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再見 四

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 痛みと共に、ぐらりと地面が揺れて、林殊は立っていられなくなる。
 何かに引っ張られる様な感覚の後、目眩と血の気が引く、強い貧血の様な感覚に包まれた。
 とても、立ってはいられなかった。



「、、く、、っぁぁ、ぁ、、、痛っ、、、。」

 強い痛みと、天地が揺らぐ感覚に、気持ちの悪さを覚える。















「、、、、は、ぁ、、、。」



「ん?、、、目が覚めたか。」
 瞼を開けば、傍らには藺晨が座って、鍼を打っている所だった。
 心地の良い夢だったが、鍼の痛みで目が覚めた。
 無理矢理に引き戻され、気分は最悪だ。
 目が覚めれば、ここは琅琊閣の、梅長蘇に宛がわれた一室の中だった。



──今のは、夢、、、だったのか、、。



 、、、 あそこで終わってしまったのが、、、
、、、、何とも惜しい、、、、かな。──



 火寒の毒の治療の為、皮を剥ぎ、骨の毒を除く。
 老閣主と藺晨が、神経を麻痺させる薬や鍼を打った。
 覚悟はしていたつもりだったが、それでも痛みと苦しみは想像を絶した。

 動けぬ肢体は、薬を塗られ、包帯が巻かれて、夜具に横たえられ、静かに再生を待っている。
 また花香る、同じ季節がやってくる。
 季節は既に、一巡りを果たしている。
 施術が早い場所、漸く皮膚が再生を果たした部分から、徐々に包帯が外される。
 一番先に外されたのは腕だった。包帯をしていても、むき出しに晒された神経のせいで、手首から脈を脈を取る事が出来なかった。
 今は腕の皮膚は綺麗に張っが、藺晨が触れてくる指の感触は、以前とは明らかに違っている。
 腕の力も、以前とは比べ物にならない位に、入らない。まるで他人の腕の様だ。そして骨の深部で疼く、まだ癒えぬ痛み。
 その痛みがあるが故に、とりあえず、自分の腕だと認識ができる。

 右の掌に銀の腕輪を握り締め、この腕輪を支えに、火寒の毒の治療に耐えてきた。辛さと痛みに弱音を吐きたくなる心を制してきたのだ。
 七万の無言の仲間と共に。

「だいぶ脈は落ち着いたな。足や胴の包帯も、今後、徐々に取れるだろう。皮膚の再生は、腕同様に順調だ。綺麗に再生している。」
 藺晨は、殊更優しげに微笑む。これまでの治療を労っているかのようだ。
「体温は低い。だから余計に、腕の関節の強ばりが気になるだろう。動けるようになれば、次第に改善するだろうが、それでも一定以上は無理だ。
 動く所は動かしても構わない。だが、無理はするな。」




「、、、。」


「ふふふ、、、。長蘇に見舞いの客だぞ。」



「、、、サル、、?、、、。」
 部屋の外から、飛流の声がする。

「あぁ?。、、ほら、、お前の好きなサル哥哥だぞ。怖くない、入って来い。」


「違う!、、違うよ!。白くない!。」
「違うもんか。さぁ、こっちへ来て見てみろ。黒いサル哥哥だ。」


「戸の隙間から覗いていないで、ここに来てよく見ろ。白い毛が生えていても、黒い髪の毛に変わっても、サル哥哥も、この長蘇哥哥も、同じ者なのだぞ。」
 
 そう言うと藺晨は、無造作に長蘇の顎をつかみ、飛流が見える様に、顔を横に向けてやる。
「、、ぐっ、、。」
「ほら飛流、サル哥哥だぞ。」
 激痛ではないが、急に動かされると、痛みが走る。
「ギャ──、、、。」
 飛流の叫び声と、遠ざかっていく、ばたばたという足音。
 拳一つ程開いた所から、覗いていただろう目は、とうに消えてしまった。

──無理に動かすなと、その口が言ったばかりだぞ。──
「あははははは、、。飛流〜〜。怖いのか〜〜。長蘇よ、困ったな、嫌われたぞ飛流に。」
 腹を抱えて藺晨が笑っている。
 だが直ぐに、じっと睨む長蘇に気が付く。
「そう、睨むな。眉間に皺のある顔になるぞ。まだ顔の皮膚は完全に再生しきった訳では無い。」
 真顔で長蘇に言う。

「だか、困ったな。飛流はお前が怖い様だぞ。仕方がない、私が飛流を慰めてやるか。
 ま、飛流が金輪際、懐かなくなっても、私を責めるなよ、私のせいでは無い。仕方の無い事だ。皆、治療に反対する中、お前が選んだのだ。」
 言葉とは裏腹に、藺晨は嬉しそうだ。
 藺晨は、話しながら手際良く、鍼を片付ける。
 そしていそいそと、飛流の後を追って部屋を出ていった。
「さ、飛流、藺哥哥が慰めてやるぞ。
 可哀想に、怖かったろう。もうここには近づくな。包帯だらけの怖いのが居るぞ。
 飛流───、どこいった───。
 出て来───い。」
 飛流は、近くでは見当たらない様だった。
「飛流───、どこに隠れているのだ、隠れんぼか?。探すのは得意だぞー。飛流ー、見つけられる前に、出て来ないと、酷いぞー。
 、、、、、ここかー?、あぁー?。」
 ばたばたという藺晨の足音が、声と共に遠ざかっていく。

──全く、藺晨ときたら、、。
 私がずっとこの通りでも、飛流は藺晨には懐くまい。──
 

 ゆっくりと右の腕を動かしてみる。
──自分の腕なのに、重い、、ずっとこうなのだろうか、、、、。寝たきりだったのだからな、、。
 いや、元通りとはいかないが、そこそこの体力は戻るはずだ。何せ、私は都の怪童だからな。人がやれない事も、私には出来ていたのだ。怪童には戻れなくても、常人位には、、。
 少し時間は掛かるだろうが、、きっと、、。──

「、、んっ、、。」
 息を止めて、右腕に力を入れ、上げてみるが、ようやく、視界に入るまで上がった所で、力が尽きた。
 右の腕が布団の上に落ち、ぱさりと乾いた音がした。
──青白く細くなった手、、、、指、、、。
 銀の腕輪が見たくて、腕を上げてみたが、、。
 なんと己の腕(かいな)の重いことよ。腕輪を見る事も出来なかった。これ程の状態になろうとは、、。
 骨まで削り、一年も寝たきりだったのだ。直ぐに元通りとはいくまいが。
 私はもはや、、、剣は、、握れまい、、。──
 藺親子に、『剣術は無理だ』と言われていたが、自分ならば、もしかしたら、それなりに回復するかも知れないと、微かな願望を持っていた。

──琅琊閣の老閣主から、あまり神経を使い考え過ぎるなと諌められているが、寝ることと考える事以外に何が出来る。
 そろそろ黎綱が、江左盟と梁の報告に来る。
 景琰は父親に疎まれ、辺境を回らされている。
 だが将来、それが強みになり、景琰の役に立つ筈だ。辺境を知らずして、梁を異族からの侵略から守れようか。
 幸い景琰は腐らず、真面目に辺境の平定に尽力している。
 こんな事、景琰でなければ出来るものか。
 今後の足固めの為の試練を、このまま腐らずに、耐えてくれれば良いが、、、、。
 景琰も陛下も、そうは思っていまいがな。──

──今はいつなのだ?。
 この前、梅が香ったと思ったが。
 あれからまた時が過ぎた。


 景琰は、南の少数部族との国境問題を、解決していると言う。
 族長は礼儀正しい物分りの良い好漢だ。景琰と話も合うだろう。珍しい面白い話も聞けるだろう。
 、、、、、、景琰は話に、興味が無いだろうがな。失礼な態度はとるまい。
 南方ならば、山や野は百花繚乱の季節だろうか。
 どの花が香っているだろう。
作品名:再見 四 作家名:古槍ノ標