再見 四
お前の運が良かったのか、父上と私の施術が、優れていたのかは分からぬが、お前への施術は上々だ。父や私が想像していたよりも、ずっと術後は良い。以前の力や武術は、殆ど失われただろうが、それでも、私達が思うより、状態は良いのだ。
このまま父の言う事を聞き、養生したら、十年など軽く越せ、二十年でも生きられるだろう。
だが私達に従わず、お前のしたい事をするならば、十年の時間も、、保証は出来ない。
長蘇がこれから起こす事は、恐ろしく時間がかかるのだろう?。今までだって、積み重ねてきた下準備があるのだろう?。
望みが叶わぬと分かったら、それから止めても遅くない。仲間は守れる。
一歩を踏み出せ。」
藺晨は、ぱたぱたと白扇で煽ぎ出した。踏み出しきれぬ長蘇に、少し呆れたのか。
「お前の私事なのだから、私も放っておけばいいものを、自分の人の良さに呆れてしまうぞ。、、、私は、育ちが良いからな、、、滲み出るよな。己の境遇の良さを恨む、損な性分だ。」
藺晨は長蘇の枕元にある、鏡の乗った台を引き寄せた。
「ここに鏡がある。
お前の体は、元通りには、もうならぬ。
だが治療は上手くいき、皮膚や組織も回復をし、手も足も、自由に動かせる。
、、体力はまだまだだが、、、。
だから顔の包帯は、自分で取るのだ。
己の顔も見ずに、ぐずぐずと迷うな。
まず一歩だけ踏み出すのだ。それでも心が決まられば、成そうとしている事を、止めればいい。大事にしたい物は、今のままで守られよう。」
──、、、、、、、、
、、、、、至極ごもっとも。
ムカ ──
「、、とはいえ、包帯を解くも、進むも戻るも、お前の勝手だ。好きにするがいい。私の知ったことではない。」
「それよりも私はな、、、、ふふふふ。」
藺晨は、何やら嬉しそうだ。
「私は、隣の建屋にいて、庶務をしていた。ここからは離れていたのだ。お前が、魘されているなど、知るわけが無い。
何故、私はお前を悪夢から救えたと思う?。ふふふふふ。」
藺晨は、ぱちんと白扇を打った。
「飛流だ!。飛流が私を呼びに来たのだ。長蘇が変だと。」
「飛流はな、私を呼びに来たが、包帯ぐるぐる男を、何と伝えていいか分からなかったのだ。」
藺晨はにやにやと、嬉しそうだ。
「飛流はな、飛流は困り果てて、暫く彷徨いていたのだが。
意を決して、私の手を掴み、ここまで私を引いてきたのだ。
あの小さな手で、必死に私を引っ張って、、、可愛らしいったら、、、、。」
手のここら辺を掴んだのだ、と己の手を見せた。
「長蘇、羨ましいか?」
──、、ハイ?───。──
「もう硬かった舌は、自由になってるんだろ?。
喋ってみろ。ほら、
『あなたが、う・ら・や・ま・し・い』
、、、って。」
──誰が言うかっっっっ!。──
藺晨は後ろを振り返り、戸の側に座っている、飛流に向かって、話し出した。
「見ろ、飛流。サル哥哥は羨ましがっているぞ。
仲良くしような〜。」
「え、、サル哥哥、違うよ?。」
「良いんだ誰だって。藺哥哥が遊んでやる。、、ほら、おいで。」
「、、、藺哥哥?、、嫌だ。遊ばないよ。」
後退りして、部屋から逃げ出そうとする飛流。
「藺哥哥がご褒美をやるからっっ、、逃げるな!!。」
「、、、ご褒美?」
『ご褒美』の言葉に、飛流の動きがぴたりと止まる。
が、何かを思い出した様子で、、、。
「ゥーーーー、、、アーーーー、、、、。
、、、、嫌だ!!。ご褒美、いらない。」
駆け出し、部屋の外へ逃げていく飛流。
「何だと、コラ待て!。」
飛流は止まらずに逃げている。
藺晨は何とか戻そうと思案し、飛流に向かって叫んだ。
「藺哥哥の所には、桃の蜜漬けがあるんだぞ。
美味いぞ───。お前の頬っぺたが、落ちて無くなるくらい美味いんだぞ───。」
ぱたぱたという、飛流の足音は、止まらなかった。
「イー、、ラー、、ナー、、イー!」
飛流はだいぶ逃げた様だ。
「がー、、飛流め!。意地でも遊んでやるっ!!。」
藺晨は、慌ただしくばたばたと、飛流を追って行った。
──ブッ、、、。
藺晨、、何て子供じみた、、。──
長蘇は、飛流が捕まらない事を祈った。
いつも格好をつけ、人の事を斜めから見て、痛い所を突いて来る藺晨。だが、飛流だけは思う様にいかない。
──だから藺晨は飛流にこだわるのか。──
従順にして連れ回したいのか、感謝されたいのか、、。
藺晨は飛流の事を、虐げている訳では無いし、衣食は充分に与えている。
飛流とて、感謝して然るべきだが、何故か、藺晨にこれだけ良くしてもらっても、一向に逃げ回っている。
だが、心底、藺晨が嫌いな訳でもなさそうだった。
二人の関係の、真実は謎だった。
──ま、飛流が素直に聞きたくないのも、少々分かるがな。
、、藺晨のあの言い方、、、。
少しばかり、人を意固地にさせる。
、、、いや、少しばかりでは無いか、、。
警戒心の強い飛流が、どういう訳か、私には懐いたのだ。
不思議だ。飛流は、まだまだ子供だ。誰かに庇護してもらって、当たり前の歳なのだ。
たまたま、私の『何か』と合うものがあったのだろう。──
長蘇の脳裏に、十代の頃の自分が蘇る。
都の怪童と呼ばれていた辺りの、、。
──あぁぁ、、、懐いたと言えば、、、、、景睿、、、私に、よくくっ付いて回った。邪険にしても、懲りもせずに付いてきて、、。
ふふふ、、、、金陵のチビ助達は、元気でいるか、。
真面目な景睿と、要領の良い豫津、二人は良く連れ立って遊んでいたな。そう言えば、景睿に妹がいたな。皇宮に行くと、たまに景睿が連れてきていた。兄の言う事を良く聞いて、私にも懐いて、何が嬉しいのか、私の周りをくるくると回って、笑っていたのだ。小さな可愛らしい子だった。
金陵の人々は、、、どうしているか、、。
義兄達によく連れて行ってもらった店は、ちゃんと商いできているだろうか。街並みは変わらないだろうか。
黎崇先生は亡くなられたが、、学友達は元気だろうか。
大切な金陵の思い出と、、、人々と、、、。──
金陵の人々に、想いを馳せた。
金陵に潜伏している仲間からは、金陵の様子が、逐一伝わってきていたが、細々とした、人々の暮らしぶりなどは分からなかった。
──都は、献王が皇太子になり、誉王は皇太子を引き摺り下ろすべく、勢力を削ごうとしている。
献王は凡庸で、誉王はまだしもだが、双方、治国の気概に欠ける。しかもどちらも、政よりも金策にお励みだ。見境なく、民から略取している。さらには陛下は、これらを黙認している。
この二人は、国の行く末よりも、玉座取りにご執心だ。民衆の暮らしなぞ、少しも頭にはない。
暮らしは元より、民の命も省みない。
どちらが玉座に就いても、民衆は、ろくな暮らしを望めまい。
祁王のように、皇太子と誉王が、才知溢れ、国を治められる者だったなら、復讐など忘れ、騒ぎ立てず、このまま、、、とも、、、随分考えた。