二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
自分らしく
自分らしく
novelistID. 65932
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

彼方から 幕間4 ~ エンナマルナへ ~

INDEX|3ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

 乱れた髪をそっと整えてやりながら、アゴルは背中をゆっくりと移動してゆく、エイジュの手の平を感じていた。
 ……少し、背中がむず痒く感じる――
 別に、会話を必要とはしていないのだが、必然的に流れてしまう沈黙に、やはり、気まずさを感じる。
 意味も無く、何度も娘を見やってしまう……

 ――どうする、アゴル……
 
 ジーナの言葉が脳裏を過る。

      『お父さん――急に、倒れちゃった……から……』

      『エイジュはね、寝ているだけだから大丈夫だって』
      
 つまり……
 倒れるように眠りに落ちた――と言うことだろう。

 ――エイジュの加勢で安堵したとはいえ
 ――まさか、眠ってしまうとは……

 重臣方を護りながらのグゼナからの逃避行……かなり気を張っていたことは確かだ。
 特に野営時の夜の見張りでは、皆よりも長く、その責に就いた。
 傭兵時代……そんなことは多々あった。
 だから、他の面々よりも慣れているはずだ――
 そう、自負していたのだが……

 ――自分で感じる以上に
 ――心も体も、疲労を抱えていた、いうことか……

 エイジュと言う申し分のない戦力が加わったことで、張っていた気が緩み、体が勝手に休息に入ってしまったのが良い証拠だ。
 バーナダムや左大公の息子たちの言葉が、皆の心遣いが身に沁みる。
 同時に、己が情けなくも思えるのだが……

 一つ――
 気になることがある。
 眠ってしまった自分を、誰がどうやって運んでくれたのか……だ。

 何しろ、『倒れた時』の『記憶』が、判然としない。
 彼女に何か、言葉を掛けられたような気がするのに、全く、思い出せない……
 その直前まで、エイジュと話をしていたのだから、彼女に訊けば応えてくれるのだろうが……
 少し、憚られる。
 理由は、分かっている。
 護衛をする為に来たと言ってくれた、エイジュに対する自身の態度と言葉を、殊の外、良く覚えているからだ。
 勿論、その時の彼女の言葉と態度も…………

 互いに、己の意志に基き言い合っただけなのだから、謝ることではないと思えはするが……
 あそこまで、ムキになって言い合うことも無かったように思う。
 それだけ……精神的に余裕がなかっただけなのか、或いは……
 彼女のあんな『一面』を、見たくなかっただけなのか――

 ――何にしても
 ――器の小さい男だな……

 ――おれは

 思わず、自虐の言葉が頭に浮かぶ。
 こちらが気に留めるほどには、エイジュ自身、気に掛けてなどいないかもしれないと思いつつ…… 
 一つ、訊ねたいことが思い付くと、『あれもこれも』と、訊ねたいことが山ほど出てくる。
 それを今、訊いて良いものかどうかという『迷い』と、『躊躇い』から――
 アゴルはどうしても、口を開けずにいた。

          ***

「――グゼナの兵なら、心配はいらないわ……」
「――え?」
 右手の動きを止めることなく、エイジュが不意に、静かに……口を開く。
「今はまだ、あたしの氷槍で囲われたままでしょうけれど……それも、陽が昇ればいずれ、溶けてしまうでしょうから――」
「……エイジュ」
 怪訝そうな声音を返してくるアゴルに、
「あたしに、色々と問いたいことがあるのでしょう?」
 エイジュはそう、続ける。
 その言葉に暫し、黙した後……
「ああ、そう言えば……あんたは人の『気』が、読めるんだったな――」
 野営の夜のことを思い出し、そう得心する。
「ええ……まぁ……」
 肩越しに見えるエイジュの顔に、微かに笑みが浮かんだ様な気がして、
「…………応えてくれるのか?」
 アゴルはそう、確かめていた。
「今、応えられることだけで良ければ――」
「そうか……」
 それでも、『応えてもらえる』のなら、それで良かった。
 
「この馬車とあの馬は、グゼナ軍のものか?」
「そうよ」
 悪びれた風も無く即答され、アゴルは少し眉を潜める。
「元々、『あなた達』を運ぶために用意されていた物なのだし、ちゃんと目的通りに『あなた達』が使っているのだから、文句を言われる筋合いではないと思うのだけれど?」
 続けて重ねられた彼女の言葉に、
「なるほど……」
 アゴルは頷きながら、
「おれ達はザーゴ国から手配されているだろうし、その手配書も、グゼナに回っているだろうしな……それに、グゼナ国から手配されている二人の大臣も居る。捕えたら、城まで運ぶ『物』が必要なわけだ……その『生死に』係わらず――」
 溜め息を吐いた。
「……その通りよ」
 彼女の声に、密かな冷たさを感じる。
 エイジュの、仄青い光に包まれている自分の手を見やりながら、
「あれは、本心なのか……?」
 アゴルはそう、訊ねていた。
「何が、かしら……」
「――――『二者択一』の話だ」
「悪いけれどあたしは、本心よ」
 彼女の返しに一切の淀みは無く、背に当てられている手の動きもまた……同じだった。
 迷いのない応えに、言葉が継げなくなる。
 また、沈黙が流れ始める。
 その沈黙に耐え切れず、アゴルが何かを言おうとした時……

「けれどあの時、左大公方がああ言ってくれたのは……」

 先に口を開いたのはエイジュだった。
 アゴルの反応を待つかのように、一呼吸置き……
「戦う術を持たない、重臣方やゼーナ達がああ言ってくれたのは、あなたとあたしの言い合いを止める目的が半分――残りの半分は、そのくらいの覚悟が必要だと……自分に言い聞かせる為のようなものね」
 そう、言葉を続ける。
「……あんたも、そう思うのか」
「ええ」
 背中の中ほどにまで進んだ、彼女の右の手の平……
「だろうな……」
 その動きを感覚だけで追いながら、アゴルは一つ、息を吐いた。

「だから……いざ、本当にそういう場面に出くわした時――相手の命を奪わなければ、『誰か』の、もしくは自身の命が守れない……そうなった時……」
 エイジュは、アゴルの吐息を耳に留めながら、
「そんな時でも、彼らは恐らく躊躇うでしょうね――相手の命を奪うことを……」
 半ば確信したように、言い切っていた。
「みんなで決めたと言う、その『決め事』を守る為と言うのもあるでしょうけれど、何より、他の人を慮ることの出来る人ばかりですものね……それが、敵であろうと、味方であろうと――」
 続けて紡がれたエイジュの言葉に、
「……何か――」
 ふと、笑みが零れる。
「『そんな覚悟も度胸も無い癖に、考えが甘すぎる』と、言われている気がするな」
 それは、苦笑であり、自嘲であり……嫌味でもある――複雑で形容し難い、笑みだった。
 彼の笑みの意を掬い取ったのか、
「そうね、否定はしないわ」
 ふっ……と、息が抜けたような微かな笑みを浮かべるエイジュ。
「『戦士』である、あなた達を除いて――の、話しだけれどね……」
 何かを促すかのように、語彙に意図を含ませ、彼女は静かに瞳を伏せていた。

「そうか……」
 荒れ地の怪物に剣を向け、共に闘った面々の顔が浮かぶ。
 彼女の口から出た言葉に、改めて自覚する。
「おれ達は、『戦士』なんだな」
 その言葉が、何を意味するのか。
 どんな役割を、担っているのかを――