再見 四
「祁王殿下!、祁王殿下!!!。どこからこんな物が。」
矢が命中し、祁王は絶命したのか、叫ぶ林燮の腕の中で、ぴくりとも動かない。
「逆賊どもめ!、一掃してくれる!。」
響き渡る男の声。
祁王が、赤焔軍を救いに現れたその場所に、梁の皇帝簫選が、強弓を待って立っていた。
──陛下は武術は苦手な筈、、、。
どうしてあんな強弓が引けるんだ?!。──
皇帝は、煌びやかな龍の刺繍を施された、黒い衣を纏っていた。
と、同時に皇帝の背後から多くの兵士が現れ、次々と矢を放つ。雨の如く矢が降り注ぎ。折角、祁王に救われた赤焔軍の兵士が、この矢に次々と倒れていった。
皇帝の姿に、靖王が叫ぶ。
「父上!!一体、何を!!。逆賊は夏江と謝玉です。祁王兄上と私が成敗したのです。」
「景琰、お前まで私に盾突くのか?!。」
そう言って、ぎりぎりと強弓を引く皇帝。その右手には、ついさっき、祁王を撃った黒いくて太い矢が、握られている。
祁王は父親である、皇帝に撃たれたのだ。
矢の先鋒は靖王に向いていた。
「陛下!、違う!!、我々は梁を守ったんだ!!。違う!!、、、、やめろー!!!。」
林殊は靖王を守ろうと、力を振り絞り、矢を遮るように身を呈した。
「、、、、グウッ、、。」
靖王の体が、力なく崩れていくのを感じた。
「景琰!!景琰!!!景琰!!!。何故!、どこから、、。」
精一杯、靖王の体を隠したつもりだったのに、どういう訳か、靖王の左の胸に、黒々とした矢が突き刺さっていた。
「、、小、、、殊、、、よかっ、、、、。」
靖王は林殊の無事を確認すると、安心したかのように、ゆっくりと目を閉じた。
「景琰──────っ!!!、いやだ目を開けろ!、景琰───!!。あぁぁぁ────、、、。」
林殊がすがりついて泣くも、靖王は動かない。
「いやだ!!、嘘だ!!景琰!!。」
「逆賊林殊!、罪を認めて死ぬがいい。」
聞き覚えのある声に、はっとし、顔を上げると、そこには夏江が立っていた。
「夏首尊、、景琰に討たれた筈じゃ、、。」
靖王が斬った刀傷からは、血が吹き出ている。これだけ失血したら、立っている事は不可能だ。
「見ろ、お前の父親は謝玉が討った!!。」
「何っ!!、謝玉は祁王に射られて、死んだ、、筈だ、、、。」
言われて、林燮のいた方を見れば、そこには、まだ矢の突き刺さった謝玉が立っていて、謝玉の足元には林燮が倒れていた。謝玉の持つ剣は、ぬらぬらと血が付いて滴っていた。
「お前が消えれば全てが終わる。潔く逝け!!。」
夏江は剣を振り上げ、林殊に振り下ろす。
「ぁぁぁあああ───────、、、
、、、蘇、、、」
──、、気持ちが悪い、、。
誰かが体を揺する。──
「、、蘇!!!、、目を覚ませ!!、長蘇!。」
「、、はっ、、、、はぁっ、、、、。」
目の前には藺晨がいた。
「また酷い夢を見ていたのか?。」
──そうか、、夢か、、。
、、、、、、あれは夢か。──
まだ動悸が激しい。落ち着けるために、目を閉じて息を調えるが、禍々しい内容の夢は、長蘇の心を剣で掻き混ぜたように、、、、心も体の興奮も、易々とは治まらなかった。
「この所、よく魘(うな)されるな。
進む道をこうと決めたのなら、魘されはしない。
今更、何を迷う。気掛かりならば、やめて引き返せば良いのだ。いつまでもぐずぐずと、、迷っているから、気も身体も安定せず、度々、発作が起きる。気候も暖かく、過ごしやすい季節になった。治療も上手くいったのだ、本来なら発作など、そう度々は起きぬ。悪夢に魘されるから、体も心も癒されずに疲弊して発作を起こすのだ。」
長蘇は藺晨を睨みつける。
──お前に何が分かる。──
「ぉぉっと、、不満気な顔だな。私に長蘇の苦しみが分からぬと。
確かに!、分からぬし、分かる気もない。私が分からぬから何だというのだ。
長蘇の気持ち一つだと言っているのだ。
治療に猛反対する父を説き伏せ、お前の体の火寒の毒を取り去った。毒は除けるだけは除いた。治療の殆どは、もう終わったのだ。これ以上何の治療も無い。ただ命を延ばすだけしか出来ぬ。
もう白ザルでは無くなったのだ。この治療はお前の切望だろう??。治療も謀も、ここまで進んでいるのに、今、足踏みしてどうする。」
長蘇には、痛い言葉だった。
「私に、赤焔事案が何なのか、分からぬと?。
馬鹿にするな。ここは天下の琅琊閣だぞ。この琅琊閣に分からぬ事などない。
だが、赤焔事案が何だと言うのだ。
お前の仲間はお前に従う。皆、そう言っているのだろう?。中心で事を運ぶお前が、迷い留まってどうするのだ!。
条件も人も、みな揃ったというのに!、ここで悩むな!。
あ━━━━っ、苛苛する!!。」
──藺晨は、私を見ていて、ただ苛苛したのか。
まぁ、、確かに、私は、躊躇している。──
「全ての治療は終わり、皮膚は綺麗に再生をした。
父が見ても、私が見ても、治療はこれ以上無いくらいに、上々の結果だ。
私はただ、顔の包帯はお前が取れと、そう言っているだけでは無いか!!。
なにが不満か!。お前にそう言ってから、今日で半月近いのだぞ。、、、、あぁっ!、そういう切な気な目で見るな━━。」
そう言うと、藺晨は白扇を広げて、長蘇の視線から、己の顔を隠した。
「、、、まぁ、、元の顔では無いのだから、躊躇はするのだろうが、、。
お前は、承知の上で、治療に望んだのだろ?。」
──、、、今更、、何故?、、か、、。
顔だけでは無いのだ、今更だが、折角生き残れた仲間を、巻き添えにしてしまうのが怖いのだ。
、、、何より景琰を、、、巻き添えに、、。
赤焔事案以来、景琰はずっと苦しんでいる。
更に苦しめ、もし上手くいかなかったら、、。母親の静嬪までも、無事ではいられない。──
「皮膚に付ける薬を替えねばならぬから、私は、幾度も見ているが、私程の美形では無いかが、見られぬ顔でもないぞ。、、ま、十人並程度には、、。」
──十人並ならこの上ない。目立たぬに越したことはない。どこにでもある顔ならば、人には覚えられず、謀もしやすくなる。──
「、、、、。
どこまで考えても、答えが出ぬ事はあるが、。
長蘇の場合は、答えが出ていて、する事も決まっているのに、進むも引くもせず、その場に棒立ちになっているのだ。
また、つまらぬ事を長々と考えているんだろう?。七皇子が巻き込まれるとか、、雲南の郡主がどうのこうのと、、、。」
──、、、、、、。──
「あはははは、、、。睨み返したな、長蘇。
図星か?。」
──藺晨のその、ずかずかと人の心に土足で踏み入るの、何とかしろっっっ。──
「あはははは、、。どう考えても、どうにもなるまい?。いっそ、皆を、どっぷりと巻き込んでしまえ。その方が公平だ。あはははは。」
──藺晨の言うことは、いちいち真っ当だから、始末が悪い。──
「、、、、長蘇よ。」
改まって、藺晨が言う。
「火寒の毒は、抜けるだけ抜いた。お前の発作は以前に比べ、少なくなったろう?。