「……」
いつもこんな事を言うと眉根を寄せて難しい顔をするアレクセイであったが、今日はどこか違う。
どんなにユリウスとの事を考える様に言っても、揶揄しても、これまではどこか一歩引いた様な態度をとっていたアレクセイ。
自分の心のほとんどを占めているくせに、決してそれを表に出さず知らぬ風を装っていた。
それが今はどうだろう。これまで見たことのない顔つきに彼の決意が見えた。
アレクセイの大きな進歩に、ガリーナは顔をほころばせた。
「アレクセイ、まぁ……もしかして……」
カチカチと食器が触れる音がしてユリウスがトレーに水さしを乗せて戻って来きた。ユリウスの白い頬はいっそう白く……青ざめてるようにさえ見える。
「ガリーナ、大丈夫?」
自分の事よりもガリーナの事を心配する様が、なんとも痛々しい。
アレクセイが慌ててユリウスからトレーを受け取りサイドテーブルの上へと置いた。触れた手はやはりとても冷たく、震えているようでもあった。
「大丈夫よ。なんともないわ。アレクセイが大袈裟なだけだわ」
笑って見せたガリーナがそのままアレクセイを見上げた。
そこには、愛する女性を真っ直ぐ見つめ、守ろうとする気概を持った逞しい男性の顔に変わったアレクセイがいた。
「本当に、フョードルがいないのが残念だわ」
こんな顔をしているアレクセイをぜひ見て欲しかった……と。
思わず漏れたガリーナの言葉に、アレクセイは急に照れ臭くなったのか、頬をわずかに赤らめた。
「ガッ、ガリーナ、おれたちは居間にいる。何かあったら呼んでくれ。……今日は本当に迷惑をかけてすまなかった。ヤツを列車に放り込んだらズボフスキーもすぐ戻るだろうから」
「ええ。ありがとう。アレクセイ、ユリウスの事お願いね」
アレクセイはガリーナに向けてしっかりとうなずき、ユリウスの肩を優しく抱いて寝室を後にした。