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サヨナラのウラガワ 10

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 ――――アーチャーにとっては普通なんだろうか……。
 士郎自身、誰かと触れ合うこと自体が多くないため、余計に気になるのかもしれないが、士郎はその回数云々が問題だと思っているのではない。
 ――――嫌じゃないから、問題なんだよなー……。
 風を受ける頬が熱くなっていることに気づき、士郎は、何やらむずむずしてくる胸の辺りを軽く拳で叩いた。
 ――――変だ、俺……。
 アーチャーは士郎の身体を頻繁に心配している。毎朝のように調子はどうだと訊かれ、頬や額に触れて発熱がないかを確かめられ、寝起きが辛い士郎はかいがいしく世話を焼かれている。
 ――――朝が弱くなったなぁ、俺。
 以前はこんなことはなかったのに、と士郎は首を捻る。いつから朝が弱くなったのか覚えがない。
 ――――たぶん、記憶が消えてしまった数年間のことなんだろうな。
 自分自身に何があったのかと考えても、思い出そうとしても、まったく埒が明かない。何かしらの片鱗すら脳裡に浮かんでこないため、やはり、思い出すのは無理なのだろう、と諦める。
 ――――それに、夜も……。
 ずっとではないが、時折、眠りの浅くなるときがあり、そのときに何度か頭を撫でられ、頬や首筋に触れる温かい手を感じることがある。
 ――――アーチャー、だよな……?
 他に住まう者などいない。衛宮邸には士郎とアーチャーしかいないのだ。したがって、夜中に誰かが自分に触れるとすれば、アーチャーだろう。
 ――――ほんとに、なんなんだろう?
 アーチャーは毎朝、心配をしている。ということは、士郎が眠っているときに心配になるようなことをしているのではないか、という考えに至った。
 ――――俺、何かしてる……?
 もしかすると夢遊病のような、そういう状態になっているのかもしれないと勘繰ってしまう。
 ――――でも、眠ってるときのことなんて、どうやって確かめれば……?
 監視カメラでも設置してみないことには睡眠中の己の姿など確かめようがない。
 ――――カメラなんか、まともに動く物はなかったはずだしな。
 家の中にも土蔵の中にも、動画撮影ができるような物に心当たりはない。
 ――――やっぱり、アーチャーに確認しないとダメかぁ……。
 気乗りはしないが、もし、アーチャーの迷惑になるようなことがあるのならば、早めに対処をしたいと思う。どういう考えでアーチャーが聖杯戦争後も自分と契約を続けていてくれるのかはわからないが、少しのことでも迷惑だな、とは思われたくない。士郎は心を決め、小細工なしでアーチャーに訊ねることにした。

「あのさ、アーチャー」
 夕食を終え、食器を洗いながら、士郎は話を切り出した。
「俺、寝てるときにさ、なんか変なことしてるか?」
「…………変、とは? いったい、どうのようなことをさす」
「え? あ、えーっと……。その、俺、もしかして、夢遊病、とか、なのか?」
 おずおずと士郎はアーチャーに目を向け、窺ってみる。
「夢遊……、ック!」
 くく、とアーチャーは喉を鳴らして笑い出した。
「な! え? お、お前! わ、笑うことないだろ! お前が、毎朝、大丈夫かって訊くから! 俺、夜中に何かしてるんだと思って……っ。も……、もう、いい! 訊いて損した!」
 真っ赤になった士郎はアーチャーから、手元に視線を戻す。
「ああ、いや、くく……、悪い……」
「全然、悪いなんて思ってないくせに!」
 臍を曲げた士郎は、馬鹿なことを訊いたと、心底後悔しはじめている。
「悪かった、怒らないでくれ」
 笑いを含んだ声で言っても説得力がない、と士郎はアーチャーを睨めつけ、
「べつに怒ってるんじゃ……」
 言いかけた言葉が途切れる。
 ――――なんだよ、その顔……。
 少しだけ目を細め、まるで遠くの何かを見ているような瞳だった。目の前にいる己ではなく、自分を透かしてどこかの誰かを見ているような、そんな錯覚を受ける。
「マスター?」
 呆けたように己を見ている士郎を不思議に思ったのか、アーチャーは首を傾げて問いかけてくる。
「マスター、どうかしたか?」
「い、いや、な、なんでもない」
 引き剥がすようにアーチャーから顔を逸らし、士郎は再び食器洗いに専念する。
 ――――落ち着かない……。
 胸のあたりがざわざわとして、落ち着かなくてイライラする。
 士郎は身に覚えのない感覚に戸惑いながら、アーチャーから流れてきた気遣うような気配に視線を落とした。
「お、怒ってなんて、ない……から……」
「……そうか」
 そのあとは何も言葉を交わせず、結局、寝ているときのことはうやむやのまま、士郎は風呂へ入り、布団に潜り込んだ。
 もやもやとした感じが拭えなくて何度も寝返り、寝付くこともできず、深夜に身体を起こす。
 おもむろに立ち上がり、これでは本当の夢遊病だと苦笑いを浮かべながら、障子を開けて縁側に出る。
「眠れないのか?」
 静かな声に、びくり、と肩を揺らして振り向けば、士郎の部屋の前から少し離れた縁側に腰を下ろし、立てた片膝に頬杖をつくアーチャーがいる。
 何やらバツが悪いのだが、深夜にアーチャーと顔を合わせたことが、どうにもうれしいような気がしている。
「アーチャーも、眠れないのか?」
「サーヴァントは眠る必要がない」
「ああ、そっか……」
 すたすたと士郎はアーチャーに歩み寄る。まるで当然のことのようにアーチャーの傍に向かっている自分を不思議に思いながら、アーチャーの隣に膝を抱えてしゃがみ込んだ。
「アーチャーはさ、どこの英霊なんだ?」
「……なんだ、急に」
「ああ、いや、答えたくなかったらいいよ。ただ、訊いたことがないなって思ったから」
「そうだな……」
「訊かなくても、普通はわかるんだっけ、マスターなら」
「……そうとも限らない。戦略的に真名を明かさないサーヴァントもいる。聖杯戦争では、素性が明らかになると不利になる場合が多い。そのため、マスターと合意の上で名を――」
「聖杯戦争は終わったんだろ」
 アーチャーに他意はないはずだというのに、はぐらかされている気がして、士郎は、むす、としたままアーチャーの言葉を遮った。
「マスター?」
 驚かせてしまっている、いや、わけのわからないことを言って困らせてしまっている。
 それがわかっていながら士郎は、ささくれのような自身の感情をどうすることもできない。
「……ごめっ…………、なんでも、ない」
 抱えた膝に顔を押し付けたまま、士郎は顔を上げられなくなった。
 ――――なんだろう、このもやもや。なんか、俺……、ほんとに変だ……。
 不意に頭にのった大きな手が、がしがし、と荒く撫でてくる。
「何してんだよ」
 その手を払い除けるフリをして、口では生意気を言って、それでもうれしいと思っている自分自身がわからない。
「さっさと寝ろ」
「……眠れないから、ここにいるんだけど」
 さらに減らず口を叩けば、ぐい、と頭を引かれ、ぐらりと身体が傾く。
「う、ぅわっ?」
「これなら、眠れるか?」
「へ?」
 頭を押さえつけられ、士郎の頭はアーチャーの腿の上にのせられていた。
「ちょっ、何してっ?」
 士郎は起き上がろうとするのだが、アーチャーの手はビクともせず、起き上がれない。