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長き戦いの果てに…(改訂版)【8】

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「なぜだ、なぜすぐに俺のところに来なかった?なぜ俺に相談しない!俺はお前の兄だ、そして他の兄弟たちを犠牲にしてまでも前をこの世に出してやった。お前が生まれてからは、一番近くで守り育ててきた、言ってみればお前の父親みたいなもんだ。お前をこの世に出した責任だからじゃない、お前は俺の大事な弟だからだ。少なくとも俺はそう思ってた!だけどお前にとって俺は一体何だったんだ──」
すすり泣くように兄が細く息を吸い込む。
「なぁヴェスト、俺は……そんなに頼りないか……?」
ギルベルトの声が今まで聞いたこともない様に、か細く震えるのを耳にして、ルートヴィッヒは呆然とした。強くて立派で誰にも負けない完璧な国、ずっと憧れの的だった兄、ギルベルトのそんな姿を見たのは生まれて初めてだった。
「待ってくれ、兄さん……その…何を言って──」
言葉が出ない。
兄が何を言っているのか、何がどうなっているのか分からず、頭の中がぐちゃぐちゃになって空回りしていた。
──なぜだ、どういうことだ?俺は罰せられるんじゃないのか、罰せられなくちゃならないだろう!それなのになぜ──ルートヴィッヒは叫ぼうとしたが、のどに熱い固まりがつかえたようで声にならなかった。
 ──言いたいことがたくさんあるんだ、聞きたいことも!俺は兄さんの期待に添えない出来損ないの馬鹿弟なんだ、そうだろう?だから兄さんは俺を罵倒して、殴って、蹴って、踏みにじるんだ。冷たい視線を浴びせて、唾を吐き掛ければいい。そして俺なんか二度と見向きもせず、暗い地下牢に放り込んでしまえばいい。それが唯一の正しいやり方なんだ。
「ひゅ……ごほッ」
 息がとまるほど程きつく締め上げられていた襟首が突然解放され、思わず喉がひゅうっと鳴って、咳込んだ。
ギルベルトは何も言わず、突然弟を抱きしめた。自分より小柄な、だが力の強い兄の腕が身体を締め付ける。
「兄…さん……?」
「黙ってろ!」

俺はこの世界に生まれた時からずっと厳しく育てられてきた──ルートヴィッヒは生まれてからこれまでの日々を思い出す。
この世界に生まれ出たからには、ゲルマンの民をひとつに束ねるライヒ=国家として恥ずかしくないように、一刻も早く全てを身に着けて一人前の国家として認められるようにと、一般教養知識から政治学、軍事全般まで幼い頃から厳しく教育されてきた。
各分野から一流の専門家が家庭教師として選ばれた。教師たちは入れ替わり立ち代わり館を訪れ、朝から晩まで分秒刻みで息つく間もなく、幼いルートヴィッヒに知識を詰め込んだ。
粗野な田舎ものよ、と他国に侮られることのないように、礼儀作法、立ち居振る舞いから、数か国語の読み書き、数学、科学、地理、経済学、歴史などの一般的な学問から、政治学、地政学まで教育は徹底していた。
 薄暗い部屋に一日中閉じこめられ、机に向かってばかりいるのは幼いルートヴィッヒにとって楽しい事ばかりではなかったが、好奇心旺盛な彼にとって、新しい知識が得られるのは決して嫌な事ではなかったので、砂に水が染み込むようにそれらを吸収していった。
軍事となると兄ギルベルトの出番だ。
格闘術から各種の武器の使い方、人の動かし方、部隊の指揮の仕方から、軍の運営、戦術論に戦略論──学ぶことはいくらでもあった。
ルートヴィッヒは学問よりも明るい屋外で身体を動かすことを好んだ。
こう言っては不謹慎と取られるかもしれないが、ルートヴィッヒにとって兄に教わるのはいつでも楽しかった。昔、兄と二人で、何時間も馬に乗って野山を駆け回ったのは今でも良い思い出だ。
小言と拳骨もずいぶんもらったが、よく頑張ったとほめてくれる時もあった。
口は悪いし、めったやたらに厳しいし、すぐに拳骨は出るしで、いささか不器用な人だったが、誰よりも大切してくれ、教えてくれて、いつも自分を守ってくれた。
他国からは戦神のように恐れられる兄だが本当は優しい人だ。誰も知らないかもしれないが、俺は誰よりもよく知ってる、誰よりもだ。
だからこそ、みっともないところは見せられなかった。兄の期待に応えられないなど論外だ。完璧でない自分など認めてはもらえるはずがない。そんな自分を見せるくらいなら死んだ方がいいと思っていたのだ。
──俺は……間違っていたのか?まさか、そんな──

「お前は本当に馬鹿野郎だ、もっと俺に頼れ!甘えろ」
「……すまない、兄さん」
ルートヴィッヒもそっと兄を抱きしめた。別れていたのはわずかの時間だったのに、心なしかその身体が一回り小さくなったような気がした。


* * *


「いいか、ヴェスト!こっからが本番だかんな、分かってんな!」
「分かっている」
「歯ァ、食いしばれ!」
足を踏ん張って目をつぶり、しっかり奥歯を噛みしめる。
兄の強烈な平手打ちが飛んできた。平手といっても、女性が相手の頬をひっぱたくようなものとはわけが違う。闘魂注入レベルだ。
すさまじい衝撃に思わず足元がぐらつくと、情け容赦ない叱責が飛んだ。
「しっかりしろ!男がその位でふらふらすんな!まだ一発目だぞ」
今のは、今回お前が失踪して国民に迷惑を掛けた分だ、分かったか!と念を押された。
「……んむ」
我ながら返事とも、うなり声ともつかないような声だ。顎がちょっとおかしい。
「まだこれで終わりじゃないぞ、立て!」
兄の言葉に、再び足腰に力を込めて歯を喰いしばり、二発目を受ける準備をする。
「これは、坊ちゃんの分だ!」
情け容赦ない平手打ちが再び襲う。さすがに強烈で、今度は口の中を切ったらしい。うっすらと血の味がする。
「やっと見つけたライヒ様に、これ以上ケガを負わせるわけには行かないからな、今日はこの位にしといてやる。ありがたく思えよ、ヴェスト」
少し耳鳴りがするが、この程度なら大したことはない。ケガをさせるわけには行かないというのは分かるが、これでは罰が軽すぎるのではないか。
兄もことさらにふんぞり返って怒鳴り立てているが、あれは明らかに照れ隠しだ。それにまだ目元に赤みが残っている。だがここは、あえて気づかない振りをするべきだろう。
 顔は後でよく冷やしておかないとまずいだろうな……あまりみっともない顔で人前に出るわけにもいかないしな。
まだどこか他人事のようにルートヴィッヒは考えていた。
だがさっきまで落ち込んでいた自分が嘘のように、今は落ち着いている。
ちょっと前までは死にたいとすら思っていた。あの時の自分は何だったんだろうか、今の自分とは別人のようにすら思えるが。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。こんな風に思えるようになったのは全て兄のおかげだということ。
兄には感謝しても、し切れない。これから先、一生をかけて恩を返さなくてはならないだろう。ひとりの人間としての危機を兄は救ってくれたのだ。
人間としても国としても、これで立派に一人前なのだと思い込んでいた自分が恥ずかしい。この経験を通して自分ははっきりと変わった。
国が泣き言をいう訳には行かない、この程度で落ち込むなんてみっともない、そう思ってずっと苦しんでいた。まるで自分が世界の苦悩を一身に背負う悲劇のヒーローにでもなったようにだ。他人から見れば何という程の事でもないかもしれない。