再見 四
この琅琊山でも咲くだろうか。
漂う香りの中で、思う事、、。
、、、謀も少々飽きた。
春の到来した琅琊閣でも、ほんのりと山の花の香が漂う。
香りの中では、美しい事を想いたい。──
暖かさを感じる陽気と共に、微睡みに、素直に応じた。
極寒の梅嶺で、火焔は燃え盛り、天をも焦がそうとしている。
「どうしたんだ!、何が起こっているんだ!!。」
赤焔軍は、漸く到着した梁の援軍に攻撃をさる。
何と、あろう事か、赤焔軍は自らが秘策とする、火焔作戦を受けていた。
共に大渝を撃退した仲間は、天から降り注ぐ火炎を浴びて、火達磨になり、その後のなだれ込んだ、『梁の援軍』の波状攻撃で、次々と凶刃に倒れていた。まるで紙でも切るように、無慈悲に斬り倒されている。
赤焔軍は三日三晩、決死の覚悟で戦い続けた後、大渝を打ち破り、皆、疲弊していた。
赤焔軍きっての屈強の猛者も、呆気なく倒されていた。
────────
『援軍が呼応しない。』
赤焔軍七万は二十万の大渝と戦っている。
夏江が率いる懸鏡司と禁軍で編成された大隊と、巡防衛が、合図と共に戦に加わる作戦だった。
なのに誰一人、戦いに加わろうとはしなかった。
援軍は二万程だが、加わっていれば、もっと楽に大渝を撤退出来た。火焔作戦に使う火薬や火器も、都から潤沢に持ってきていた。
────────
──コイツらは大渝では無く、、我々赤焔軍に火焔作戦を行っている。大渝が大敗したのは見ていたはず、、。
、、、、、、何故、、、。。──
さっきまで戦っていた大渝の兵の様に、無惨に赤焔軍が焼かれている。
火焔作戦は一発必中の策なのだ。一か八かの、捨て身の作戦。敵軍に火焔作戦を破られれば、その後の作戦は無い。
火焔作戦は赤焔軍の秘策であったが、連携をする為に、夏江に内容を指示していた。
そしてさらに、夏江は赤焔軍と大渝との戦いを見て、火焔作戦の概要を知ったのだ。
自軍の痛手を最小限にし、大軍を壊滅させる程の、緻密な作戦と、圧倒的な力。
完璧な策なのだ。
その作戦を赤焔軍は、そっくりそのまま受けたのだ。
紅蓮の炎を浴び、逃げ惑う赤焔軍が、、生死を共にした仲間が、、、炎に巻かれ燃えていた。
三日間の悪戦を終え、ふつりと緊張の糸が切れた赤焔軍の男達には、抗う力も、逃げる力も、その体には残ってはいなかった。
「逆賊、林燮!!、成敗する!!。」
いつの間に来たのか、馬上の謝玉が、叫びながら剣を抜き、林燮に向かってきた。
「父上!!、危ないっ!!!。」
「!!!!。」
林殊の声で、後ろを振り返り、謝玉に気がついた林燮が、剣を抜き振り下ろされた謝玉の剣を弾いた。
「気が狂ったか!、謝玉!!。なんの真似だ!!。」
林燮が謝玉に言う。林殊も加勢した。
「逆賊は謝候、お前だろう!!、赤焔軍は祖国の為に、死力を尽くして大渝を撤退させたと言うのに!!。父上に向かって剣を下ろすとは!。」
「逆賊の息子、お前も逆賊だ。」
林殊の
背後から声がし、振り向けば馬上の夏江が居た。
「何っ!!、我々は逆賊などでは無い!。」
「梁を転覆させんとする、逆徒の一族め!、問答無用ぞ。」
夏江はそう言うと、大槍を林殊に向けて振り下ろした。
林殊は、剣を振りかざし、夏江の槍を受け、弾き返した。
だが、戦い続けて刃の零れた剣は、夏江の槍を受けた箇所から、二つに折れた。大渝との戦いは、林殊の剣に衝撃を与え続け、剣としての硬度を失っていたのだ。
「くっ!!。」
──ここで私は終わりなのか?。──
「目障りな小童め!、消え去るがいい!。」
──以前、私は夏江に盾付き、言い負かした。私は間違った事は言っていない。夏江はそれを根に持って?、、、、いい大人が?、、、。
夏江は、父上と言候と、若い頃に義兄弟の契りを結んだと言っていた、、、、、はず、、。──
夏江が再び槍を振るう。
無表情な夏江の口元に、卑下た笑みを見た。
──この刃から、逃げる力も、私には残ってやしない、、、。
体が、、もう、思うように動かないんだ。──
林殊が覚悟を決める。槍を振り下ろす夏江を、弱々しく睨むしか、抗う術は無い。
その刹那、きぃんという音がした。
夏江が退く。そして夏江をよく見れば、槍が口金から断たれていた。
「夏江!、消えるのはお前の方だ。」
林殊の目の前に靖王の背中が。
「景琰!!。」
靖王は、ふっと柔らかな笑みを林殊に向け、また直ぐに夏江と向き合った。
「靖王!、貴様も逆賊か!!。」
「夏江!、逆賊はお前だ!。」
靖王はそう言うと、一刀のもとに、夏江を切り捨てた。
夏江は血飛沫と雄叫びを上げ、その場に倒れ絶命した。
林燮も謝玉に手こずっていた。林殊同様、疲れ果て、防戦一方だった。
「悪党謝玉め!!。」
林燮の名を呼ぶ声。梅嶺に高々と響く、凛とした声の主は、祁王簫景禹だった。
祁王は親王の赤い衣を梅嶺の風に靡かせて、弓を引いていた。祁王から放たれた力強い矢は、謝玉の心の臓を射た。
謝玉は呻き声をあげて、あえなく絶命、林燮の前に伏した。
すると祁王の後ろから、鬨の声を上げた禁軍の大隊が現れた。足並み揃う禁軍の精鋭に、謝玉の巡防衛と夏江の懸鏡司の軍は、枯葉を巻き上げるかの如く蹴散らされた。
「見ろ小殊。正義は必ず勝つのだ。」
膝から崩れ落ち、立つことすら出来ない林殊を、靖王は支えて言った。
「小殊、、、酷い火傷を、、、。どれ程の激戦だったのだ、、、。」
靖王は、林殊の顔の赤く爛れた火傷を見て、顔を曇らせた。
「火傷は痕が残らぬように、母がきっと治してくれる。安心しろ。、、、早く金陵に戻ろう!。」
「ははは、、女子じゃあるまいし、、痕くらい、、イテテテ、、、。
ちょっと、、、、酷いかな、これは、ふふふふ、、。
、、、正直、、もう、、駄目かと思った、、。
もう、、、戦う力なんて、、残ってやしない、、。もし景琰が来てくれなかったら、私は、、、。」
「、、もう、、大丈夫だ、、小殊。、、この地獄のような豪火の中をよく、、耐えたな、、。私達の到着が少しでも遅ければ、小殊の命は、、。そう思うと恐ろしい、、、。」
林殊の体を支える、靖王の手が震えている。
「、、小殊、、よく、、生きていてくれた、、。お前を助ける事が出来なかったら、、、私は生涯後悔をする。ありがとう、、本当によく、、。」
今にも泣きそうな靖王の顔を見ていた。
どれ程、林殊の心配をしたのか、考えるまでも無い。
いつもの林殊ならば、茶化したり、ふざけたり、、。だが今日は、この一言を、真面目に言わねばならない、と、そう思った。
「景琰、、、、ありが、、とう、、来てくれて。
、、いつも私を救ってくれる。私は、どれだけ景琰を頼りにしているか。離れていても、真面目な景琰が、この地のどこかで頑張っているのを思うと、負けられないと頑張れた。
そしていつも必ず、景琰が危機から救ってくれるんだ。、、、、、景、、ぁ、。」
林殊は、涙が溢れてきて、、。
──どうしてか、今日は素直になれる。