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倫理的で道徳的とは限らない。

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西暦200年頃、現在のデンマークのどこかで、地位の高いゲルマン人戦士が討ち死にした。戦いが終わると勝利者は、2万個近い小さな鉄の輪をつないだ貴重な鎖かたびらをその戦士から剥ぎ取った。そして、勝利に感謝して、神への生け贄として沼に投げ込んだ。(参考記事:「古代の蛮族ゲルマン軍、数倍規模か、定説覆す発見」)1つの輪にかかる重力は、他の輪の並び方や動きに複雑に影響し合っている。鎖かたびらが机の上に平らに置かれた場合と、戦士の肩にかけられた場合とでは、ひだの付き方も異なるだろう。「このような古代の遺物を、私たちが着るわけにはいきません」と、オランダのアムステルダム自由大学の考古学者で、本研究の共著者であるマルティン・ビンホーフェン氏は言う。「もし、どのように動くのかをテストしたいのであれば、他の方法を考え出さなければならないのです」最大の課題は、2万個近い輪がどのように相互作用するか、その物理的な仕組みの計算だった。「20個や100個であれば問題ありません。1万9000個となると、シミュレートするのは大変です」とモスクビン氏は言う。
4人のゲルマン人戦士の骨盤骨が、木の枝に串刺しになった状態で発見された。今のデンマークのアルケン・エンゲで行われた、戦闘後の儀式の一環と見られる。新たな論文によると、軍隊の規模は数百人からなるという。これは、鉄器時代における現地の村の人口をはるかに超えている。これほど多人数の戦闘集団を維持するには、遠方から兵を補充して組織化し、統率する技術が必要だったはずだという。80人規模の軍を支えられる程度だったという事実に基いて推測されたものだ。「もし論文の推測が正しいなら、今回見つかった軍はそれよりも数倍も大きかったことになります」とボウグッスキー氏は言う。なお、氏は今回の研究には関与していない。(参考記事:「史上最大規模、子ども140人の集団生贄を発見」)人骨はどこか他の戦場で、ある程度の時間をおいて回収され、儀式的に泥の中に埋められたのではないかと推測している。
西暦1450年頃、ペルーの北部沿岸地域で140人以上の子どもと200頭以上のリャマが生贄として捧げられた。これほどの規模のものは、アメリカ大陸はもとより世界的にもほとんど類例がない。
ドルイドって何? 古代ケルト、謎の社会階級 巨大な人型の檻に人間を閉じ込め、火をつける生贄の儀式も 古代ケルト人は文字を持たなかったため、ドルイドについての説明は、すべて外部の者、特にローマ人によるものだ。ドルイドという言葉も、予言や儀式に携わる社会階級を指す古代ケルト語を表したラテン語、つまり古代ローマ人の言葉に由来する。ユリウス・カエサルは、ドルイドのことを「祭事に従事し、公的および私的な生贄の儀式を行い、宗教に関するあらゆる物事を解釈する人々」だと書き残した。彼らは天文学や教育、武勇に関心があり、神の恩恵を受けるために、仲間のガリア人を生贄として捧げる習慣がある、とカエサルは述べている。なんと、編み細工で作った巨大な人型の檻「ウィッカーマン」の中に生きている人間を閉じ込め、火をつけたという。ドルイドがヤドリギと人間の生贄の両方を神聖視しており、「人を殺すことは、最も信心深い行為であり、その肉を食べることは、最高の健康の祝福を得ることだった」と書き記した。ドルイドが「祭壇に捕虜の血をかけて内臓を捧げ、神々に祈っていた」と述べている。
捕虜だからいいのかも知れない。2019.12.31 コロナ以前。コロナウイルス後と記事の内容が変化している気がする。例えば、ゲルマン人の戦士は、同族の男性を、戦争に呼び込み戦死させた。ドルイドは多分、敵の血液を舐めたに過ぎない。殺される対象は、敵に過ぎない。最近、女性の地位が上がっているときくので、男性は身内に命を狙われ始めているのかと思える。コロナウイルス世界では、人口が増やせなくなる。男性は、生殖の為の道具に過ぎない。本当に要らないのかも知れない。要らないから殺される。
威力は.44マグナム並み! 古代ローマ軍の鉛弾 1900年前の殺人兵器、120メートル先の塁壁に向かって集中砲撃 2017.05.29
コロナウイルス以前である。
【動画】ローマ軍とスコットランド先住民が死闘を繰り広げた戦場の遺跡から、多数の鉛弾が発見された。ローマ軍の兵士が投石器を使って発射した鉛の弾のストッピングパワー(命中したときに相手を行動不能にする力)は、現代の.44マグナム弾に近かったことがわかった。にもかかわらず、彼らは苦戦を強いられた。スコットランドの先住民たちは屈強で、丘や沼地をうまく利用して反撃してきたからだ。ローマ軍は、バーンズウォークを攻撃してスコットランドのローランド地方の一部を占領したが、20年もたたないうちに、長城の南まで退却した。一方の研究者は、先住民が放棄した砦をローマ軍が射撃訓練場として利用していたと考えている。もう一方の研究者は、丘の上の砦には先住民がいて、ローマ軍が長期にわたる包囲攻撃を行っていたと考えていた。(参考記事:「古代ローマ兵士の靴60足、英国で発見」)古代ローマ軍の投石器の鉛弾 ローマ軍の投石器で使う鉛弾が400個以上も見つかった。さらに、バリスタ(据え置き型の弩砲)用の丸い砂岩でできた石弾も2個発見された。投石器の熟練者に試してもらった。その結果、穴の開いた鉛弾は「バンシーの泣き声のような不気味な音」を立てて飛んだという。バンシーは、スコットランドの民話に出てくる女の妖精で、恐ろしい泣き声で死を予告するとされている。ローマ帝国は、自国を守るためにハドリアヌスの長城を建設したことで、かえってスコットランドに敵を作ってしまったのではないかということだ。