彼方から 幕間4 ~ エンナマルナへ ~
ゼーナ達と共に居る娘を想い、自責の念に、深い溜め息を吐く。
無意識に、手綱を握る手に力が籠る。
「…………」
その手に眼を向け、何やら思案するかのようにまた、バラゴは自身の額を掻くと、
「……でよ、仕方ねぇから、おまえとジーナを一緒に『エイジュ』が、馬車まで運んだんだよ……」
『エイジュ』の部分だけ強調するかのように、言葉を続けていた。
「は……?」
『聞き間違いか?』とでも言いたげな眼を向け、思い切り眉を潜めるアゴル。
バラゴは、その瞳に首を振りながら、
「エイジュだよ、エイジュが『一人で』、おまえら親子二人を『一緒に』抱きかかえて、馬車まであっという間に……運んじまったんだよ」
もう一度、分かり易いように言葉を加え、アゴルの懸念に応えていた。
「……おれと、ジーナを――か?」
「……おう」
惚けたように、半ば口を開いたまま、問い返すアゴル。
「彼女が……一人で、か?」
「おう、軽々と持ち上げてたぜ? 重さなんか無ぇみてぇによ」
『信じ難い』という口振りで、再度問い直してくるアゴルに、バラゴは身振りまで加えて応えている。
男性が、女性を『両手で』抱き上げる時の様な仕草を、して見せて……
「…………本当か――」
「おう……マジだ」
バラゴの仕草に、アゴルは自身の顔を覆うように額に手を当て、俯いてゆく。
「――お、おれって奴は……」
消え入るような自己嫌悪の呟きに、
「ま……『不可抗力』ってやつだ――気にするな……」
バラゴはただの気休めにしかならない言葉を、アゴルに掛けていた。
*************
「ちょっと……訊いてもいいかい?」
馬車の後方、殿(しんがり)を務めるエイジュに、ガーヤが馬を寄せてくる。
「……何かしら――」
周囲は、見渡す限りの荒野と砂地……
怪物や、追手がいたとしても、身を隠す場など全くないように見えるが、それでもエイジュは警戒を怠らない。
常に、辺りに視線を巡らせる彼女に倣うかのように、ガーヤも辺りを見回しながら――
「昨夜、バラゴに『役割』のことを訊かれて、あたし達を『護衛』することだって、言ってたよね?」
ごく自然に、何気ない一言を言うかのように、問い掛けていた。
巡らせていた視線を僅かに止めて、
「ええ……それが?」
エイジュは瞳だけを動かし、彼女を見やる。
「ちょいとね、不思議に思ったのさ……」
ガーヤも同じように、エイジュと視線を交わしながら、
「今のこのご時勢で、一体どこの誰が、そんな気の利いたことをあんたに『依頼』したのか……ってね」
疑念を、口にしていた。
互いに、眼を見合ったまま――
馬の足音だけが、耳朶を捉える。
やや暫くして……
「……応えなければ、いけないのかしら」
左手の指先を胸に添えながら小首を傾げ、少し困ったように眉を潜めて……問い返すエイジュ。
「…………いや」
軽く、首を振り、
「『応えられない』って言うんなら、無理にとは、言わないよ」
柔らかな笑みと共に、ガーヤはそう返していた。
少し、間を置いた後……
「実はね、これまでの道中でさ、アゴルが色々と話してくれたんだよ……」
ガーヤは先頭を行くアゴルを指差しながら、
「もう、隠す必要もないからってさ、自分がリェンカの傭兵だったことや、ラチェフって人の命令で、【目覚め】の手掛かりを得る為に、イザークのことをカルコの町まで調べに行ったこと……その町で、あんたのことも耳にしたって話しをさ……」
世間話でもするかのように、口を開く。
本当に何気ない、『日常の会話』のような口振りとは裏腹な内容に、
「そう……」
更に困ったように眉根を寄せ、言葉を返すエイジュ。
彼女の困惑を知ってか知らずか……
「その話しをアゴルがしてくれた時さ、えらく怒った男がいてねェ……」
ガーヤは口元を緩め、態と、勿体を付けるように話しを続ける。
その口振りについ、彼女に顔を向けると、
「誰だと思う?」
と、覗き込むように顔を寄せ、ガーヤは満面の笑みでそう訊ねて来た。
思わず、笑いが漏れる。
態と明るく、そうしてくれているのだろうと思う。
昨日の『一件』もある――
気に掛けて……くれているのだろう……
それ程の余裕が、彼らにだってある訳ではないだろうに。
それでも、他の者を気遣う彼らの心の豊かさ、広さに、思う……
――あたしも少し……
――気負いがあったということね
その『気負い』が、昨日のアゴルとの一件に、繋がってしまったのだろうと……
「そうねぇ……」
その『気遣い』に応えるように、
「きっと、彼ね」
と、金色の巻き毛を靡かせているバーナダムを指差し、エイジュはいつもの小首を傾げた笑みを見せていた。
エイジュの笑みに、
「流石だね、当たりだよ」
ガーヤも少しホッとした笑みを見せながら、
「いや、もう、ホントに、大変だったんだよ。バーナダムときたら、まだ話の途中だってのに、アゴルに掴み掛りそうになってさァ! あたしとバラゴ、ロンタルナ様やコーリキ様も一緒に四人で、ほとんど羽交い絞めに近い状態であの子を止めたんだよ……それからさぁ――……」
にこやかに、嬉しそうに……
身振り手振りまで加えて、如何に大騒ぎで如何に大変だったのかを、事細かに説明してくれる。
「そう、それは大変だったわね」
「彼らしいわ」
「そうなの?」
「それから?」
ガーヤは面白可笑しく、笑いを交えながら、グゼナの大臣二人を捜し出し、ドニヤ国に至るまでの……
エイジュと再会するまでの道のりの出来事を、『笑顔』で語ってくれる。
彼女の尽きない語りに耳を傾け、時折相槌を打ちながら、エイジュは胸の内が温まるのを感じていた。
***
東へと伸びる影が、また少し、長くなっている。
これまでの皆の『武勇伝』を一通り話し終え、ガーヤは深く、溜め息を吐いていた。
砂混じりの乾いた風が、西から吹き抜けてゆく。
傾いてゆく陽を、眼を細めて見やりながら、
「これも……アゴルが言っていたことなんだけど――ね……」
ガーヤは再び、言葉を紡ぎ始めた。
今度は、エイジュの方を見ることなく、
「あんたはあの二人のこと、最初から知ってたんじゃないかって……」
まるで独り言のように、
「――イザークとノリコが【天上鬼】と【目覚め】だってことを知ってて、カルコの町と、白霧の森に……現れたんじゃないのかってさ……」
エイジュの『応え』を、期待している風でもなく、
「……だとしたら」
訥々と――言葉を選びながら、
「アイビスクの臣官長の依頼を受けてって話も、本当は違うんじゃないかって、ね……」
遠くを見るかのように、先頭を行くアゴルにもう一度、瞳を向けていた。
釣られるように、エイジュもアゴルの背を見やる。
揺れる金色の髪が、陽の光を受け、眩しい。
「出会った最初の頃、あんたも自分と同じく、どこかの国のスパイなんじゃないかって、疑っていたとも言っていたねェ……【天上鬼】と【目覚め】を捜し出す為の……さ」
「そう……」
作品名:彼方から 幕間4 ~ エンナマルナへ ~ 作家名:自分らしく