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自分らしく
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彼方から 幕間4 ~ エンナマルナへ ~

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    ―― 出来ることを出来る時に
       出来る者がやる ――

 彼女の受け売りだと言う、バラゴの台詞が、脳裏に蘇る。
「……『戦士』として出来ること――か……」
 自身に問うかのように、呟く。
 その『出来ること』を、戦士以外の人間にやらせてはならないと……
 そんな場面を作ってはならないと、そう思う。

「だからこそ、あたしが、来たのよ……」

 まるで、思考を『正確』に、読み取ったかのようなエイジュの台詞に、アゴルは思わず肩越しに、振り向いていた。
 いつの間にか、右手の動きが止まっている。
「はい、終わったわ……あなたも少し疲れがあるけれど、主に、睡眠不足のせいね」
 そう言いながら、軽く、背を叩いてくる。
「エイジュ、今の……」
 『台詞はどういう意味だ』と、訊ねようとした時だった……
 彼女はそれを嫌うかのように顔を背け、
「あなた、何か口にしたのかしら?」
 書誌を開きながら、アゴルの言葉を遮るように、そう、問い掛けていた。
「え? ……あぁ、そう言えば水を飲んだぐらい――」
 問われて気付いた途端……

       ぐぅーー……きゅるきゅるきゅる……

 と、腹の虫が鳴く。
 その、あまりのタイミングの良さに……
 思わず眼が合い、口元が綻んでゆく。
「とりあえず、食事を摂らないといけないわね……」
 クックッ……と、笑いを堪えながら、
「済んだら、出発しましょう」
 書誌に眼を落とし、ペンを奔らせ、
「……エンナマルナへ向けて――ね」
 笑い終えた溜め息と共に、エイジュは目的地の名を口にしていた。

「――ああ……」
 彼女の声音から微かに、『懸念』が伝わってくる。
 はぐらかされてしまった『問い』を飲み込み、寝ているジーナをそっと抱きかかえる。
 書紙の上を奔るペンの音を背中で聞きながら、アゴルは馬車の外へと向かっていた……

          *************

 空が、白み始めた。
 猫の子一匹、通る隙間も無いほどに突き立つ、数え切れぬほどの氷の槍――
 輝き始めた地平線の光を弾く氷の槍は、とても美しく、見惚れてしまうほどだ。
 だが、その槍に囲われているグゼナの兵たちに、そんな余裕はなかった。
 氷槍の合間から吹き込む風が、彼らの体温を容赦なく奪ってゆく。
 互いに体を寄せ合い、絶え間なく擦っていなければ凍えてしまいそうなほど、槍の周囲の空気は冷やされている。
 ゆっくりと昇る陽の光が、とても暖かい。
 毎日、何気なく浴びている陽光が、こんなにも有り難いと思ったのは初めてのことだ。
 次第に姿を現す朝陽を睨みつけ、

 ――くそ……
 ――あの女め……

 寒さに震える体を擦りながら、兵隊長と思しき男は、つい、数時前のことを思い返していた。

 怪物どもの巣食う地へと、二国の重臣三人とそれに与する者たちを追い込んだと言うのに……
 突如として現れた得体の知れぬ女の能力者に、その怪物どもは、いとも容易く倒されていた。
 …………凄まじい能力だった。
 たった一人で、しかも女が、叩けばすぐにでも折れてしまいそうなほどに細い氷の槍で、幾体も居た砂蟲の胴体を全て貫き、凍りつかせ、塵と化していた……
 そんな様を目の当たりにして、戦おうなどと言う気が、起きようはずもなかった。
 何の能力も持たぬ、数だけが頼みのただの人間が、仮にも兵士とは言え、そんな女に勝てる道理などないのだから……
 ここは逃げに徹し、あの能力者の女に勝てる人間を――
 殺し屋でも傭兵でも良い、あの女よりも強い能力者を、新たな追手として差し向けるしかない。
 そう思い、撤退し始めたと言うのに……
 
 ……あっという間に追いつかれ、この様だ。
 足止めを食らった上に、馬や馬車、物資までもが奪われた。
 陽が昇れば、いずれこの氷の槍も溶けるだろうとは、言われたが……
 ……それが何時のことになるのか、見当など付かない。
 いくら、勝てる道理の無い相手にやられたこととは言え、このような様……悔しくないわけがない。
 何とか一矢、報いたい――!
 こうしている間にも、奴らとの距離は離れていく一方だと言うのに……
 手も足も出ない状態に、兵隊長は奥歯を噛み締め、煌めく氷の槍を睨みつけていた。

          ***

 陽が、中天に懸かろうとしている。
 確かに、氷の槍は溶け始めてはいるが……
 この槍に貫かれた砂蟲の最期を見ているせいか、とても、直接触れる気にはなれない。
 だが、思い切り剣で切りつけようとも、氷槍は甲高い音を立てるだけで、折れる気配は一向に感じられない。
 このまま完全に溶け切るのを、手を拱いて待つしかないのか……
 そう、グゼナの兵たちが嘆息していた時だった。

「何だ? これは……ずいぶんと豪華な牢屋だな」
 
 国境のある方角から、そんな、嘲るような声が、数頭の馬の足音と共に聞こえてきたのは……

          *************

「アゴル、おまえ、何も覚えてねぇんだろ」
「は? いきなり何だ?」
 影が、東へと伸び始めた頃。
 先頭を進むアゴルに、バラゴが不意にそう、話し掛けて来た。
 馬車が進み易いように、荒れ地を選びながらエンナマルナを目指す一行――
 その先頭に立ち、辺りに気を配りながら馬を進めるアゴルにわざわざ近寄り、バラゴは声を掛けて来たのだ。
 馬の歩調を合わせ、後方を見やりながら、
「倒れた時のことだよ」
 そう続ける。
 同じように後方を見やった後、怪訝そうな眼を向けてくるアゴルに、
「おまえ起きた時、おれに訊いただろ? あれからどうなった? ってよ」
 突き出すように顔を寄せながら、更に言葉を重ねた。
「え? ああ……」
 やっと、合点がいったかのように頷くアゴル。
「だからまぁ、教えといてやろうかと、思ってよ」
 バラゴは額を掻きながら、少し声を潜めて、話し始めた。

          ***

「おまえ、ジーナを抱いたまま急に倒れちまってよぉ……」
「ああ、らしいな……エイジュに診てもらっている時、ジーナにもそう言われた」
「みんな慌てて、倒れるおまえを受け留めようと駆け寄ったんだぜ?」
「済まなかったな……微かに覚えてはいるんだが……」
 本当に、『微か』だった。
 何度も名前を呼ばれ、声を掛けられた……
 その辺りは朧気だが、意識に残っている。
「ジーナが凄ぇ、泣きじゃくってな……」
「……そうか」
 覚えているのは、『お父さん!』という、悲鳴に近い様な声だけだ。
 だが、バラゴの言う通りだったのだろうことは、容易に想像がつく。
「とりあえず、おまえを一旦馬車まで運ぼうって話になってよ、ジーナを離そうとしたんだけど、おまえの首にしっかりしがみ付いてなぁ」
 額を掻きながら、その時のことを思い返したのか、バラゴは小さく、溜め息を吐く。
「ガーヤとゼーナが、大丈夫だからって、何とか宥めて落ち着かせようとしたんだけどよぉ……思い切り首を横に振って、ぜってぇ離そうとしねぇんだよ」
「そうか……」
 その光景が、眼に浮かぶようだった。
 バラゴの話に、アゴルは後方の馬車を見やる。