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自分らしく
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彼方から 幕間4 ~ エンナマルナへ ~

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 その眩しさに眼を細め、エイジュは息を吐くように言葉を返していた。

 ――今でも
 ――そう……疑っているのかしら……

 ふと、思う。
 だとしても、それは致し方のないことだとは思えるのだが……
 些かばかりの寂しさを、覚える。

「ま、今はもう、疑ってやしないと、思うけどね」
「……ガーヤ――」
 そんな心中を察するようにくれた、ガーヤの言葉が有難く……
 エイジュも彼女の気遣いに応えるように、頷きを返していた。

 僅かだが、空気が湿り気を帯びてきているように思える。
 砂を巻き上げて吹き抜けてゆく風も、昼間とは、温度が違う。
 彼女の頷きに口元を緩めた後――
「それからこれは……」
 ガーヤは、微かに染まり始めた西の空を見やりながら、
「アゴルの話しを踏まえての、あたしの勝手な憶測なんだけどね……」
 一つ、断りを入れてきた。
「昨夜の話を聞いてさ、思ったんだよ……白霧の森の時ももしかしたら、今回と同じ役割を、あんたは『与えられていた』んじゃないのかってね」
 先刻と何ら変わりのない口調で、
「あたし達を『護衛』するっていう、役割をさ……」
 ガーヤは自身の『憶測』を並べてゆく。
 彼女の語りを、耳朶で捉えながらゆっくりと、左手の指先を胸元へと、添えてゆく……
「アイビスクの臣官長の依頼って話も、嘘じゃないんだろうけど……でもきっと、『本当の』理由じゃないんだろう?」
 傾いた陽を受け、陰影が際立ち、まるで彫像のような印象を受けるエイジュの横顔。
 その、美しい横顔を見やりながら、
「きっと理由があったんだろうけどさ……『臣官長の依頼』ってのを隠れ蓑にして、『猫を被ってた』んじゃないのかい?」
 ガーヤは彼女が黙したままなのを良いことに、言葉を連ねてゆく。
「白霧の森の時のあんたと、今のあんた……少し、様子が違うように感じるのは、そのせいじゃないかと、あたしは思うんだよ」
 畳み掛けるように、
「今のあんたが……冷たくて、厳しく思えるような判断を即座に出来る今のあんたが――本当のあんたなんじゃないかってさ……思えるんだよ……」
 返す言葉を考える暇を与えぬかのように……
「だからって言っちゃなんだけど――」
 けれども穏やかに、優しく……
「あんたが『何者』で、『誰の』命令で本当は動いているのか、訊けるなら――訊きたいと思ったのさ……」
 ガーヤは想いを籠めた言葉を、エイジュに投げ掛けてゆく。
「でもね、『応え』がどうであれ」
 いつもの大らかで温かい笑みを、
「『あんた』があたし達の味方で、『仲間』だってことに、違いはないけれどね」
 満面の笑みを、浮かべて……

          ***
 
 彼女の言葉に、その笑顔に……無意識に、口元が綻んでゆく。
 たとえ『何者』であろうと『信頼』を置くと――ガーヤがそう言ってくれていることが、とても嬉しく……
 同時に、とても心苦しい。
 胸に添えた指先が、微かに震える。 
 今はまだ、『何もかも』を話す訳にはいかない。
 まだ、その『時期』ではないと……『あちら側』が伝えてくる。
 ガーヤの話しを、肯定することも否定することも出来ない。
 それでも、何か一言で良いから……
 どうしても伝えたくて、伝えなければいけない様な気がして……

「今、一つだけ言えることは……」

 エイジュは、胸に痛みを感じながら――

「『本当のあたし』は、『渡り戦士』などではない……と言うことだけよ」

 眉を潜めた哀し気な笑みを、ガーヤに向けていた。

          ***

「そうかい……」
 初めて見る、表情だった。
「『今は』……それだけなんだね」
 自分だけではなく、他の誰かにも見せているのかもしれないが……
「いいよ、あんたが『何もかも』話せるその時を、待つことにするよ」
 今まで、見せたことのない表情を見せてくれたことが、ガーヤは少し、嬉しかった。

 怒ったり笑ったり……
 行動を共にしている間、確かに彼女のそのような様を見てはいたが――
 どこか、空々しさを感じていた。
 薄い……だが、壊すことの出来ない堅い『壁』のようなものを、彼女の言動に感じていたのだ。
 こちらに決して、踏み込んでは来ない……逆に、踏み込ませもしない。
 そんな『壁』を……

 今、眼にした彼女の表情と耳にした言葉から……
 もしかしたらその『壁』は、エイジュ自身が意図して作っているものではないのかもしれない――と思う。
 自分の憶測が正しいのであれば、彼女に命を出している『誰か』の意図により、そうせざるを得ないだけなのではないかと……

 ――『本当のあたし』、か……

 その言葉は、彼女の本心だと思える。
 自己を偽らなければならない、今の状況を、快くは思っていないのだろう。
 『今は』そうするしかないと、思っていても……

 薄く、色づき始めた西の空を見やる。
 手紙を置いて、行ってしまった二人を……
 イザークとノリコの姿を脳裏に浮かべながら、ガーヤは、もう口を開こうとしなくなったエイジュを、横目で盗み見ていた。
 
 ――恐らく
 ――あたしとアゴルの憶測は
 ――間違っちゃいないんだろうね……

 そう、確信する。
 だとするならば尚更……
 一体どこの誰が、何の目的で、エイジュに護衛の任を与えたのか――
 不思議に思えてならない。
 絶妙と……そう言っても過言ではないタイミングで、彼女を差し向けた『人物』が……一体……どこの、『誰』なのか……

          *************
 
 空に棚引く雲がやがて茜色を帯び始め、色は時と共に移り変わり、影は濃く、長く、地面に落ちてゆく。
 東の空は既に暗く星が瞬きを始め、細く、今にも折れてしまいそうな上弦の月が、姿を現している。
 ドニヤとの国境近くにある、小さな町……
 行商人が多く行き交い、宿に身を留める者たちも、商人と思しき者が多い。
 とある『集団』を除いて――
 
 明らかに、その他の者とは風体が違っていた。
 剣を携帯していることもそうだが、身に纏う雰囲気、そのものが違う。
 宿の酒場に集う者たちも、その空気を感じ取っているのだろう。
 息を潜め、『集団』の一挙手一投足に、気を置いていた。

 『集団』は、全部で五人。
 上背のある、体格の良い男を中心に、他、四人で、テーブルを囲んでいる。
 『普通』の人たちと同じように、酒や食べ物を口に運びながら、仲間内で談笑をしているように見受けられるが……
 さりげなく場に奔らせている視線は冷たく冴え、他の客の身を、竦ませている。 
「いいんですかぁ? 頭ぁ……こんなところでのんびりしてても」
 微かな怯えを見せる客たちの様相を見回しながら、一人の男が愉悦に、口の端を歪ませている。
 男は、椅子の背凭れに片腕を引っ掛け、酒を煽る大柄な男に眼を向け、
「奴ら……エンナマルナに着いちまうんじゃないですかぁ?」
 そう言いながら、器の酒を一気に煽っていた。
 『頭』と呼ばれた大柄な男は、椅子の背凭れに引っ掛けていた腕を外し、
「いいんだよ」
 そう言いながら、空になった酒の器をテーブルに置く。
 すかさず別の手下が、器へ酒を注いでゆく。