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長き戦いの果てに…(改訂版)【4】

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「お前の口から聞きたい」
静かだが有無を言わさぬ口調。一瞬たりとも目を逸らすことを許さない、獲物を視界に捕らえた鷹のように紅く燃える瞳。
「イ、イエス、サー」
辛うじてそう答えたものの恐ろしいほどの緊張の為か、口の中がカラカラになってうまく声がでない。だがいつまでも黙っている訳にはいかない。何か言わなくてはと焦ったが、水面に浮かんだ魚のように口をぱくぱくさせるばかりだ。
「いいから少し落ち着いて話せ。取って喰いやしないとさっき言ったろう?」
ギルベルトはそこで初めて、にやりと笑った。口元にうっすらと浮かぶ背筋が凍るような微笑み。
「だがな……あいにくと俺はあまり気の長い方じゃないぞ」
この人は自分から何を聞き出そうとしているのだろう。
単にあの日、隊長に起こったことを、一番身近にいた自分から聞きたいだけなのか?
隊長は一時とはいえ死の淵をさまよったのだ。兄上がその事を気に掛けるのは当たり前と言えば当たり前だ。
だがあの刺すような視線……聞きたいことはきっとそれだけではないのだろう。
それでも自分は隊長と約束したのだ。あの日見た涙のことは決して誰にも告げないと。そしてそれだけではない。他のすべての部下を排除してまで隊長が守ろうとしたものは──
ヨハンはルートヴィッヒと二人っきりだったあの日を思い出す。あの人が誰にも告げない、誰にも見せない姿を自分だけが見てしまった。ふたりだけの秘密を持ったあの日から、二人は一蓮托生になった。自分に取って誰よりも大切な人だから守ってあげたい。入隊以来、自分をずっと守ってくれた隊長への、それは恩返しだ。だからたとえ自分が死んでも隊長の名誉は守らねばならない。
そう、たとえ死んでもだ。

ヨハンは深呼吸すると、しっかりと顔を上げてギルベルトを見た。黒い瞳からは先ほどまでの怯えも恐れも消え去っていた。
「……ようやく、話す気になったか?」
それを見たギルベルトが唇の端をわずかに吊り上げる。
「サー、どこからお話しすればよろしいでしょうか?」
先ほどまでとは違い、今度は落ち着いた声を出すことができた。
「あの日、現場であったこと、全部だ」
「イエス、サー。あの日、自分は──」
ヨハンはあの作戦の始まりから、ハンスが撃たれ、爆発が起こって隊長が倒れた時の事、自分と共に志願したアルノーとテオドルとで弾幕をかいくぐって隊長を救出に向かった事、辛うじて隊長を連れて帰還することはできたが、生き残ることができたのは隊長の他には自分一人だけだったことを話した。
今まで報告で何度も何度もしゃべらされた。その件については慣れっこになったと思っていた。余計な感情を交えずにあくまでも報告として淡々と話したつもりだった。
だが次第に血の気が失せていくのが自分でもわかった。冷静な表情を保つのも難しくなり、涙が頬を流れて次々と滴り落ちるのを止められない。高価そうなカーペットに染みを作り、音もなく吸い込まれていくのが見える。
「……そうか」
それまで黙って聞いていたギルベルトが初めて口を挟んだ。
「辛かったな」
ヨハンは唇を噛みしめた。
「隊長の為なら命など惜しくはありません。それはアルノーもテオも同じです。隊長は生きて帰って来られたんです。それにあいつらと違って、俺は隊長と一緒に生きて帰ることができたんだ、それが辛いだなんて……」
それを聞くと今まで窓からの光を背にじっとこちらを見ていたギルベルトがゆっくりと立ち上がり、ヨハンの方に近づいた。
驚くヨハンの肩に手を置くと、その手に力を込めてこう言った。
「良くやったヨハン、それによく話してくれた。実際にあそこにいたお前自身の口から聞きたかった。あの厳しい状況の中でお前は本当によくあいつを助け出してくれた。改めて俺からも礼を言うぞ」
仁王立ちでこちらを見下ろすギルベルトの紅い瞳は、もう先程までの抉るような鋭い光を宿してはいない。厳しいながらも気遣いを感じさせる表情を見せた。
「じ、自分はそんな……ぶ、部下として当たり前のことをしただけです……」
ヨハンはギルベルトの言葉に戸惑い口ごもった。視線を逸らそうと俯いた為に、ギルベルトの口端がまた嫌な形に引き上げられたのに気がつかなかった。
「お前はその後もずっとあいつの側について献身的に介護してくれたと聞いている。そのおかげで早く元気を取り戻したそうじゃないか。その時の事も聞かせてくれないか?」
「そ…それは……」
ヨハンは再び目を上げた。ギルベルトの表情は先ほどと変わりはないが、紅い瞳は真っ直ぐにこちらを捕らえて逃がさない。
「自分は……その、着替えを手伝ったり、お食事だとか簡単な身の回りのお世話をしただけで、何も大したことなどしておりません。隊長が早期に回復されたのは全て医療スタッフの尽力です」
「それだけじゃ……ないだろう?」
ヨハンの肩を掴む手に力がこもる。痛みを覚える程ではないが、徐々に不安が募る。
「それだけじゃないとは、どういう……」
「では率直に聴く。あいつとはどういう関係だ?」
ヨハンは目をぱちくりさせて思わず聞き返した。
「かん…けい、ですか?関係とはどういう意味──あっ……!」
ギルベルトがにやりと笑った。ヨハンは耳まで真っ赤にして慌てて叫んだ。
「たっ、隊長と関係だなんてっ!何もありませんッ!自分と隊長とは、ただの上司と部下の関係ですッ!」
「俺にはそうでもないように見えるがな」
「ちっ、違いますッ!隊長みたいな方に、俺なんかがとんでもない!」
「そうか、好きではあるんだな」
「そっ、それは……」
ヨハンは答えに詰まった。
「じ、自分は入隊以来ずっと、何かにつけて隊長にお世話になってきました。自分のような者がこんなことを言っていいのかどうかわかりませんが、自分には家族がいません。だから隊長を父上とも兄上とも思ってお慕いし尊敬しています。尊敬はしていますが、そんな、関係だなんて──!」
ヨハンはあたふたして困った表情を浮かべ、涙目になった。
「まあまあ落ち着けって。何もお前とあいつがヤッてるとかって決めつけたわけじゃねぇ、そう心配すんな」
「や、ヤッたなんて……!何もやってなんか、い、いませんッ!自分のような者が隊長にご迷惑を掛ける訳には──」
「噂だ。部隊で流れてる、な。だが一応確かめておきたかっただけだ」
「噂が流れているのは自分も知っています。しかし、自分は断じて隊長とそんな──」
「安心しろよ、ヨハン」
ギルベルトはまた、にやっと笑うとすぐに真顔になった。
「今よーく、分かった。お前はどうやら嘘はつけないようだな」
「えっ……?」
ヨハンはぎょっとなった。たぶん顔にも出てしまっただろう。
「ま、気にすんな。人のうわさも七十五日っていうからな。じきに消えてなくなるさ」
ギルベルトはそう言ってウインクして見せた。
「それよりも俺が知りたいのはお前とあいつがふたっりきりで、何をやってたのかってことだ」
ギルベルトが屈みこんで顔を近づけた。紅い瞳がまた鋭くなる。肩に掛けた手にも力が入った。ヨハンの背中に冷や汗が流れる。
「何を…と言われましても……先ほどお話しした通りで、簡単な身の回りのお世話をしていただけです……何もしては、い、いません」