二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

サヨナラのウラガワ 10

INDEX|7ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

「まあ、なんというか、……膝枕だ」
「っぶ! な、なに、言って、っ」
 吹き出した士郎の頭を軽くぽんぽんと叩き、アーチャーは本当に眠らせようとしているのか、そっと撫でてくる。
「う、うー……、えっと……、かたい枕だなぁ……」
 起き上がることを諦めて、士郎は何か話をしなければ、と焦る。が、たいした話も思い浮かばない。
「文句を言うな」
 静かな声が心地好い。
 眠気が全くささなかったというのに、瞼が重くなる。うとうととしはじめた士郎は、何か暖かいものに包まれたのを感じたが、それが何かはわからなかった。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

「ん……」
 明るい気配に目を擦った。
 ぐっすり眠れたと思っていたけど、寝起きはいつも通りで、身体を起こすのが億劫だ。
 時計を見ると十時を過ぎていて、ずいぶんと寝坊してるなぁ、って考えながら、ごろり、と寝返る。
「あれ?」
 掛け布団の下に一枚布地があることに気づいて、重い身体に鞭を打って起きてみた。
「これって……」
 昨夜のことを思い出す。確か、アーチャーに膝枕してもらって……。
 そのまま眠ったからだろう、赤い布が掛け布団と俺の間に挟まっている。縁側から部屋の布団にまで運んでもらったのだと思い至り、申し訳なさでいっぱいになる。
「アーチャーの、だよな?」
 その見覚えのない布を布団の中から引き出して、きちんとたたんだ。のそのそと布団から出て、赤い布を片手に、重い頭をもう一方の手で支えるようにして歩き出す。頭痛まではいかないが、頭が重くて何かを考えることがとても億劫だ。
 ずっとこんな感じだから、こういうものだと慣れはしたけど、すっきりしないのはちょっと堪える。それが毎日だと、余計に疲れみたいなものが蓄積されていく気がする。
「えっと……、アーチャーは……」
 たぶん、台所だろう。俺が休みの日でも、アーチャーは毎日家事を率先してやってくれている。なんだか英霊の無駄遣いのような気がするから、俺がやるって言ってるのに……。
 アーチャーは、俺には寝ていろって言うばっかりだ。心配してくれているのはわかるし、俺がこんな状態だからダメなんだとはわかっているんだけど……。
 ちょっと、過保護なんじゃないかと思うんだ。俺だって、ずっと家のことをやっていたんだ。今さらできないなんてことはない。ここ最近の記憶はなくても、高校生までの記憶はあるんだ。だから、家事だってこなせる。
 今日こそ言わなければ。もっと俺にも家事をやらせろって。
 とりとめもなくいろいろと考えているうちに、結局、頭痛がしてきてしまって、だんだん剣呑な気分になってくる。それでも、洗面を済ませ、居間に入ってアーチャーを探せば、案の定、台所に立つ後ろ姿があった。
「起きたか」
 振り向きもせずに俺が入ってきたことを察知されてしまう。まあ、俺が部屋を出てきたのもわかっているんだろうな、英霊だし……。
 なんだか、思うことが卑屈っぽいな、俺。
「マスター?」
 俺が何も言わないからか、アーチャーは振り返って呼びかけてきた。
「あ、う、うん。ありがとな、これ」
 赤い布を持ち上げて見せれば、アーチャーは頷く。
「いつになく、ひどい顔色だな……」
 呆れた口調で言いながら、アーチャーはカウンターを回って俺の目の前に来た。
 何してるんだ、俺……。
 ぼーっとアーチャーを見上げて……。
 早くこの布を返して、ここを離れないといけないのに。
 って、あれ?
 なんだって、ここを離れないと、なんて考えてるんだ?
 いや、それにしても……、ち、近いな……。
 目の前にアーチャーがいる。
 手を伸ばせば触れられる、というか、伸ばさなくても、肘を曲げればアーチャーに当たる。
「あ……、の……」
 なんで、うまく声が出ないんだ?
 喉が詰まったみたいで、発声が難しい。
 と、とにかく、赤い布、返さなきゃ!
「これ、あり、あ、ありがとっ!」
「ああ」
 持ち上げた赤い布をアーチャーに突き出して、後退ろうと思ったのに、アーチャーは布ごと俺の腕を掴んだ。
 ひゃっ!
 声こそ出さなかったけど、確実に身体が跳ねてしまった。
 両腕を掴まれてしまって逃げられない。
 い、いや、逃げることなんて考えなくっていいはずなのに、なんで俺、逃げようとしているんだ?
 こわいわけじゃない。
 嫌なわけじゃない。
 なのに、なんで、心臓がめちゃくちゃに鼓動を打ち鳴らしているんだ?
 顔は赤くないだろうか?
 生唾を飲み込んだのを見られただろうか?
 吐息が震えるのはどうしてだろう?
 少し見上げたところに鈍色の瞳があって、目を逸らすことができなくて、瞬きするのももったいないなんて思ってしまって……。
 なんで、胸が苦しいんだろう。
 どうして、鼓動が速いんだろう。
「ぁー……ちゃ……」
 声が掠れてしまって、うまく呼べない。手を離してほしいって言わないとダメだ。でなきゃ、どうにかなってしまいそうなのに。
 頭痛がするからとか、適当なことを言ってでもここから出なければ。アーチャーの射程距離から逃れなければ……。
 でも、頭痛がするなんて言えば、またアーチャーは気を遣うんだろう。
 その気遣いは、俺と契約をしているから、なのか……?
 一気に気持ちが沈んでしまう。
 なんだって、俺はそんなことが気になるんだ?
 わからないことばっかりだ。
 どうして? なんで? ってずっと考えている。
 記憶がないからなのか?
 記憶のない間、俺はアーチャーとどんなふうに接していたんだ?
 アーチャーに訊けば、教えてくれるんだろうか?
 遠坂からは事情を説明してもらった。だけど、俺たちのことは、何も言わなかった。
 記憶を失くした人に、その周りの人は思い出してほしくて、これまでのことをいろいろ話すんじゃないんだろうか。
 だけど、アーチャーは何も言わない。
 もしかすると、思い出してほしくない、のか?
 セイバーはたくさん話してくれたけど、アーチャーは全然だった。
 それって……?
 なんだろう……、急に悲しくなってきた。ドキドキとうるさい鼓動は今も続いているけれど……。
「マスター? どうし――」
「なんでだろう、アーチャー。俺、あんたが近くにいると、心臓が誤作動……起こしてる、みたいだ……」
「誤作動?」
「運動したあとみたいに、すごく激しく動いて、なんていうか、このへんが、苦しいみたいで……」
 だから、あんまり近くに来ないでくれって言った。アーチャーが悪いんじゃなくて俺が悪いんだけど、今はどうにも自分で身体がコントロールできないから、アーチャーに離れてくれるように頼んだ方が早い。
 胸元を押さえたまま視線を落とす。アーチャーは気分を害しただろう。心配してやっているのに、なんだその言い草はって怒るかもしれない。
「ごめん、なんでだか、身体がおかしくなるんだ。だから、近いのは、――――っ」
 声が喉に詰まった。
 何が起きているのか、すぐに理解できなかった。
 ぎゅう、と主に上半身が締めつけられて、ばさり、と音がした。
 温もりに包まれている――――。
 そんなことが起こっている、と次第に頭が判断していって、今までで一番速い鼓動を感じている。
「士郎」