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自分らしく
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彼方から 幕間4 ~ エンナマルナへ ~

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「けど……なぁ」
 自分たちが『頭』と呼ぶ、大柄な男の余裕のある言葉と態度に、手下たちは少し不安気に、互いに見合いながら頷き合う。
 頭のすぐ隣に付いた手下が、酒瓶をテーブルに置きながら、
「そうでなくても、あいつらを狙っている他の連中に、先を越されちまいませんかい?」
 愚痴を零すかのように訊ねてくる。
 途端に……
「はーっ、はっはっ………」
 連中の頭は、背凭れに体を預け思い切り仰け反らせると、大声で笑い始めた。
 『何事か』と、酒場が騒然となる。
 手下の男たちも、何がそんなに可笑しいのかと、頭の反応を、怪訝そうに見やるばかりだ。
 頭は、暫し笑い惚けた後、ゆっくりと体を戻し、
「安心しろ、それは無ぇ」
 不敵な笑みを顔に張り付かせたまま、自信たっぷりにそう言い切っていた。
「なんでそんな事、言い切れるんですかい?」
 手下たちは不満げに、そして怪訝そうに訊ね返す。
 自分たちの狙っていた『獲物』を、横取りされることほど腹の立つことはない。
 その『獲物』に、『賞金』が懸けられているのならば、尚の事だ。
 金額が高ければ高いほど、競争相手も増えるというもの……何しろこの世界は、『早い者勝ち』なのだから。
 そんな事、『賞金稼ぎ』なら当然、肝に銘じているはず。
 にも拘らず、焦りもせずに悠長に事を構え、しかも、先んじられる事すら案じていない……
 頭とは言え、考えが甘いのではと、手下ながらに思えてしまう。
「お前ら、グゼナの兵士たちの話し、覚えてねぇのか?」
「そりゃ……覚えてますが――」
 眉を潜めた顔を並べ、口をへの字に曲げている手下たちに、頭はそう言って、思い出すよう促す。
「けど……ホントかどうか、怪しいもんですぜ?」
「能力者とは言えたった一人で――しかも女が」
「あれだけの人数の兵士を足止めしたなんて……」
 四人の手下たちは互いにそう言い合いながら、顔を見合わせ、更に顔を顰めてゆく。
 あーだこーだと、言葉を並べ立てるだけの手下たちに、
「おれは信じるがな」
 頭は一言そう言い、酒を飲み干していた。
 開いていた口を閉じ、手下たちは頭を見やる。
 怪訝そうな光の消えぬ、彼らの眼を見回し、
「考えてもみろ……」
 器を置き、テーブルを指で弾きながら、
「仮に、兵士達の話しが、大袈裟なものだったとしてもだ、あいつらを囲っていた氷の槍――足で蹴ろうと剣で叩こうと、どれ一つ、折れやしなかっただろうが」
 頭はそう、言葉を続けていた。 
「まぁ、確かに……」
 手下たちは、頭の言葉に腕を組んだり、頭を掻いたりしながら、ほんの数時前の出来事を思い返していた。

          ***
 
 陽が、中天に懸かる頃だった。
 陽の光を弾き、煌めく氷の槍で囲われた、グゼナの兵士たちを見つけたのは。

 明らかに、『能力者』の手に因って作られたものだ。
 陽に照らされ、溶け始めてはいたが、足で蹴ろうと剣で切りつけようと、折れることはなかった。
 賞金首を追い駆け、急いでいると言うのに、頭は、その氷の槍に興味を持ったのか、一体どこの誰にやられたのか、兵士たちに訊き始めた。
 彼らの話は、俄かには信じ難いものだったが……
 耳寄りな情報でもあった。
 彼らの追っていた連中は、こちらが狙っていた『獲物』でもあったからだ。

 話から、一行の構成が分かった。
 一行の目的地についても、おおよその見当がついた。
 戦士が何人いて、戦えない者が何人いるのか、知ることも出来た。
 そこまでは、貴重な情報だった。
 その後……砂蟲の棲み処となっている砂地に一行を追い込んだ後――
 いきなり加勢に現れた女の能力者の話は、眉を潜めざるを得なかった。
 何しろ、砂蟲を凍り付かせたという現場には、何一つ、証拠となるようなものは残されていなかったからだ。
 唯一、一行が乗っていたのであろう、幌の破れた馬車が置き去りにされていたくらいだ。
 グゼナの兵士たちが、砂地に一行を追い込んだことは確かなのだろうが、加勢に現れたという女の能力者の話には、首を捻るしかなかった。
 だが、兵士たちを囲っている氷の槍は、確かに今眼の前に、存在している。
 話が本当ならば、直接触れることは、しない方が良いように思える。

 何とかしてくれと、グゼナの兵に助けを求められたが、どの道、このまま放って置いても、いずれ槍は溶けてなくなる。
 そうすれば、兵士たちも出られるようになるのだから、こんな連中は無視してさっさと賞金首を追いましょうと進言したのだが、頭は首を縦には振らなかった。
 ドニヤの北に広がる荒野は広い。
 賞金首の一行とは、かなり距離を置かれたようだ。
 こちらには占者などいないのだから、闇雲に捜したところで、見つかる訳もない。
 それに、砂蟲のような怪物に遭遇でもしたら、それこそ足止めを食い、追い付くことなど不可能だ。
 まぁ、焦ることはない……行先の見当はついているんだ。
 頭はそう言って笑みを浮かべると、兵隊長らしき男に、何故か取り引きを持ちかけ始めた。
 この槍を何とかしてやるから……と。

 触れることも出来ず、切り付けても蹴っても折れない槍を、どうやって『何とかしよう』と言うのだろうか……
 その場に居る全員がそう思いながら、頭の示す取り引きの『内容』に、耳を傾けていた。

          ***
 
 再び、なみなみと器に注がれた酒を、一気に飲み干し、 
「あんな氷の槍を作れる能力者が同行していやがるんだ、どんな賞金稼ぎが来ようと、返り討ちだろうよ……おれ様以外はな」
 頭は鼻先で笑い捨てる。
「けど、エンナマルナに逃げ込まれちゃあ、厄介ですぜ?」
「そうですよ、頭ぁ」
 自分たちが『頭』と呼ぶ男の、その強さを……疑ってはいないのだろう。
 『おれ様以外はな』と言う言葉に、否を唱える者はいない。
 だが、それでも、ここでこうして動かずにいるということ自体にどうしても、焦燥や不安が消えないのだろう。
 手下たちは躊躇いがちに、だが尚も、『頭』に動くことを促そうとする。
「お前ら……何の為にグゼナの兵と取引したと思ってるんだ?」
 『頭』は、手下たちの小物ぶりに、呆れたように溜め息を吐きながらそう言い、少し、酒で座った眼で四人を見回す。
 苛つきの籠った眼で見据えられ、少々身を竦めながら、
「その取引のことですけど……あの兵士達、ホントに守りますかねぇ――約束……」
 手下の一人が、眉を潜めながらそう呟いていた。
「おれ達のこと、たかが『賞金稼ぎ』と思って、反故にしやしませんかねぇ」
 他の三人と目を合わせながら、更に言葉を続ける。
「ま、心配になるのも無理はねぇが……」
 頭は空になった器に酒を注ぐよう、催促するように持ち上げ、
「奴らも面子ってもんがあるだろうからな、相手が能力者だったとは言え、国の兵士が纏めて、しかも女一人にやられましたじゃ、恥ずかしくて報告なんて出来やしねぇだろう……それに、あの一行をこのまま見す見す、取り逃がすわけにも行かねぇだろうし――だから必ず『持ってくる』と、おれは踏んでるがな」
 注がれる酒を睨みつけるようにしながら、確信したような笑みと言葉を並べていた。