彼方から 幕間4 ~ エンナマルナへ ~
皆から矢継ぎ早に浴びせられる問いに、ゼーナは即座に簡潔に、応えていた。
薪の爆ぜる音が、時折耳朶を捉える。
占いの結果を聞き終えた皆の間に、静寂が漂う――
……不意に、
「――避けることは、出来ないのだね?」
確認を取るかのように訊ねた後、ジェイダはその瞳をゼーナに向けていた。
視線を交わし、黙って首を横に振り、
「目的地が変わらない以上、それは無いでしょう」
ゼーナは確信をもってそう、応える。
揺らぐことのない光を湛えた彼女の瞳から、ジェイダは自身の眼を逸らすと、
「エンナマルナ以外の目的地は、我々には無い……」
俯き、膝の上に置いた手を握り締めていた。
小刻みに震えるその拳を見やり、
「……恐らく、その襲撃が最後でしょう」
ゼーナは吐息と共に、言葉を綴る……
再び訪れた沈黙の中――
「つまり、それに勝てば、後はエンナマルナに行くだけってことだな」
立ち並ぶ岩の間を吹き抜ける、風の音と共に聞こえたバーナダムの言葉に、皆が一斉に眼を向けていた。
注がれる視線の中、腕を組み、『それだけのことだろ?』と言わんばかりに、指で顎先を掻くバーナダム。
物事に動じぬ、肝の据わった様にニヤリと、口の端を歪め、
「確かにその通りだ、勝てばいい……それだけのことだな」
バラゴは大きく、頷いていた。
「そうだね、その通りだよ」
バラゴの頷きに、ガーヤも笑みを見せ、言葉を乗せてくる。
「だね」
「だな」
ロンタルナとコーリキも、短い言葉で同意を示し、バーナダムに頷いてみせる。
「そうだな……追手の人数も能力者がいることも分かっている――対処のしようはあるだろう……」
ジーナの髪に優しく、手の平を乗せながら、アゴルも表情を緩め同意の言葉を口にしていた。
戦士たちの言葉、その表情に……
勿論、戦いに参加できぬ他の面々の顔にも、少し、安堵の色が戻ってくる。
『決まってしまった未来などない』
ゼーナの言葉が、其々の胸の内に過る。
『襲撃』されるという事に……『占い』では見ることの出来なかった、『戦い』の行く末に不安を覚え、忘れてしまっていた言葉……
『未来』は、いかようにも行く先を変える――
『場』に置かれた己がその『手』で、決めるものであり変えてゆけるものであるのだから……
***
『気』が、感じられる。
それは、『能力者』の『気』……
遠く、北の地。
グゼナとの国境を越えた辺りに、留まっている。
――嫌な気配……
ゼーナが占いで捉えた、追手の一人であることは間違いない。
だが、その『気』に、普通の能力者とは異なる『気配』が混じっている……
それが気になる。
下から吹き上げる風が、声音を運んでくれる。
焚火を囲み、何やら真剣に、言葉を交わし合っている皆の姿が瞳に映る。
少し、耳を欹てれば、風が途切れ途切れの言の葉を届けてくれる。
……口元が緩む。
置かれている状況に屈しず、自らの手で、未来(さき)を掴もうとする者たちの言葉は、心を温めてくれる。
――けれど……
『光』を持つ者、それを求める者を、『向こう側』に付く者は排除しようとして止まない……
ありとあらゆる『力』を使い、攻撃の手を強めてくる。
『支配』を、広げてくる……
『あちら側』と『向こう側』の、攻防の狭間に立たされた者たちの、命は危うい。
対抗し、抵抗し得る『力』は、有れども少ない。
――彼らを
――失うことは許されない
光と闇の調和が、崩れ掛けている今……
彼らを護ることが出来なければ、その調和は戻らない。
『誰か』の意図するままの……
望むままの世界にしては、いけない――
――あたし自身の
――為にも……
時折混じり聴こえる、明るい笑い声に頬を緩ませながら、エイジュはそっと、胸に指先を添えていた。
***
襲撃者の備えた対策、対処の話し合いはいつの間にか……
これまでの道中の思い出話へと変わっていた。
夜具を整えながら、昔話や失敗談……あるいは自慢話等々――笑みの絶えない話しが、次から次へと其々の口から齎されている。
余裕がある訳ではないが、変に気負うことも無く、皆――襲撃に向けての心構えが、きちんと成されているように、アゴルには見えた。
未だ――大岩の頂上から降りて来ないエイジュが、気になる。
もしかしたら、彼女が一番、気負っているのではないか……そう思える。
事、戦いに措いて……彼女の右に出る者など、己を含めて此処には、誰も居はしない。
特に、『能力者』同士の戦いとなれば、尚の事だ。
彼女に頼らざるを得ない。
だからこそ……
エイジュ自身も我々も、それを嫌というほど分かっているからこそ――
それが『気負い』や『圧』と、なってしまうのではないだろうか……
――おれのように……
流石にもう、無理をするつもりはない。
大切な娘に、涙させるほどの心配を――
皆に気遣わせてしまうほどの心配を、掛けて良いわけがないのだから……
『独り』ではない……
それを、エイジュは自覚しているだろうか……
――まぁ、おれも
――他人のことを言えたものではないが……
アゴルは皆の声に耳を傾けながら、共に座る娘ジーナの頭に、無意識に手を乗せていた。
「あ……」
小さな呟き声と共に、ジーナの体がピクリと、揺れる。
その揺れにアゴルは首を傾げ、娘を見やった。
「どうした? ジーナ」
問い掛けに顔を向けて来るが、その表情は冴えない。
何か言いたげに口を開くが、
「……ううん、なんでもない……」
結局首を振り、そのまましがみ付くように体を寄せ、ジーナは黙り込んでしまった。
「…………」
アゴルも黙し、そのまま優しく、娘の髪を撫で始める。
いつもと、様子が違う……
何かを、気に病んでいるように思える。
その小さな胸の内に『何か』を抱え、思い悩んでいるように……
『それ』が何であるのか――本当なら今、直ぐにでも、問い質したい……
そんな欲求に駆られる。
だが、それでは、『尋問』のようではないか。
アゴルは服を掴む小さな手を見詰め、抱き寄せるように娘の背に手を宛がっていた。
少し、力の籠った父の手の平に、ジーナはもう一度面を上げ、憂いを湛えた瞳を向ける。
その瞳に応えるように、父が、優しくて暖かい眼差しを、向けてくれているのを『感じる』。
今、胸に抱えているこの『想い』を、話してみたい……
けれど、どうしても躊躇ってしまう。
……迷ってしまう。
口にすることで、話すことで、父がどう思うのか、どう、感じるのか……
それが、気になってしまう。
何かとても『いけない想い』を、抱えてしまった気がして――
リェンカでは……
『幼き稀代の占者』として、色んな『占い』を頼まれた。
父の仕事の役にも、立っていたと思う。
グゼナの大臣を見つける時も、こうして逃げている間も、ゼーナと『一緒』に何度も占って来た。
――なのに
――どうして……?
今まで、こんな風に感じ、想ったことはなかったと思う。
作品名:彼方から 幕間4 ~ エンナマルナへ ~ 作家名:自分らしく